文=大島和人
近年、成果が出せていない巨人の育成組織
「巨人からパ・リーグに移籍する選手は活躍する可能性が高い」という球界の常識がある。例えば吉岡雄二(1990年入団)はプロ8年目に近鉄へ移籍後、クリーンアップへ定着。6年連続二けた本塁打を放った。古くは庄司智久(1972年)も、一軍通算2安打だったプロ9年目にロッテへ移籍。またたく間に一軍の欠かせない主力になった。
もっとも吉岡は94年にイースタンリーグの二冠王(本塁打王&打点王)に輝いていた。庄司に至っては77年に二軍の”四冠王”(首位打者・本塁打王・打点王・盗塁王)になっている。選手層の薄い球団なら一軍でやれるという期待値を周りは持っていたはずだ。
ただし昨今はまずパ・リーグの立ち位置が変わった。加えて巨人が他を圧するタレント軍団ではもうない。巨人は現在セ・リーグの5位で、ショートの坂本勇人は別かもしれないが、“不動”と太鼓判を押せるレギュラーもいない。直近の10年間で6度の”セ界一”に輝いた強豪には違いないのだが、盤石の強豪ではない。
特に育成に関しては、近年の取り組みが形になっていない。巨人は2005年に導入された「育成選手制度」を当初は上手く活用し、08年の山口鉄也、09年の松本哲也と育成出身の叩き上げから2年連続で新人王を出した。巨人は二軍のリーグ戦以外にも三軍戦をしっかり組み、練習も含めて素晴らしい環境を用意している。球団代表だった清武英利氏のイニシアチブもあり、過去も今も決して「育成に力を入れていない」チームではない。
ただし彼らの育成は仕組みでなく中身に問題がある。「育成の失敗」を衝撃的な形で証明したのが大田泰示だ。
日本ハムに移籍、即ブレイクの大田
©共同通信 大田はドラフト1位でプロ入りをしたものの、その後8年間で1軍通算100安打、9本塁打に止まった。しかし北海道日本ハムに移籍した今季は開幕から44試合の出場で45安打。打率.271、8本塁打というブレイクを見せている。加えて外野守備でも好守を連発している。一方で彼を放出した巨人の外野は人材不足に苦しんでいる。日ハムは巨人が生かせなかった才能をしっかり生かした。
ドラフト会議の季節になると毎年のように”10年に一人の逸材”が登場する。東海大相模高時代の大田はそういう存在だった。プロ志望届を出す前から「東海大かプロか」という進路が焦点になっていた。彼は10月中旬にプロ入りを表明し、10月30日のドラフト会議では巨人とソフトバンクが大田を指名。巨人が彼を引き当てた。
東海大相模高は原辰徳監督(当時)の母校で、その父である原貢氏(故人)は系列校も含めた東海大グループのGM的存在。他球団から見ると「獲得したいけれど手を出しにくい」存在でもあった。結果的に大田の指名は2球団のみだったが、彼は5球団、6球団と指名が集中してもおかしくない評価を受けていた。
当時から大田はスイングの速さ、打球の強さが別格だった。188㎝の体格で内野の最難関ポジションを任され、マウンドに立てば140キロ台中盤の速球を投げる。足もかなりの俊足で、技術や野球観を名門校でしっかり仕込まれているとなれば、90年組の高校生野手では断トツの”トッププロスペクト”だった。
一方で粗さもあった。問題は膝や手首、足首など関節の使い方が硬くて、簡単に重心を崩される傾向があった。野球界では「壁を作る」という表現を使うが、大田は半身の体勢をキープじっくりできず、どうしてもバットが大回りになる。高校の試合でも外角の変化球に対しては脆さを露呈していた。フットワークや腰の高さを見れば、プロでショートをやれるとは思えなかった。
とはいえ大田は1年目、2年目と二軍で悪くない打撃成績を残す。
09年:.238/17本/56打点/16盗塁
10年:.265/21本/70打点/10盗塁
「高卒1年目が二軍のレギュラーを取る」ことは、プロ入り10年目の選手が一軍のレギュラーを取るより難しい。更に言うとプロ1年目の二軍成績で、その後の可能性をかなりの精度で測れる。高卒1年目で二軍のレギュラーを取り2割5分を打てば「こりゃすごいぞ」というレベルだ。ドラフト1位だろうが1割台前半に低迷する選手もいるし、5位6位でもいきなり「やれてしまう」選手がいる。そこに「プロ向き」と「アマ止まり」の差がはっきり出る。余談だがイチロー(鈴木一朗)は別格中の別格で、ドラフト4位でプロ入りすると、高卒1年目のウエスタンリーグから打率.366を記録している。
ただ、イースタンリーグにいた頃の大田を見ていて、強い危惧を感じた。2009年7月7日。横須賀スタジアムで見た光景は悪い意味で強烈だった。
湘南シーレックス(ベイスターズ)と巨人の二軍戦。開門直後に球場へ着いた筆者は、巨人のフリーバッティングを眺めていた。当時の巨人は大田や中井大介、橋本到といった高卒1,2年目の逸材が上位打線に並んでいた。チームも清武代表のもとで育成重視を掲げ、良くも悪くも「えこひいき」して逸材を伸ばそうとしていた。
大田、中井、橋本の3人は、ケージを半ば占有して打撃練習を行っていた。しかしコーチがあまりにオーバーティーチングで絶句した。大田は一振りを終えると、コーチの話に耳を傾けるということを繰り返していた。もちろん理論を知ることは大切だが、高卒1年目に知識を詰め込んでも消化しきれない。
日本のスポーツ指導者に見られがちな課題
©共同通信 これは日本のプロ野球、スポーツ界全体の悪弊だが、この国の指導者は忍耐が足りず、いきなり答えをすべて教えてしまう。コーチの持つ“感覚”を100%そのまま他人に伝えることは無理だし、そもそもそのコーチの現役時代と選手は身体のメカニズムが違う。そういう謙虚さもなく、安直に「俺が育てた」という結果を得ようとする。選手が自力で掴んだ感覚、理論は定着度が圧倒的に高いのだが、その過程を邪魔してしまう。
09年7月の大田はどうやら「コンパクトなスイング」を指導されているようだった。かなり窮屈そうにバットを振っていたことを覚えている。選手が”面従腹背”をして、程よく聞き流せばいいのかもしれない。しかし大田にそういう器用さは無さそうで、コーチの一言一言に姿勢を正し聞き入り、相手の目を見て、しっかりうなずくというリアクションを取っていた。
確かに外回りのスイングは欠点だったが、人間はそれぞれ身体の構造が違う。長所と欠点は裏腹で、この指導だと長所も消してしまうのではないか?と疑問に思った。もちろん時間をかけた関節の可動域を拡げる、身体のバランスを変えるという取り組みならばいいだろう。しかし身体が伴わない、頭も消化しきれない相手に口先で「技」を教えても意味がない。
植物は肥料と水を与えすぎたら枯死する。大田たちは”栄養過多”の状況だったし、与えるべきでない養分まで押し付けられていた。中井、橋本は今も巨人でプレーしているが、高卒1年目、2年目に見せた凄味を持続できず、ほどほどの選手に止まっている。彼らは早い時期から一軍に引き上げられていたし、庄司や吉岡の頃と違って各ポジションに「隙間」もあった。しかしチャンスを活かせないまま若手の時期を終えてしまった。
そこから一・二軍ともに巨人の試合を見る機会はあまりなかったが、大田についてかなりネガティブな話も耳に入ってきた。そのほぼすべてが伸び悩みの背景を彼に求めていて、人間性や知性に対する辛辣な評価も耳にしていた。
選手のポテンシャルを引き出す日本ハム
ただ自分は09年7月7日の大田から希望も見ていた。世評と逆に真面目で集中力の高い人間なのだろうということを直感していた。逸材が潰れるケースの大半はケガか自滅で、「自分に負けて生活が崩れる」という残念な例も少なくない。しかし大田はケガや成績の大きな降下もなく、苦境に8年間も耐えたのだからメンタルタフネスは証明されていると思った。そして「詰め込まれた指導」も、時間をおいて余裕を取り戻せば栄養になり得る。
だから5年目、6年目の頃から「大田は移籍すればブレイクする」という確信を筆者は持っていた。そして彼が移籍した日ハムはダルビッシュ有や中田翔、大谷翔平といった「ポテンシャルは凄いけれど扱いが簡単でない」タイプをしっかり伸ばした球団だ。また中島卓也、杉谷拳士、近藤健介といった選手を高卒、ドラフト下位で獲得して一軍レベルに引き上げた実績も持つ。しかもそういうノウハウを属人的なレベルでなく、球団全体で共有している。「長所と短所が両方ある」「完成していない」選手を扱えるチームだった。
素晴らしい才能が、素晴らしい環境でプレーするのだから、成功しない方が難しい。大田泰示のブレイクは必然だった。
別の見方をするなら、巨人は選手に要求する理想が高すぎるのだろう。例えば王貞治や落合博満の完璧なスイングに比べると、どんな選手も粗が見えるのかもしれない。しかし長所と欠点は繊細なバランスの上に均衡することが多く、欠点の矯正で長所も消してしまう野球選手は多い。特に成長途上の高卒選手に対しては「待つ」「我慢する」ことを忘れるべきでない。そういうアスリート育成の基本を改めて考えさせられる、大田のブレイクだった。
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