2人の退場者を出したデッドボール

 5回表のヤクルトの攻撃だった。この回先頭の雄平がライト前へヒットを放ち、無死一塁となる。迎える打者は、6番の畠山和洋だ。カウント2ボールからの3球目、藤浪が投じた142キロのツーシームが抜けて、畠山の顔付近に行った。顔面に直撃したようにも見えたが、ボールは畠山の左肩に当たってから頬に当たっていた。もんどりうって倒れた畠山はすぐに起き上がると、藤浪に対して大声で文句を言い放つ。すると両チームの監督・コーチ・選手がグラウンド上に飛び出し、もみ合いとなったのだ。

 ここで両チームが入り乱れる輪に遅れて駆け寄ったヤクルトのバレンティンが、阪神の矢野燿大コーチを腕で突き飛ばす形になった。矢野コーチは地面に倒されてしまう。しかしすぐに起き上がるとバレンティンのもとへ駆け寄り、ジャンプして膝蹴りをかましたのだ。これにより先に手を出したバレンティンと応戦した矢野コーチが退場処分となり、両チームに警告が与えられたのである。

 今季初登板となる藤浪のピッチングは、立ち上がりからひどい出来だった。1回表の先頭打者である大引啓次を、いきなりフォアボールで歩かせた。2番の坂口智隆は三塁ゴロ併殺に打ち取ったが、3番の山田哲人の3球目に投じたツーシームは山田の顔面付近へ抜け、山田は倒れ込みながらこのボールを避けた。結局、山田をフォアボールで歩かせている。

 続く4番のバレンティンに対しても、3球目に投じたカットボールが抜けて顔付近へ。バレンティンも倒れ込んでこの球を避けた。結局、バレンティンもフォアボールで歩かせている。このあと雄平にタイムリーを打たれ、藤浪はヤクルトに先制点を許したのだ。藤浪は1回だけで3四球1安打を許し、その後もボールを制御できず、5回を投げて5安打9四死球の投球で、失点が2で済んだのが信じられないような内容だった。

 侍ジャパンのメンバーだった藤浪は、WBC閉幕までずっとWBC球で練習してきた。にもかかわらず2017WBCが始まってからは1次ラウンドの中国戦1試合にしか本大会で登板しておらず、あとはWBC準決勝前の大リーグ・カブスとの練習試合と、帰国後に2軍戦で1試合に登板しただけで、実戦不足は明らかだった。そのうえ帰国するなり、ボールはNPB使用球に戻った。感覚が元通りになっていないといった理由はあっただろう。うまく制球できないまま開幕を迎え、そして畠山に当てて退場者を2人出す要因を作ってしまった。

中国戦での死球から荒れまくるピッチングに

©Getty Images

 そんな心配をしてしまうのも、唯一のWBC登板となった中国戦のピッチングが思い出されるからだ。5対1と4点リードした4回にマウンドへ上がった藤浪は、ストレート2球で2アウトを取った。上々の滑り出しである。しかし続く打者に153キロのストレートが抜けて、デッドボールを与えてしまった。ここからピッチングがおかしくなり、ことごとくストレートが抜けてしまうようになったのだ。なんとかカットボールで抑え、2イニングを無失点で切り抜けたが、首脳陣に信頼できる姿を見せられずに、この2イニングで藤浪のWBCは事実上終わった。

 投手はあるきっかけで、それまでのピッチングができなくなることがある。そのひとつとして、三瀬幸司の例がある。プロ1年目からダイエー(現ソフトバンク)の抑えのエースとして活躍した三瀬は、ルーキーながら32セーブポイントをマークして最優秀救援投手のタイトルを手にした。しかし2年目の6月2日、阪神との交流戦で当時804試合連続フルイニング出場中だった金本知憲(現阪神監督)の頭にデッドボールを当ててしまったのだ。これをきっかけにして、三瀬は大きく成績を落とすことになった。もちろん他にも要因があったのかもしれないが、この死球が三瀬に与えた影響は明らかであった。

 あの中国戦でのデッドボールから、おかしくなった藤浪。もともとそれほどコントロールが良かったわけではないが、それからはボールが荒れまくるようになり、今回の畠山へのデッドボールでは2人の退場者を出してしまった。全国の注目の的となった春夏の甲子園連覇を高校3年のときに経験しているだけに、強いハートの持ち主だとは思うが、今のピッチングはどうみても本来の姿からは程遠い。

 あくまでもWBC球とNPB球の違いをきっかけにした技術的な問題からフォームを崩してこうなったのであり、三瀬のように精神的なものがその要因に含まれていないことを願いたい。もう一度160キロを超えるストレートが、外角低めに決まるところが見られるだろうか。今後の藤浪のピッチングを見守りたいと思う。

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BBCrix編集部