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インタビュー&構成=高崎計三

兄のように話題になる試合をしていきたい

──過去に一度だけ、日本人選手と対戦しています(09年5月、雲林龍広戦。4RTKO勝利)。その時は、気持ちの面で違うものがありましたか?

和毅 デビューして間もない頃(7戦目)だったし、特にはなかったですね。普段、スパーリングとかも日本人選手とやっていましたから。

──でも、周りは騒ぎましたよね。

和毅 いろんな国の選手とやっているから、気にはなりません。タイとかメキシコとか、アフリカの選手ともやったし。だから相手がどこの国の人間でも、特に変わりはないですね。ただ、俺が日本人のチャンピオンに挑戦して日本人対決になったら盛り上がるでしょうから、それもいいかなと。ここから俺がチャンピオンになってボクシング界を盛り上げて引っ張っていって、子供たちから「亀田和毅みたいになりたい」という子が出てきたらいいなと思っています。

──お兄さんたちのタイトルマッチはTVの影響もあって、試合のたびにものすごい騒ぎになっていました。近くで見ていてどう感じていましたか?

和毅 セコンドにもついていましたけど、内藤大助戦とか日本中が注目していてすごいなあと思っていましたよ。ああいう話題になる試合を俺もしていきたいし、あんな感じで盛り上げたいと思いますね。

──ところで前戦、3月の試合はキャリア初の後楽園ホールでした。「聖地」での試合に、何か感じるところはありましたか?

和毅 そんなにはなかったですね……。これまでいろんな場所で試合してきましたからね。ただ、いっぱいお客さんがきてくれて超満員の中でやれたのは気持ちよかったです。日本人のお客さんの歓声の中で試合するというのはちょっと違いましたね。応援してくれるファンの人たちがいて、その前で試合ができるというのはうれしいです。

──荒っぽいメキシコのお客さんの前でやってきたから、特にじゃないですか?

和毅 本当、メチャメチャ荒いですからね(笑)。アマチュアの時でもすごかったですよ。日本人が向こうで試合をすること自体が少なかったし、「このアジア人め!」みたいなことを言われて、モノを投げつけられたりするのはしょっちゅうでした。ガンガンやられましたよ(笑)。でも、そこでちょっとずつ結果を出していったら認めてくれるんですよね。向こうは実力次第なので、ちょっとずつちょっとずつ名前が売れていったら、お客さんの反応が変わっていきました。

好きな人ができることが、一番の外国語上達法

©VICTORY

──そうしている間に、スペイン語がペラペラになったのも大きかったと思いますが、最初から通訳はいなかったんですか?

和毅 正式な通訳というわけでもないんですけど、はじめの頃は、TV局のスタッフも来ていて、こちらの意図を伝えてくれたりとかはしていました。今は、まあまあしゃべれますね。

──いやいや、映像で確認したら「まあまあ」どころじゃなかったですよ(笑)。現地のインタビューに、普通にスペイン語で応答していたじゃないですか。

和毅 今は日本語と一緒ぐらいです(笑)。はじめは全くしゃべれなくて、今の奥さんと知り合って教えてもらいながら、ちょっとずつ覚えていきました。

──一昨年、結婚されたシルセさんですね。そもそものきっかけは?

和毅 彼女もボクシングをやっていて、アマチュアの大会に出場していたんですよ。それで自分が一目惚れして、最初は通訳の人を通じて「一緒に写真撮って!」って伝えてもらって無理矢理撮って、「写真送るわ!」言うて、電話番号聞いて(笑)。若かったし、アホやったからガンガン行きました(笑)。今やったら絶対できないですね。

──「好きな人ができることが外国語上達の近道」とはよく聞きますが、やっぱりそうでしたか。

和毅 それが一番ですね(笑)。一気に上達度が上がりました。彼女としゃべりたいから、「これはスペイン語でどう言えばいいのか」とか知りたくなるじゃないですか。辞書を見ながら、本を指さしたりしながら覚えていって、教えてもらって。彼女とは本当にスペイン語の本を見ながら、「フルーツは何が好きですか?」とか、小学生みたいな会話から始めました(笑)。彼女と話したいという気持ちが強かったから、覚えるのも全然苦にはならなかったですね。

──やっぱりそういうものなんですね。

和毅 学校に行って勉強して……とかだと限界があるんですよ。学校では覚えられない言葉がいっぱいあるんです。知り合って半年ぐらいでだいぶしゃべれるようになりましたからね。

──それはすごい!

和毅 スペイン語でしゃべれるようになったら、向こうでのメディアとかでの扱いもすごく変わりました。やっぱり間に通訳が入ると、気持ちの伝わり方も全然違うんですよね。スペイン語をしゃべれるようになってからメキシコ人のファンも増えたし、「トモキはそんなにメキシコを愛してくれてるんか」ということで、俺のことを応援してくれるようになりました。そこから、アメリカでも試合ができるようになったし。

──というと?

和毅 アメリカはスペイン語を話す人が多いし、メキシコでの試合は彼ら向けにアメリカのTVでも放送されていたんです。だからちょっとずつ名前が売れて、それでラスベガス・MGMの試合も組まれました。

──サッカーなど他のスポーツで海外で長続きしなかった選手は、言葉の壁に悩まされた例も多いんですが、亀田選手は違ったんですね。

和毅 そりゃあ言葉も習得しないといけないし、大変なのは確かですよ。でも話せるといろいろ得なんです。向こうでの扱いも良くなったし、アメリカでも試合ができたし、奥さんとも知り合って今年で10年になります。それもこれも全部、メキシコに自分を行かせてくれたオヤジのおかげですけどね。

俺が亀田家を背負っていくという気持ちでいます

©VICTORY

──これまでのキャリアでは本当にいろんなことがありましたよね。それこそ、良いことだけじゃなかったですし、日本で試合ができない時期もありました。そんな中、ボクシング界や周囲に対して嫌気がさすことはなかったのですか?

和毅 人生って、そういうものじゃないですか。良い時だけじゃない。でも日本で試合できなくても、海外では試合ができるわけだし、プラスに考えていかないとダメなんですよ。13年にフィリピンでWBOのチャンピオンになって防衛戦を日本で1回して、そこから3年間、日本で試合ができませんでした。でもその間は自分で交渉して自分で試合を組んで、プロモーターとも知り合った。そのおかげでMGMでも試合ができて、アメリカでショータイム(有力ケーブルTV)にも映りました。みんなが経験できないことを経験できて、逆に良かったんかなと思いますね。それで今回、協栄ジムさんにお世話になることができて、また日本で試合ができていますからね。

──でも普通の人だったら心が折れそうなことも多々あったと思います。その中でそれだけポジティブに考えられた理由は何ですか?

和毅 昔からオヤジに言われていましたからね。「何があってもプラスに考えろ」って。試合に負けても、「ここで負けていてよかったんや。そうじゃないとこの先で痛い目に遭ってたんや」って言われたし、ケガした時でも、「このケガでよかった。もしかしたら大事故になってたかもしれん」と。何でもそうやって考えるクセをつけてもらってきたからじゃないですか。

──だからこそ、今の亀田和毅があると。

和毅 それもこれも、家族がおるからですけどね。オヤジがおって三兄弟がおって。お兄ちゃん2人は日本で試合ができんまま引退して、あとは俺だけじゃないですか。このまま亀田家が終わるわけにはいかないんでね。今は俺が長男みたいなもんですから。俺が亀田家を背負っていくという気持ちでいますよ。

──先日、妹の姫月さんがプロデビューを目指すという報道もありましたね。

和毅 そうですね。いとこもおるし、ボクシングに関しては、今は俺が亀田家長男ですよ。小さい子供たちを勇気づけて、感動を与えるような試合をして、「和毅みたいになりたいな」って思ってくれる子が1人でも2人でも増えてくれればいいなと思っています。

──よく分かりました。さて間近に迫ったイバン・モラレス戦ですが、最終的にはどう勝ちたいですか?

和毅 最後はもう、相手が「やりたくない」と言うまで痛めつけたいですね。「もうええわ」って言ってコーナーから出てこなくなるぐらい。この階級って、ヘビー級じゃないから一発で倒すとかは難しいんですよ。カウンターでパチーン!と入って倒れることはありますけどね。それより痛めつけて痛めつけて、「もうええわ……」って言わせたい。それでお客さんを喜ばせたいです。前回の試合も良かったんですけど、まだやれることはいっぱいあったんで、今回はそれをきっちり出していきたい。ちょっとだけ暴れたろうかなと。

──「ちょっとだけ」ですか?

和毅 前回が冷静すぎたんですよ。冷静さも大事なんですけど、それと気持ちを出す部分と両方必要なので。ちょっとだけ気持ちを出しただけでも、お客さんが爆発すると思いますからね。

──「VICTORY」ではお兄さんたちの対談も行いましたが、そこでもお2人が「和毅は爆発的に成長している」とおっしゃっていましたよ。

和毅 いや、ちょっとだけです。ちょっとだけでも、爆発するんですよ。今は特に試合前で気持ちばっかりいって、動物みたいになってきているから、ちょっと抑えないと(笑)。リングに上がったら1対1だから、相手を食うぐらいの気持ちでいきますよ。

──期待しています!

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高崎計三

著者プロフィール 高崎計三

編集・ライター。1970年福岡県出身。1993年にベースボール・マガジン社入社、『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』などの書籍や「プロレスカード」などを編集・制作。2000年に退社し、まんだらけを経て2002年に(有)ソリタリオを設立。プロレス・格闘技を中心に、編集&ライターとして様々な分野で活動。2015年、初の著書『蹴りたがる女子』、2016年には『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)を刊行。