文=菊地高弘

1学年上の偉大な先輩を追いかけて

「多和田さんに勝っているものなんて、なにもないですよ。ストレートのキレは本当に凄いですからね。多和田さんのフォームを見て、練習に取り組んでいました」

 富士大の本格派右腕・小野泰己は苦笑混じりに1学年上の先輩である多和田真三郎(西武)について語った。そもそも福岡・北九州にある折尾愛真高にいた小野が東北・岩手にある富士大に進学した理由のひとつが、「多和田さんが1年秋に明治神宮大会でノーヒットノーランを達成したのをテレビで観て」というものだった。

 西武から2015年秋にドラフト1位指名され、1年目から7勝を挙げた多和田は、大学4年時の故障が長引いたことを除けば、文句なしに素晴らしい逸材だった。だが、その1学年下の小野もまた、多和田に負けずとも劣らないポテンシャルを秘めている。ただし、その真価が発揮される確率がなかなか高まらないのだ。

 昨年6月の大学選手権・京都産業大戦に先発した小野は、初回から2点を失った。スピードガン表示はコンスタントに150キロ近い数字を叩き出すのだが、打者のベルト付近に集まる上にスピード感・キレともに乏しい。身長185センチ、体重75キロの長身をしなやかに使って、ボールを前で離すオーソドックスな投球フォーム。それなのに投じるボールは棒球に近く、打者に脅威を与えるものはなかった。

ドラフトの目玉でもおかしくないポテンシャル

©共同通信

 しかし、そんな印象を抱いていた矢先、捕手のミットをガツッと弾くような強いボールが来た。驚いてスピードガンを見ると146キロの表示。連発していた150キロ級のボールよりも、この146キロがなによりも速く見えた。その後も何球かに1球、このような威力抜群のストレートが見られた。

 さらに、小野の武器になっているのはストレートの軌道からストンと落ちるフォークだ。「指は長いほうではないのですが、全国で勝つために工夫して使えるようになりました」と本人が言うように、全国レベルの強打者相手にも十分通用するウイニングショット。ただし、このボールも高めに抜けるシーンがしばしば見られるのが玉にキズだ。

 見る者を圧倒する快速球。さらに打者の手元で消えるようなフォーク。これらのボールを安定して投げることができれば、恐らく小野はドラフト1位で指名されることはもちろん、田中正義(創価大→ソフトバンク1位)とともに「ドラフトの目玉」と位置づけられる存在になっていたはずだ。だが、素晴らしいボールを持っているのに、コンスタントに精度を保って投げることができない。それが投球のムラ、不安定さにつながっている。

 2016年のドラフト会議で小野は阪神から2位指名を受けたが、阪神は小野の投球の“最大値”を高く評価したのだろう。

 尊敬する大先輩と最高峰の場で肩を並べることができるかは、小野がいかに「自分のボール」をコンスタントに投げられるかにかかっている。

(著者プロフィール)
菊地高弘
1982年、東京都生まれ。雑誌『野球小僧』『野球太郎』編集部勤務を経てフリーランスに。野球部研究家「菊地選手」としても活動し、著書に『野球部あるある』シリーズ(集英社/既刊3巻)がある。

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BBCrix編集部