文=浅田真樹

今年もレッドブルエアレースの時期がやってきた!

 このところ、6月3、4日開催されるレッドブルエアレース・ワールドチャンピオンシップ千葉大会のテレビCMを見かける機会が多くなった。千葉でレッドブルエアレースが開催されるのも、今年で3年連続3回目。過去2回も5、6月に開催されていたため、「また今年も、エアレースの時期が近づいてきたか」と実感させられる。

 昨年の千葉大会では日本人パイロット、室屋義秀が涙の初優勝を果たし、大きな盛り上がりを見せた。これをきっかけにレッドブルエアレース、そして室屋ともども、ずいぶんとその存在を知られるようにもなった。

 興味が湧いてくれば、その一方でさまざまな疑問が浮かんでくるのも当然のこと。そこで、レッドブルエアレースの裏側を、ごく一部ではあるが、紹介してみたい。

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(写真=「目標は総合優勝」。レッドブル・エアレースの開幕へ向けて記者会見し、記念撮影する室屋義秀)

パイロットや機体など、レッドブルエアレースのいろは

 まずはパイロット。レッドブルエアレース(マスタークラス)には、現在14名のパイロットが参戦しているが、彼らは例外なくエアロバティックス(曲技飛行)の経験者である。レッドブルエアレースにおける操縦技術は、エアロバティックスに基づいており、それなくしての参戦は不可能だ。

 なかには空軍出身のパイロットもいるが、エアロバティックスは戦闘機の操縦以上に繊細な技術が要求される。実際、元・戦闘機パイロットが意気揚々とレーストラックを周回しようとして、まともにコースを回れなかった、というエピソードもあるほどだ。つまりは、たとえトップガンパイロットであったとしても、エアロバティックスの経験が不可欠なのだ。もしも将来、「自分もレッドブルエアレースのパイロットになりたい」と考えている人がいるなら、まず始めるべきはエアロバティックスである。

 次に、飛行機についても少し触れてみよう。

 世界各国のさまざまな自動車メーカーが開発競争を行うカーレースなどと違い、レッドブルエアレースの場合、レースで使われる機種は決して多くない。現在では、アメリカのジヴコ社が製作するエッジ540というエアロバティックス機が、(V2、V3というバージョンの違いこそあれ)ほぼ独占状態にある。

 だが、ノーマルの機体を買ってきてレースに出たところで、とても勝負にはならないのはカーレースと同じ。レース用にさまざまな改良を施す必要がある。見た目にわかりやすいところで言えば、キャノピー(コックピット上部)を小さくし、空気抵抗を減らしたり、ウイングレット(主力先端の小翼)をつけて、旋回スピードを上げたり、といったことだ。新規に購入したノーマルの機体を1からオリジナルで改良しようと思えば何千万円、下手をすれば億単位のお金がかかる。

 そのため、実際のレース機はパイロットからパイロットへと受け継がれていくことが慣例となっている。たとえば、一昨年限りで引退したポール・ボノムの機体はフアン・ベラルデへ、同じくピーター・ベゼネイの機体はマルティン・ソンカへ。また、昨年限りで引退したナイジェル・ラムの機体はルーキーのミカエル・ブラジョーへと受け継がれている。実はレッドブルエアレースの機体というのは、“世襲制”なのだ。2009年のデビュー当時の室屋の機体にしても、現在レースディレクターを務めているスティーブ・ジョーンズが現役時代に使っていたものであり、その機体は現在、ピーター・ポドランセックに受け継がれている。

 機体だけで何千万円もかかると聞くと、さぞかし高額の賞金がもらえるのだろうと思われるかもしれないが、レッドブルエアレースはFAI(国際航空連盟)公認の世界選手権であり、いわばアマチュアスポーツ。賞金は一切なく、優勝してもトロフィーの他には名誉を手にできるだけ。つまり各チームの運営は、基本的にスポンサーによって支えられているわけだ。

 2014年からルールが改正され、エンジンとプロペラについては統一規格のものを使用することになったため、以前ほどエンジン性能に圧倒的な差がある、というような状況はなくなった。だが、その分、機体のエアロダイナミクス、つまり空力面での改良が重要になっており、やはり勝負においては資金面での差は大きいと言わざるを得ない。

レッドブルエアレースはチームで戦う

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 また、近年、レッドブルエアレースにおいて、非常に重要視されているのが、レース分析だ。要するに、各レースのトラックごとに、どのラインをどのように通れば一番速いかをコンピューターシミュレーションなどで割り出そうというわけである。レースアナリアストやレースタクティシャンと呼ばれるスタッフを置くチームが増えているのは、その表れだ。

 とはいえ、平面で行われるカーレースなどと異なり、3Dのレッドブルエアレースはそれだけ分析が難しい。現在はF1のレース分析ソフトなどを応用して用いられているようだが、まだまだ改良の余地 が残されている。

 レース分析の重要性は、今後ますます高まっていくのは間違いないが、人的、資金的、時間的などあらゆる意味での費用対効果を考えると、各チームともどこまで力を入れていくかは悩ましいところだろう。

 レッドブルエアレースでは、パイロットの他、さまざまな実務を行うチームコーディネーター、機体整備を担当するテクニシャンの3人体制がチーム編成のベースとなる。しかし、これはレースに参戦するうえでの義務となる最低人員にすぎず、実際にはこれで勝つのは難しい。

 パイロットの操縦技術もさることながら、資金力を含め、チームとしてどれだけの余力を持ってレースに臨めるか。それが、世界チャンピオンになるためのカギと言えるだろう。


浅田真樹

1967年生まれ。大学卒業後、一般企業勤務を経て、フリーライターとしての活動を開始。サッカーを中心にスポーツを幅広く取材する。ワールドカップ以外にも、最近10年間でU-20ワールドカップは4大会、U-17ワールドカップは3大会の取材実績がある。