【前編】亀田興毅×大毅「終わってみたら、幸せやったなって」

インタビュー&構成=二宮寿朗

チャンピオンになったとき、『もうやめよう』って思いました(大毅)

©松岡健三郎

――三男・和毅選手が7月10日、東京・後楽園ホールで国内復帰第2戦を行ないます。相手は元WBCインター・スーパーフライ級シルバー王者のイバン・モラレス(メキシコ)で、56キロ契約ウエイトの10回戦。長男エリックは元4階級制覇で、次男ディエゴも元世界王者。ボクシング一家の三男対決となりますね。

興毅 和毅自身が選んだ選手です。強い相手ですよ。次が世界タイトルマッチになることを想定したら、軽めの相手を選ぼうかって思っていたんです。そうしたら和毅のほうから、弱い相手とはやりたくないって。覚悟を決めたかったんじゃないですかね。練習をしっかりやらんと負けてしまうと、追い込んでやっていますから。

――覚悟を決めたかった、というのは?

興毅 言うたらアイツも俺と一緒で、負けないボクシングなんですよ。これまでプロで35戦やって、パンチを芯でもらったことがない。でもトップスターになるんやったら、この先に進まないといけない。それが10センチの距離を、どう踏み込んでいくかなんです。俺も口酸っぱくそのことを言ってきて、最近、和毅は一気に進化しているんですよ。スパーリングではその距離を踏み込むから、最初はもう一生分ぐらいのパンチを受けたほど。その代わり、しっかり倒していますけどね。サウスポーとやるのは久々やし、強い相手やし、そしてトップスターを目指すための覚悟ということです。

――大毅さんから見て、和毅選手の変化というのは何か感じていますか?

大毅 お兄ちゃんが引退して、俺もやめて、和毅が長男みたいなもんですからね。亀田家を引っ張っていくという気持ちがあるんやないかって思いますけど。(妹の)姫月が親父のところでボクシングを鍛えられていて、いとこの京之介もおりますから。

興毅 和毅にはもともと背負うものがなかったんです。

大毅 それはあるかもしれへんな。

興毅 俺には、親父のボクシングが世界に通用することを証明したいっていう背負うものがありました。『他のトレーナーをつけたほうがいいぞ』とよく言われましたよ。でも他の人じゃ意味がない。親父にボクシングを教えてもろうて、世界一のトレーナーにさせるっていうのが恩返しですからね。だから苦しいときに踏ん張れるんですよ。親父がトレーナーライセンスをはく奪されてからも、自分は長男やから先頭で切り拓いていかなアカンって。そういった背負うものがずっとありました。

――和毅選手には今までそれがなかった、と。

興毅 兄弟3人で世界チャンピオンというのが親父の夢でしたから『じゃあ俺もやろうかな』ぐらいの感覚やと思うんです。能力が高いからやれていたけど、ジェームス・マクドネルとの第一戦(15年5月、0-3判定負け)ではボクシングで圧倒してダウンも取っているのに、勝てなかった。1回、ペースが落ちた苦しい時間のときに踏ん張りが効かなかった。そこが背負うものがあるか、ないかやと思うんです。

大毅 競馬で言うところの二の足ですね。そこは自分もあったつもり。

――大毅さんの背負うものとは?

大毅 お兄ちゃんと和毅と違って、俺は子供のころから世界チャンピオンになれへんって、親父に言われてきたから。俺が欠けたら、3兄弟で世界王者になれへんじゃないですか。だから、俺が欠けたらアカン、俺が欠けたらアカンってホンマにそれだけでしたね。だから3回目の世界挑戦でやっとチャンピオンになったとき、『もうやめよう』って思いましたもん。(試合が終わって)シャワー浴びながら、もうやめよって言いましたもん。

――2010年2月のWBA世界フライ級タイトルマッチ、デンカオセーン・カオウィチット戦ですね。3-0判定での勝利でした。でも結局はやめなかった。

大毅 1カ月後にお兄ちゃんがポンサクレック(・ウォンジョンカム)に判定で負けて、それで俺が引退したら亀田家にベルトがなくなるじゃないですか。

――もし興毅さんが防衛に成功していたら?

大毅 やめていたかもしれない。普段62キロあって、フライ級のリミットは50・8キロですからね。階級も上げられず、引退もできず、フライ級のころは減量しかしていない。練習して筋肉つけられへんからね。あの1年でだいぶ弱くなったんですよ、俺。

和毅には亀田家のボクシングの完成形を見せてもらいたい

©松岡健三郎

――興毅さんも大毅さんも引退したのが2015年秋。あれから1年半経って、注目を集めたのがAbemaTVが企画した「亀田興毅に勝ったら1000万円チャレンジ」でした。一般公募のホスト、高校教師、ユーチューバー、暴走族元総長との対戦は、大きな反響を呼びましたね。

興毅 単に面白そうやなって、やったわけじゃないんです。ボクシングを一番手っ取り早く、世の中に広めるためには何かって考えたら、インパクトが必要やなと。ああいう分かりやすいのが(世の中に)受けると思ったんです。

大毅 ようやったなと思いました。企画したAbemaTVも引き受けたお兄ちゃんも、挑戦してきた人も、みんながみんなようやったな、と。

興毅 兄弟からも家族からもみんなに反対されましたよ。ただ、ボクシングに対する思いが、あの一日には詰まっているんです。最後は日本のリングに上がれずに引退して、やっぱり日本でもう1回上がりたいなって。ボクシングの形は違いますけど、AbemaTVの方にはすごく感謝しています。でもシリーズ化するつもりもないし、次に上がるつもりもないです。

――ボクシングを広めるためと、ボクシングに対する自分の思い、だと?

興毅 そうですね。ボクシング界全体を底上げしたいし、潤ってもらいたい。日本人の世界チャンピオンでも1試合で1億円稼ぐ人っておそらくいないじゃないですか。でも海外では、フロイド・メイウェザーとマニー・パッキャオが戦って、2人のファイトマネーが合計で360億円とか言われていて、メイウェザーなんてスポーツ長者番付で、断トツだったわけですからね。

――もっと底上げできる、と?

興毅 もちろん。日本でも白井義男さん、ファイティング原田さんの時代から、多くの人が熱狂していたわけじゃないですか。自分の試合だって、内藤(大助)選手との世界タイトルマッチは平均視聴率で43%を超えて、多くの人が関心を持ってくれた。2009年の年間最高視聴率で、紅白歌合戦を上回っていますから。だから爆発力があるし、ポテンシャルのあるスポーツなんです。

――「1000万円チャレンジ」の効果は何かありました?

興毅 協栄ジムもあの月、20人ちょっと練習生が増えたみたいですよ。知り合いのジムの人からも、増えた話を聞きましたね。

――協栄ジムは興毅さんも大毅さんもかつて所属していましたが、ファイトマネーの支払いをめぐって法廷闘争もあったなかで昨年10月から和毅選手が協栄ジムの所属に。どのような経緯があったのでしょうか?

興毅 昨年8月いっぱいで世田谷のK3 BOX&FIT GYMを閉めたんですよ。そんな折、金平(桂一郎)会長から連絡がきて「一度話をしよう」と。和毅のライセンスが出るように働きかけてくれました。裁判した仲ですからね、自分に連絡するというのも重い決断やったと思います。このジムが練習生でパンパンになって、世界チャンピオンを増やしていくことに少しでも協力できたらなって思います。そしてボクシング界全体を底上げできるような活動をしていきたいし、いろいろと考えています。

――大毅さんは今後、どのような活動を?

大毅 自分の場合、ボクシングが好きになりかけたときに網膜剥離で急に引退ってなったから、次に何をしようかなってずっと模索中でした。でも、もうそろそろ決まるかなって感じです。

――興毅さんは子供が三人でいずれも男の子。次世代も亀田三兄弟なんですね。

興毅 長男、次男、三男ってそれぞれ性格が違うじゃないですか。統計が出ているみたいですけど、長男は真面目で、次男は周りを気遣えて、三男は自由奔放。まあ、そのとおりですよね。長男には怒りにくいんですよ。それで次男は大毅を見ているから、怒らんとこって思うんやけど、アカンことするから怒ってしまう。三男は自然と甘やかしていますね。上の二人には『もう1歳半やぞ』って厳しめにしましたけど、下の子は『まだ1歳半やからなあ』になってしまっています(笑)。

大毅 3兄弟って、真ん中が大変なんですよ。僕がおるから、兄弟ゲンカにならない。俺がちゃんと間に入っていますから。俺がおる時点で大丈夫なんです。

――大毅さんも息子さんが一人。もうすぐ1歳になるそうですね。

大毅 かわいいですよ、ホンマ。俺の人形をムチャクチャにして遊んだりしていますね(笑)。

――妹の姫月さんに対する期待は?

興毅 親父は、選手をつくるのがうまいなって思いますよ。ホンマ、職人です、親父は。姫月は来年あたり、おそらく世に出てきますよ。

大毅 親父によく言われますよ、「姫とお前はそっくりや」って。俺に似てたらセンスはないけど、俺は打たれ強いですから。リングで倒れんし。

興毅 だから親父に「おまえはナニワの弁慶や」って言われたな。姫月のことも楽しみですね。

――では最後に、「亀田3兄弟」で現役の和毅選手に託したいことというのは?

興毅 親父がつくった亀田家のボクシングの完成形を見せてもらいたいですね。世界に名を知らしめるとき。それが10センチの距離なんです。俺、心を鬼にして言ってますから。背負うものも、和毅がつくっていかなアカン。弟みたいな京之介がいて、姫月がいて、和毅が長男になって引っ張っていく覚悟。俺は、そういったプレッシャーも掛け倒してます(笑)。そうじゃないと人間、強くならへんと思うし。

大毅 以下同文ですね(笑)。一つ踏み込んで打つのがボクシング。触らせないボクシングが許されるのは、メイウェザーだけですから。スターになるために必要なことやし、和毅ならやれると思いますよ。

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二宮寿朗

1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、2006年に退社。文藝春秋社『Sports Graphic Number』編集部を経て独立。