1, 優秀なコーチを育成しよう

優秀なコーチを育成することは、アイスランドが取り組んだ最大のプロジェクトだ。国内のライセンスではなく、欧州全体で認められているUEFAライセンス取得を義務付けたことによって、指導のレベルは一変した。
 
数人の優秀な指導者に依存するのではなく、指導者全体のレベルを高めることが重要となる。エイヨルフソン氏の言葉を借りれば、「どの指導者が次のメッシを育てることになるのかを、予想することは不可能」なのだ。レベルの底上げこそが、「メッシになる可能性がある才能」を正しく発見し、導く唯一の方法となる。
 
指導者教育への投資は、黄金世代を生み出したドイツでも積極的に推奨されてきた。トップクラブに着々と選手を送り込むベルギーでも、コーチの教育は大きく変化してきている。ドイツでは、指導者育成機関で激しい競争を突破してきた若き指導者達が競い合う。ベルギーでは底上げを目指して、「コーチの量と質」を両立していくことを目指している。ベルギーサッカー協会は指導者、メンタルコーチ、フィジカルコーチ、フットサルコーチといった細分化されたコースを設けることで、様々な分野でトップクラスの指導者を生み出すことを目指している。

2, 能力別の指導、試合を導入しよう

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アイスランドでは、子どもたちは出来る限り近いレベルの能力を持った選手達とプレーする。それが全ての選手を平等に育成することに繋がっていく、と考えられているからだ。試合も基本的には、同レベルのグループと行われる。日常的に選手は評価され、成長に合わせてグループを上下動する。出来る限り大差になってしまうような試合を減らすことで、全ての選手が質の良い競争を経験する機会を得るのだ。

実際、「生まれたタイミングによって、身体的な発達に差があること」を考慮したグループ分けにも注目が集まっている。ベルギー代表で活躍するケビン・デ・ブライネはユース時代、同世代と比べるとフィジカル面で劣っていたが、身体能力だけを重視しない評価基準によって、判断能力という長所を伸ばすことに成功した。身体が小さいというだけで正当な評価を得ることが出来ない選手を減らすために、年齢という枠組みを取り払う必要はあるだろう。

3, コーチに対するプレイヤーの人数を少なくし、フィードバックや指導が行き渡るようにしよう

教育学的な定義を英語論文から引用すれば、フィードバックとは「パフォーマンスや理解について、仲介者によって与えられる情報」である。教育学では適切なフィードバックは重要なものだと考えられており、ハティ(Hattie J)とティンパレイ(Timperley H)の研究によれば、適切なフィードバックは賞を与えたり、叱ったり、褒めたりするよりも効果的に子どもの学習パフォーマンスを向上させる。
 
同様に、フットボールの世界でもフィードバックは育成における大きな鍵と考えられている。指導者が同時に見なければならない選手の数が少なければ、当然フィードバックを与える機会は増える。常にプレーに対する評価やアドバイスといった指導者からのフィードバックを与えられることは、子供にとって非常に重要だ。
 
参考文献: Hattie, J. and Timperley. H. (2007). The Power of feedback. Review of Educational Research,. 77, 81-112.

4, 全年代で、サッカーをプレーできる施設・環境を整えよう。最高である必要はないが、一年を通してプレーできる必要がある。

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アイスランドのサッカー協会は施設に投資することで、冬でも選手がプレー出来る環境を整えることに成功した。2017年の全国高校選手権で優勝した青森山田高校の様に、降雪量が多いことをトレーニングに利用することも可能だが、育成年代に基本的なボールを扱う技術を習得させる為には全天候型の練習場がベストだろう。育成環境で活用されているフットサルを組み合わせることによって、狭いスペースを有効に使うことも出来る。

5. 上の年代と共にプレー出来る選手には、その機会を与えよう

「能力別の試合を導入すること」にも関連しているのだが、アイスランドでは能力的に優れた選手に飛び級でのプレーが認められる。アイスランドの育成年代では、「半分以上の選手が年上の選手と同じチームでプレーしている」という。また、優れた女子選手は男子チームに参加してのプレーが奨励されている。

6. 6-13歳の間は、技術的な練習を重要視しよう。

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6歳~13歳の期間に、技術的な基礎を作り上げることは重要だ。年齢を重ねてから基礎的な技術を習得することは、困難だと考えられている。
 
だからこそ、アイスランドでは6~13歳の年代を重要視する。シギ・エイヨルフソン氏によれば、多くの強豪国の指導がこの年代の指導を両親やボランティアのコーチに任せ過ぎているという。アーセン・ヴェンゲルは「サッカー選手というのは、家を建てるように育てなければならない。7~14歳という年代で身に着けた技術こそ、家作りにおける土台となる」と語った。
 
アメリカでも同様のシステムは問題視されているが、これは日本にも当てはまる。Jリーグに所属するチームのユースやクラブチームに子どもを所属させるのは全ての家庭にとって簡単なことではないことから、道を閉ざされてしまう才能も少なくない。さらに、トップクラスの指導者はトップチームに近い位置に配置される傾向にあることから、どうしても6歳~13歳という期間にトップクラスの育成を受けることは難しい。国が主導しての改革が実を結んだからこそ、アイスランドは「全ての子供たちがトップレベルの育成環境でプレーすることが出来る場所」となった。

7. ボールコントロールを磨くために、家庭学習を推奨しよう。

ボールコントロールの技術を磨くためには、ボールに触れる時間を出来る限り長くすることが重要だ。アイスランドのサッカー協会は5~16歳の選手を対象に「サッカーのテクニックを学べるDVD」を無料で配布。彼らが目指すフットボールを実現するために選ばれた100を超える練習を詰め込んだ特製のDVDを、驚くべきことにアイスランドでプレーしている子供たちの8割以上が保有している。また、子どもたちのモチベーションを高めるために、アイスランド代表の選手や監督が直接DVDを手渡している。

8. 技術を重要視する文化を作り上げよう。

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バルセロナの育成は世界中で見本とされているが、彼らの哲学は「子どもたちは勝つためにプレーするように育てられるのではなく、優れた選手になるように育てられる」というものだ。リオネル・メッシが「バルセロナのユースにいた頃、ボールに触らない状態で練習したことは殆どない」と述べるように、常にボールに触る状態で練習させることは重要だ。フィジカル面も重要な要素だが、育成年代では基礎的なボールコントロール技術を重要視する必要がある。

9. ポジティブな心理状態で、練習に参加させよう。

若い選手に対するメディアの注目が高まっていることについて、バルセロナの育成年代を担当する指導者は「10代の選手達が自分たちをスターだと思い込みやすくなる時代になってしまっている」と警鐘を鳴らす。日本でも、バルセロナユース出身の久保建英選手がメディアからの過大な期待に直面している。ハリルホジッチ監督も「まだ15歳、あまり話をしない方が良いだろう」と彼を気遣った。

スタンフォード大学のキャロル・ドウェック氏の研究によれば、興味深いことに「才能や能力を賞賛された生徒」よりも「結果を出すまでの過程となる、取り組みの方法を賞賛された生徒」の方が高いモチベーションを保ち、パフォーマンスを向上させることが出来るということが明らかになった。サッカー選手の育成においても、「過程を評価すること」が選手の成長を止めない唯一の方法になるはずだ。

10. 選手の才能を評価する基準を持とう。

指導者は、技術的に優れているだけでなく、学ぶことに対するモチベーションが高い選手を評価する必要がある。

心理学者のアンジェラ・ダックワース氏は、「物事に対する情熱であり、また何かの目的を達成するために長い時間、継続的に粘り強く努力する力」である「グリット」が成功に繋がる要素であると提唱している。性格的な要素や練習態度も、将来的に花開く才能を見つけ出す重要な評価基準になる。また、育成年代の選手を評価するために重要になる1つの要素は判断力だ。ベルギーのユース指導者はケビン・デ・ブライネの判断力を高く評価し、フィジカル面で同世代に劣っていた彼を代表チームに残し続けたが、それは英断だった。彼らは、指導者の基準によってデ・ブライネを「見つけ出せた」ことを誇っている。

日本は、確かにブラジルやフランスと比べた時に「才能の宝庫」ではないかもしれない。しかし、アイスランドが示した道は「全ての選手を育成し、隠れた才能を見つけ出す努力」の重要性だ。人口が少ない中で「1人の選手も無駄にしないこと」で大国に抗う「育成の理想郷」は、我々に重大なヒントを与えてくれる。

<了>

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宮崎県生まれ、静岡県育ち。スコットランドで大学院を卒業後、各媒体に記事を寄稿する20代男子。違った角度から切り取り、 異なった分野を繋ぐことで、新たな視点を生み出したい。月刊フットボリスタで「Tactical Frontier」が連載中。