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文=田澤健一郎、写真=塚原孝顕

「走り込みは必要ない」というダルビッシュの発言は本当か?

 先日、MLBレンジャースで活躍するダルビッシュ有が「走り込みをなくすべき」という主旨の発言をして、話題となった。

「走り込み」を「過度に多い長距離走、短距離走」とした場合、日本の野球界で「走り込み」は、選手のトレーニングにおいて長く「基本の“き”」としてとらえられてきたメニューだ。大きく成長した選手、特に投手が「オフの間、走りに走って下半身を強化した成果です」といったコメントを残すのは、よく見られる。

 しかし、ダルビッシュは「走り込み」は「トレーニングの意味がなくなるくらい筋肉が削り取られる。ランニングは足腰の強化にあまりつながらない」と主張する。その言葉に驚いた人も多いかもしれない。日本で野球をしてきた多くの人、特に年代が上になればなるほど、練習では短距離・長距離問わず「走れ、走れ!」と言われたであろうからだ。

 しかし、現在のプロ球界では、ダルビッシュに限らず「走り込み」をそれほどしない、という選手は増えている。プロ球界だけではなく、アマ球界、たとえば「厳しい走り込み」がステレオタイプな練習のイメージもある高校球界でも、かつてのように走り込み一辺倒のようなトレーニングをしない方針の野球部もあるという。

 たとえば神奈川の名門・横浜高校の平田徹監督も、先日、下記のような発言をしていた。

「走らせ過ぎると、体が大きくならない。そして、オーバーワークにもつながっていく。特に冬は体を大きくしたいので、走り込みの量は最低限度に抑えています」(『別冊野球太郎』2017年春号より)

 そこで今回は、野球選手にとって「走り込み」は本当に必要ないのか。あるいは、適切なラン・メニュー、「走り」のトレーニングはなにかを探ってみたい。

 取材をしたのはMLB、NPBなどで活躍するプロ野球選手も多数トレーニングも行うジム『ドームアスリートハウス』のパフォーマンスコーチ/ゼネラルマネジャーを務める友岡和彦氏。メジャーリーグ複数球団でトレーナーを務め、2009年より現職につき活躍している。最新のトレーニング理論で、トップアスリートを指導する友岡氏は「走り込み」をどうとらえているのだろうか。

「走り込み」だけでは筋力は強く大きくならない

©塚原孝顕

「正しくないと思いますよ。走り込みだけで、という意味であれば」

「走り込みが強靱な下半身づくりにつながる」という認識は正しいか、と単刀直入と訊くと、友岡氏はハッキリとそう答えた。

「『強靱な下半身』の定義にもよりますが、それが『強く大きな筋力によって足腰がしっかり安定している状態』という意味なら誤っていると思います。走り込みによって、いわゆる一般的な体力は上がります。代謝能力や持久力が上がって、疲れにくい体にはなる。しかし『強く大きな筋力』は走り込みでは養われません。筋肉を肥大させ力を上げるには負荷をかけないといけませんからね。『強く大きな筋力』は、いい意味で体を頑丈にして、パワーも向上させますが、走り込みだけでは筋力は強くならないのです」

 その「パワー」には、2種類あるという。

「まずは、重い物を持ち上げられるパワー。これはわかりやすいですね。もうひとつは軽い物を素早く持ち上げられる。これもパワーがある証拠なんです」

 ここでひとつ説明すると、筋肉には「速筋」と「遅筋」がある。速筋は瞬間的に大きな力を出せる筋肉で、短距離走や重量挙げなど瞬発的な力、パワーが必要な競技で活躍する。一般的なウェイト・トレーニングで鍛えようとするのは、この速筋だ。

 一方、「遅筋」は有酸素運動時、たとえば徒歩など日常生活で使われる筋肉だ。基本的に筋肥大はせず、一般的なウェイト・トレーニングで鍛える筋肉ではない。スポーツならばマラソンなどは「遅筋」が重要になってくる競技である。

 では野球はどちらが大事になるのか。投球や打撃など一瞬で力を発揮する動き、ゲームの特性を考えれば「速筋」の力が問われるスポーツと言えよう。試合時間は長いが、選手は動き続けているわけではない。選手によっては、1試合で激しく動いている総時間は10分にも満たないケースもある。

 ともあれ「走り込み」で強い筋肉はできない、という話は、「走り込み」では基本的に「速筋」があまり鍛えられない、という話であることは理解していただけるだろうか。ただ、友岡氏によれば、走り込みでも全く「速筋=パワー」がつかないわけではないという。

「スプリント、すなわち短い距離を毎回自分の90%以上の力で走るといったトレーニングであれば可能性はあると思います。つまり、中強度の走りですね。90%以上の力を毎回出すには、1本走ったらしっかり休んで体を回復させることが必要です。100mのスプリントなら1時間で走れても5、6本程度でしょうね。陸上の短距離選手だって何十本も走ったりしません。90%以上の力を出せない走りでは、速筋も使われず、トレーニングにならないからです」

 休んでいると「いつまで休んでいるのか」と怒られながら、苦悶の表情で再び走りはじめる日本の部活で目にすることが多かった「走り込み風景」を思い出してしまう人は多いだろう。一見、それも厳しいトレーニングに見えたが、先ほども説明したように、短距離走は「速筋」を使うスポーツ。疲れた体でフラフラになりながら何十本走っても、筋力の面でなんらかの効果を期待するのは難しいのだ。

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[プロフィール]
友岡和彦
1971年生まれ。立教大学文学部卒業後、アメリカに渡りフロリダ大学でトレーニング・スポーツ・サイエンスについて学ぶ。1999年、フロリダ・マーリンズのストレングス&コンディショニング・アシスタントコーチを務めた後、2001年より2008年までモントリオール・エクスポズ(後のワシントン・ナショナルズ)のヘッドストレングス&コンディショニングコーチ。2009年より現職。

田澤健一郎

著者プロフィール 田澤健一郎

1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。