ドラフト上位の基本線は「1位=即戦力」、「2位=素材重視」

広島がここ10年でドラフト1位指名した選手を見てみると、篠田純平(※07年大学・社会人1巡目=長谷部康平のハズレ1位。高校1巡目は唐川侑己のハズレ1位で安部友裕)、岩本貴裕(08年)、今村猛(09年)、福井優也(10年、大石達也のハズレ1位)、野村祐輔(11年)、高橋大樹(12年=森雄大、増田達至のハズレハズレ1位)、大瀬良大地(13年)、野間峻祥(14年=有原航平のハズレ1位)、岡田明丈(15年)、そして加藤拓也(16年=田中正義、佐々木千隼のハズレハズレ1位)。

その顔ぶれからわかるように、ドラ1は08年の岩本を除くと基本、即戦力投手を指名、外した場合は素材重視と明確だ。

2位は同じく07年から順に小窪哲也、中田廉、堂林翔太、中村恭平、菊池涼介、鈴木誠也、九里亜蓮、薮田和樹、横山弘樹、高橋昂也。小窪と横山は即戦力を見込んでの指名だが、ほかの8名は素材重視。つまりは「1位=即戦力」で「2位=素材重視」が広島のドラフトの基本ラインだ。ちなみに10年の間に7回も“ハズレクジ”を引きながら、多くの選手が主力として活躍しているのだから、二の矢、三の矢の放ち方もお手のもの、的を射た指名といえそうだ。

広島オリジナルその1 野手で重視するのは脚力と体の強さ

もともと独自のドラフト戦略をとっていた広島がつい最近、“らしさ”を感じさせたのが、今ドラフトの目玉、清宮の争奪戦からの撤退だ。理由は「ウチの野球に合わない」というものだった。では“合う選手”とはどんな選手か。代表的な基準の一つが脚力だ。

象徴的な事例を、鈴木誠也の指名にまつわる話に見ることができる。

鈴木は前述のとおり12年のドラフト2位だが、広島スカウト内では当初、同年の野手では北條史也(光星学院、現阪神)のほうが“上位評価”で、鈴木は“4位あたりの評価”とされていた。ただ、1年秋から鈴木に目をつけていた尾形佳紀スカウトが鈴木獲得を猛プッシュ。それでも“どちらにするか”はなかなか決まらない。そんな会議の流れを変えたのは、当時の野村謙二郎監督のひと言だった。

「どっちが足が速いの?」

これが決め手となって、鈴木の上位指名が決定した。

その尾形スカウトが鈴木に惚れ込んだポイントも面白い。

「(鈴木は)身体全体がバネでできているみたい。ベンチに引き上げていく時の走る姿が印象に残りました」   

かつてスカウトの神様といわれた木庭教氏が、高橋慶彦(当時、城西高)を獲得する決め手となったのもやはり、走る姿。ベースランニングとスライディングだった。足も速いが、それよりもゴムが弾けるような躍動感に「ゾクッとするもの」が走ったという。

木庭の跡目を継いだ苑田聡彦スカウト統括部長も「身体に強い力があるかどうかと瞬発力」をスカウティングの重点ポイントに挙げている。木庭が目を光らせた黄金時代であれば衣笠、高橋慶彦、山﨑、長嶋。90年代以降は野村や緒方(現監督)、金本に前田。そして現在であればタナキクマルに鈴木、安部、西川、野間など“その手”のタイプの好選手が広島に多いのはそのためだ。今年のドラフトを前に清宮撤退を決め、広陵の中村奨成を1位指名することに決めたのも、打力よりも肩と足を買っての選択だ。広島独特の着眼点と伝統はブレることなく、受け継がれているのである。

広島オリジナルその2 身体の強さと性格、立ち居振る舞いも注視

脚力重視とはいえ、単にタイム的に速い選手であればOKかといえば、そうではない。

例えば、今年のドラフトに向けて、苑田スカウトがマークしている慶応大の岩見雅紀外野手は50m走6.3秒。187cm、108kgの巨漢としては遅くはないが、速くもない。それでも同スカウトが追い続けるのは「一生懸命走って、守る」姿勢を高く評価しているからだ。「あとは、プロの練習についてこられるだけの体力さえあれば」というのも苑田スカウトの岩見評だが、この体力面を重視するのも広島流だ。

広島はもともと「お金がないからスカウト陣が好素材を発掘して、猛練習で鍛え上げて育てる」(古葉竹識氏)のが伝統だ。だから「キツい練習に耐えられるかどうか」(田村恵スカウト=大瀬良、中崎翔太、松山竜平らを担当)も外すことのできない評価項目となる。

広島のスカウト陣が、試合のみならず普段の練習視察を徹底して行なうのはそのためだ。人間性や性格も重視する。監督やチームメイト、コーチなどとの接し方までチェックする。

団体競技である野球において「ちゃらんぽらんな性格とか、性格が悪いとチームの和を乱す」(苑田スカウト)からだ。そのうえで「グラウンドでの立ち居振る舞い。試合中にオドオドしていないか。ミスをした後にどんな表情をしているか」(松本有史スカウト)といった部分も見る。松本スカウトが担当した堂林翔太は「真面目。エースで4番だったのでお山の大将になってもおかしくないのですが、そんな雰囲気を微塵も感じさせませんでした」という。

これらの“基準”をクリアした選手が、広島の言う“ウチの野球に合う”選手ということになる。

広島オリジナルその3 クロスチェックは行わない

広島のスカウトは、他球団のように、1人の選手を複数のスカウトでチェックする“クロスチェック”は行わず、「1人の選手に対して1スカウト」が基本線だ。そしてスカウト会議では、スカウトはそれぞれ“推し”の選手の魅力を伝えるために、レポートと自身で編集したビデオをもとにプレゼンを行い、獲得候補選手を絞り込んでいくという手法を取っている。

11年のドラ2・菊池涼介の獲得は、担当の松本スカウトが自らのクビをかけてプレゼンした賜である。

松本スカウトがはじめて菊池を目にしたのは、菊池が中京学院大3年のときのこと。当時は無名な存在だったが、ドラフト年になると他球団もマークするようになり、いわゆる隠し玉的なかたちでの指名が難しい状況になった。そこで松本スカウトは「外れ1位か、2位で」獲得を目指すも、いかんせん名の通っていない選手で171cmと小柄なことから、球団は当初、“下位指名なら…”という方針を打ち出す。しかし、前述の尾形スカウトが鈴木を獲得した時もそうであったように、なんとしても菊池を獲得したかった松本スカウトは「キクには走攻守3拍子ではなく、肩を含めた4拍子がある。活躍しなかったら責任を取る。それくらいの強い覚悟でプッシュ」して、オーナーや現場の首脳陣、そしてスカウト陣を“説得”し、2位指名を勝ち取ったのだ。

14年のドラフトでは、ケガの影響もあって大学4年間で公式戦2試合にしか登板していない薮田和樹(当時、亜細亜大)を2位で指名。世間をあっと驚かせた…というよりも、“誰それ?”と首を傾げさせたサプライズ指名も、その陰に松本スカウトのプレゼンがあったのだ。そして薮田は3年目の今季、15勝3敗の成績で最高勝率のタイトルを獲得、CSファイナルステージでは“開幕投手”を務めて白星を挙げるなど、大ブレイクを果たした。

この“クロスチェックは行わない”という手法は一見スマートな手法にも思えるのだが、獲得した選手が使えなければ責任問題にもなりかねない、“やりがいと責任論の背中合わせ”だ。そのなかで選手を“推す”作業を行なうわけだから、見る目も肥える。それがスカウト力の底上げに繋がっていく…という流れができるのだ。

松田オーナーが考案。鯉の秘密兵器、「年代別選手表」

広島のスカウト活動において欠かせないものがある。チームの選手のポジションや年齢、利き手を分類することで、ポジション別に層の厚さ・薄さが一目瞭然で把握できる「年代別選手表」がそれだ。松田オーナーが考案したこの表を活用することで、スカウトは「重点ポイントにフォーカスしたスカウト活動ができる」と現場からの評価は高い。

くわえて、例えば同じポジションに大学・社会人と高校生のドラフト候補がいた場合、現チーム内の20代前半に近い将来の飛躍が期待できる選手がいれば、育成を急ぐことなく将来を見越して高校生を優先的に指名。そうでない場合は即戦力に近い大学・社会人を選択する…といった方向性が導き出すこともできるなど、表を見るだけで「5年先くらいまでは読める」(苑田スカウト)という。

こうした広島独自のスカウティングとドラフト戦略、そして育成が実を結び、リーグ2連覇を達成した今季は、現行のドラフト制度に戻ってちょうど10年目にあたる。

42年前、広島がリーグ初優勝を決めたのは75年も、ドラフト制度のスタート(65年)から10年目のことであった。その75年を入り口として黄金時代へと突入していったように、スカウティングとドラフトと育成が三位一体となっている今の広島も、まさに第二の黄金時代を迎えようとしている。

<了>

広島を再生させた“脳トレ”と“走塁改革”。昨季退団の石井・河田コーチの功績とは元選手の広報担当・小松剛氏に聞く カープ 猛練習の本質

広島ドラ2ルーキー・高橋昂也(花咲徳栄高)が乗り越えた、原因不明の不調とは?

一時はドラフト戦線から離脱しかけながらも、最後の夏に巻き返してドラフト2位指名を勝ち取った高橋昂也(花咲徳栄高)。原因不明の不調に苦しめられ、さらに故障でマウンドにすら立てなくなった苦難の連続を乗り越えた男のサクセスストーリー。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

広陵・中村奨成は新たな捕手像を描けるか? 強打の捕手を待ち受ける試練

今年の夏の甲子園の話題を独占した選手といえば、一大会6ホームランを放ち、あの清原和博の記録を破った中村奨成(広陵)。一気にドラフトの目玉に躍り出たスター選手候補には、久しぶりの強打の捕手、さらに守って、走れる三拍子揃った新たな捕手像を切り開くのでは?という期待すらある。プロ入りを明言した中村選手の可能性、彼の行く手に待ち受けるであろう試練とは?(文=小林信也)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

なぜ誰もがマツダスタジアムに魅了されるのか? 設計に隠された驚きの7原則とは

2009年にオープンした広島東洋カープの新本拠地、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)。訪れた者なら誰もが魅了されるこの異空間は、日本のこれまでのスタジアムの概念を覆すようなアプローチによってつくられた。「スタジアム・アリーナを核としたまちづくり」が経済産業省を中心に進められるなど、今やスポーツの域を超えて大きな注目を浴びているスタジアム・アリーナ建設。今回、マツダスタジアムの設計に関わった株式会社スポーツファシリティ研究所代表取締役の上林功氏が、同スタジアムに隠された知られざる特徴と、未来のスタジアム・アリーナ建設のヒントを明かした――。(取材・文=野口学)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

カープ女子の、ガチすぎる愛情。優勝の1日を振り返る

「カープ女子」という言葉が世間を賑わせるそのはるか前から、一途で筋金入りのカープファンだった、古田ちさこさん。広島カープが37年ぶりの連覇を決めた9月18日。彼女はこの記念すべき1日を、どのようにして迎え、過ごしたのでしょうか? 決して派手とはいえなくとも、純粋な愛情に満ち溢れていた1日を振り返ります――。(文=野口学)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

小林雄二

1968年生まれ。広島県出身。広告代理店、プレジャーボート専門誌の雑誌社勤務後、フリーの編集・ライターとして活動。野球、マリンスポーツ、相撲をはじめ、受験情報誌や鉄道誌など幅広い分野で編集・執筆活動を行なっている。