「量を食え」に集約される昨今の食トレの危険性

今年の夏の甲子園でも顕著に見られた「打高投低」の背景には、「食トレ」の存在がある。日々の食事を「トレーニング」と位置づけ、野球に必要な肉体をつくり上げる。本来は休息の場であるはずの食事においても、常に野球のことを考え、パフォーマンスの向上につなげるのが狙いだ。

アスリートにとって、食事が技術練習と同等か、それ以上に重要なのはいまや常識といっていい。実際、プロの世界でも多くの選手がカロリーや栄養素のバランスを考え、不足分をサプリメントで補うなど、高い意識を持って日々を過ごしている。

しかし近年、高校野球の現場を取材していると、この「食トレ」があまりにも極端な方向へ進んでいるように思える。

現在の高校野球における「食トレ」は、プロのアスリートが行っているようなものとは一線を画す。

「量を食え」

これ以上でも、以下でもないのが現状だ。

毎日の食事に「白飯何杯以上」といったノルマが課されるのは当たり前。高校によっては練習中や試合中でも選手に握り飯を食べさせたり、毎日の体重測定を課しているところもある。

先日、昨年までプロの世界で活躍していた名門校出身の選手から、高校時代の食トレについて話を聞く機会があった。彼が所属していた高校は甲子園常連の強豪校で、当然のように毎日の練習には「食事」も含まれている。同校では前日より1グラムでも体重が落ちていると罰則的な練習を課せられるというルールがあり、選手たちは体重測定時、戦々恐々としていたという。

ある日、一人の選手が測定前に体重を確認したところ、前日より2キロも減っていたという。本番の測定まではあと数十分。今から食べ物を腹に詰めても間に合わない。

彼は空になった2リットルのペットボトルに水道水を注ぎ込み、一気に胃に流し込もうと試みる……。しかし、途中で限界を迎えて飲んでいた水を吐き出してしまったという。

今だからこそ、その選手もこのエピソードを笑いながら話してくれたが、こんなことが現在進行形で行われていると考えたらどうだろう。あまりにも前時代的ではないだろうか。

にもかかわらず、高校野球界における「食トレ」は、以前より過激に、過酷になってきている。それはなぜか。

なぜ過激で過酷な「食トレ」はなくならないのか?

実際に選手たちに多くの食事を課している高校の監督が、こんな話をしてくれたことがある。

「やはり、体を大きくすることは野球において『即効性』があるんです。技術が同じであれば、パワーのあるほうが球は速くなるし、飛距離も伸びる。選手もそれを理解しているから、頑張ってくれる」

高校球児が実際にプレーする期間は、高校1年春から3年夏までの2年と数カ月。わずか2年間で選手のレベルを向上させるには、細かな技術指導よりもシンプルに「パワー」をつけることのほうが近道なのだ。

そういった視点で見れば、やみくもに見える「食トレ」も、確かに効果はあるのだろう。成長期であり、なおかつ毎日厳しい練習に身を置いている高校球児であれば、プロのように細かな栄養バランスなどを考えずに「質量重視」で食事を摂っても身体は勝手に大きくなる。

ただ、こういった潮流に待ったをかける指導者も、高校野球界には少なからず存在する。

西東京の強豪・日大三高の小倉全由監督は、近年流行している食トレについて、「ナンセンス」と明言する。

「うちは、食堂の方にカロリー計算をしてもらう程度で、あとは『楽しく食べよう』という意識を持つ程度。無理やり食べさせても選手たちはしんどいだけだし、なにより食事が嫌いになってしまう。量が食べられない下級生の分は上級生が食べてあげたりもしますよ。普段厳しい練習を課しているのだから食事の時間くらいは和気あいあいとやらせてあげたい。あくまでも『食事』は『食事』。『エサ』ではないんだから」

プロの世界にも、ここ数年の「肉体改造ブーム」に懐疑的な視線を向ける選手がいる。メジャーリーグ最年長野手としてマイアミ・マーリンズでプレーするイチローはその代表格だ。イチローは自身の経験から「人間が本来生まれ持った体のバランスを崩すのはマイナスでしかない」と考えているという。そのうえで「体を大きくしたことでスイングスピードが落ちた」とも語っている。

メジャーの第一線で活躍するイチローと、日本の高校球児を同列で考えることは確かに無理があるかもしれない。しかし、もしも過度な食トレが技術向上の妨げになるのだとしたら、野球界の未来にかかわる。

極端な言い方かもしれないが、即効性のある食トレはそのぶん、技術練習を疎かにさせてしまう危険性を秘めている。

最後に、現・福岡ソフトバンクホークス監督の工藤公康氏が解説者時代に筆者に語ってくれた言葉を紹介したい。

「小、中、高。アマチュア選手ほど、正しい技術練習をしっかり行うべき。よく、技術は後からでもついてくると言いますけど、吸収力のある時期に正しい技術を身に付けることが、その後の野球人生にとって一番プラスになるはずです」

「食トレ」が間違いだと言っているのではない。技術と体づくりを正しいバランスで両立させてこそ、野球界の未来は開けるのだ。

日本野球の歴史は、たゆまぬ技術革新とともにある。野球にかかわらず、どんな競技でも技術の進歩なくして、その先の繁栄はない。

<了>

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花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。