文=いとうやまね

かつての“敵国”をホームとし、日本代表を迎え撃つ

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 イラクの国土を北西から南東方向に流れる2本の大河、ティグリス川とユーフラテス川は、古代メソポタミア文明の昔から変わらない。「肥沃な三日月地帯」という言葉を世界史で習ったのを覚えているかもしれない。イラクの国名は古の都市ウルクから受け継がれたもので、「豊かな過去をもつ国」を意味する。かつては高度な文明を誇り、現在も豊かな石油資源を有していながら、政情は平和からほど遠い。そんなわけで、イラク国内で国際試合が行われる見通しは立っていない。

 日本戦での代替地がイランと聞くと、中高年は隔世の感を抱くかもしれない。1980年に勃発したイラン・イラク戦争は8年にもわたったが、湾岸戦争後からの復興の際、イラクは“敵国”イランの支援を受けている。

 FIFA(国際サッカー連盟)がイラクに国内での国際試合禁止を通達したのは2011年のこと。武装勢力によるテロ、警備体制の不備が主な理由である。現在のホームゲームはカタールで開催されることが多い。そのため、代表キャンプもカタールで行われる。

 今アジア予選で、日本は代替地開催を強いられる3カ国と対戦することになった。最終予選のイラクと、それに先立って行われた二次予選では、シリアとアフガニスタンと同グループになった。シリアのキャンプ地はオマーンやヨルダンで、ホームゲームはおもにオマーンで開催される。基本的に、代替え開催に対するアジアサッカー連盟(AFC)からの資金提供は認められていない。もちろん、例外はある。シリアの代替地がなかなか見つからず、東アジアのマレーシアで行われた時は、さすがに移動費、宿泊費、他の補助金が出たということだ。アフガニスタンのキャンプとホームゲームはイランである。

イスラエル占領下での試合を拒んだサウジアラビア

 代替地を探すのは、問題を抱えている当事者国であるが、対戦国からの要望で開催地が変更されることもある。パレスチナ対サウジアラビア戦では、サウジアラビア側が試合会場のあるヨルダン川西岸地区アル・ラムに遠征することを拒み、中立地開催を求めた。アル・ラムはイスラエルに占拠されている地域だからである。

 この時は、FIFAが間に入り、パレスチナサッカー連盟とサウジアラビアサッカー連盟双方がスイスの本部で会合を持った。結局のところ合意に至らず、この試合は延期された。

 その後、パレスチナ側が全面的な安全を保証したことを受け、FIFAがパレスチナでの開催を決定。ところが、この決定を受けたサウジアラビアが試合の棄権を表明。すったもんだの挙句、中立地ヨルダンで試合が行われることになったのだ。サッカーと政治を分けるという大義名分は存在するが、実際のところは直結していると言っても過言ではない。

「我々の象徴は剣とペン」と謳うイラク国歌

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 日本代表が対戦するイラク国旗を見てみよう。使用されている白・黒・緑・赤は「イスラム色」として、他のイスラム諸国の国旗にも共通するものだ。白・黒は、イスラム教の開祖ムハンマドが用いた旗の色であり、緑は10~12世紀に北アフリカ一帯に勢力を持った王朝の色、赤はオスマン帝国の色からきている。中央にはアラビア文字で「アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)」と記されている。
 
 イラク国歌の作曲者、ムハンマド・フライフェルはシリア国歌の作曲も手がけている。先日行われたキリンカップで斉唱された国歌に、少し雰囲気が似ている。作詞は高名なパレスチナ人詩人、イブラヒム・トゥーカンである。同曲は、かつてのパレスチナ国歌であり、現在もパレスチナ、シリア、アルジェリアなどで、第二の国歌とされている。1930年代後半に、パレスチナへのユダヤ人入植に抵抗して歌われた歴史を持つ。試合前の国歌斉唱では1番のみが歌われる。

イラク国歌『我が祖国よ』

我が祖国よ
栄光と美しさ、崇高さと壮麗さ
それがあなた(祖国)の丘にある
生命と解放、歓喜と希望
それがあなたの空にある
私は目にできるだろうか
あなたの安全と安寧、堅固さと名誉を
私は目にできるだろうか、気高き座に居るあなたを
星に届かんばかりに
我が祖国よ

我が祖国よ
その若さが衰えることはない、あなたが独立するか
彼らが滅びるまでは
奴隷のように敵に屈するくらいならば
我々は毒杯を仰ぐだろう
我々は欲しない
永遠の屈辱も
惨めな人生も
我々は欲しない
しかし我々は取り戻す
我々の歴史に名高い栄光を
我が祖国よ

我が祖国よ
我々の象徴は剣とペンである
戦車と言い争いではない
我々の栄光と契約
信仰を守る敬虔さ
それが我々を突き動かす
我々の栄光は
栄誉ある大義
そして先導となる規範
さあ刮目せよ
その気高き座において
敵に勝利する
我が祖国よ

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いとうやまね

インターブランド、他でクリエイティブ・ディレクターとしてCI、VI開発に携わる。後に、コピーライターに転向。著書は『氷上秘話 フィギュアスケート楽曲・プログラムの知られざる世界』『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)他、がある。サッカー専門TV、実況中継のリサーチャーとしても活動。