文=松原孝臣

ジャンプひとつとっても、細々としたルールがある

 一見、優雅に滑っているように見えるフィギュアスケート。実はその裏で、選手は緻密に頭脳を働かせている。細かなルールがあるからだ。スピンでも回転数に関するルールがあるし、ジャンプでも、細々とルールが定められている。得意なジャンプがあるからといって、それを何度でも跳んでいいわけではない。

 それを踏まえて、選手は「リカバリー」をする。リカバリーというのは、何かしらのジャンプで失敗したとき、その分を取り戻そうと、続くジャンプのどこかで予定を変更することでカバーすることを言う。例えば、コンビネーションジャンプを予定していたところが単独のジャンプになったことで、残るジャンプの中でコンビネーションにする、という具合だ。

 そのリカバリーをする際、ルールが絡んでくる。男子を例にすると、ショートプログラムの場合、ジャンプは3度で、以下のように定められている。

・2回転、または3回転のアクセル系ジャンプ
・3回転、または4回転の単独ジャンプ
・2回転と3回転、3回転と3回転、2回転と4回転、3回転と4回転のコンビネーションジャンプ

フリーなら、このように決められている。

・1つはアクセル・タイプのジャンプを含む(アクセルを含むいかなるダブルジャンプも、単独でもコンビネーション/シークエンスの一部としても2回まで)
・トリプル・4回転の2種類のみ、コンボ/シークエンスで繰り返しが可能(単独として繰り返された場合に2つめが本来の基礎点の70%になる)
・ジャンプ・コンビネーション、ジャンプ・シークエンスは、最大3回まで可能
・1つのジャンプ・コンビネーションは最大3個までのジャンプを含むことができ、残りの2つは最大2個まで

リカバリーによってミスをカモフラージュできる

©Getty Images

 これらのルールを念頭に、予定していたジャンプを変更する。リカバリーによって、予定していたとおりのジャンプではなかったにもかかわらず、見た目には、まったくミスしていないようにカバーすることもできるし、転倒などで失った得点を回復させることもできる。

 ただ、「アドリブ」で行えば、違反を犯しやすくなる。だから、「前半のこのジャンプが失敗したら、後半のここでこうしよう」という具合に、失敗した場合を想定していくつかのパターンに練習で取り組んでいる選手は多い。

 練習で取り組んでいるにしても、試合では、事前の想定を記憶しておくこと、自分の演技を把握する力、失敗しても動揺せず残りの演技を考える冷静さが必要だ。しかも、何を考えているか、どう計算しているかを表情や動作に出すことはできない。表現を損なうことになるからだ。

 そう考えていくと、練習でもしたことのないようなジャンプのリカバリーを試合でとっさに行ない、なおかつ演じきることができる選手は、なおさら、冷静さや緻密な計算の力が突出していると言える。四大陸選手権フリーの羽生結弦、あるいは昨年末の全日本選手権フリーの本田真凜などなど……。

 氷上で選手たちは演技をしつつも、そんな内面を抱えながら、滑っている。葛藤を表に出さないだけでも相当の鍛錬がある。フィギュアスケートがどれだけハードな競技であるか、そこに浮き彫りになる。

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松原孝臣

1967年、東京都生まれ。大学を卒業後、出版社勤務を経て『Sports Graphic Number』の編集に10年携わりフリーに。スポーツでは五輪競技を中心に取材活動を続け、夏季は2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオ、冬季は2002年ソルトレイクシティ、2006年トリノ、 2010年バンクーバー、2014年ソチと現地で取材にあたる。