選手目線の日本と球団事情が最優先されるアメリカ
「7月31日は日米のプロ野球界にとってたしかに特別な日かもしれませんね。でも、日本とアメリカでは意味合いが結構違うんですよ」
横浜DeNAベイスターズ前社長・池田純氏は、こう語ります。
「端的に言うと日本は選手目線、アメリカは球団事情によるところが非常に大きい。これは大きな違いですよね」
日本球界では、選手の適性や出場機会のために「環境を変える」という意味合いでのトレードが少なくありません。一方、アメリカでは今回のダルビッシュ投手のトレードのように、球団の目標や目指すもの、現在置かれているポジションによって、必要な選手が決まります。各選手のトレードもこうした思惑が最優先されて決定するケースが多いのです。
「自分が関わったケースでは、2012年、ベイスターズ社長に就任して最初のシーズンに、藤田一也選手がシーズン途中で楽天に移籍したということがありました(※編集部注:2012年6月24日、内村賢介選手との交換トレードで楽天へ)。ベイスターズでも守備力に定評があって、グラブさばきとか、私から見てもプロ中のプロといった感じで、ものすごくうまかったんです。でも、バッティングでなかなか結果を出せず、編成の責任者である高田繁GMがトレードを決断しました」
その後、藤田選手はしばらく守備固めとして出場していましたが、楽天のチーム事情もあり二塁手に定着。打撃でも打率.308と結果を残し、翌2013年には副キャプテン、2番二塁手として楽天初の日本一に大きく貢献しました。
「監督だった星野仙一さんからは、『10勝投手と同等の貢献度だ』と言われるぐらいの活躍をしたわけです。選手は環境によって大きく変わります。巨人から日ハムに移籍してブレイクした大田(泰示)選手の例は言うまでもありませんし、今シーズン、ベイスターズから日ハムに行ったばかりの黒羽根(利規)選手が正捕手としてのチャンスをつかんだりと、環境を変えてプロ野球選手として大きな飛躍を遂げる選手はかなりいます。7月31日を期限とするトレードは日本では選手の活躍、持っている力を発揮させるための意味合いが大きいと思います」
ドジャースがダルビッシュに期待することとは?
(C)Getty Imagesアメリカでは、個人の活躍を願ってというよりは、それぞれの球団が抱える事情、現在の順位や設定されている目標に沿って合理的な判断が下されることが多いと池田氏は指摘します。
「アメリカのトレードは、球団の事情に左右されることの方が多いと思います。特に年齢は重要な要因でしょう。ダルビッシュ投手は現在30歳。今回、ドジャースのトレード要員は、ウィリー・キャルフーンが22歳、ブレンダン・デービスが20歳、A.J.アレクシー19歳と、若手なんですよね」
期限を数日後に控え、ドジャースの他にもニューヨーク・ヤンキース、クリーブランド・インディアンスなど複数の球団が獲得に乗り出していると報じられたダルビッシュ投手の獲得競争は、レンジャーズ残留に落ち着いたかに見えました。しかし、トレード期限の寸前、かねてから本命視されていたドジャースへの移籍交渉が急転直下でまとまりました。
「それぞれの思惑が一致したということでしょうね」
ドジャースは現在ナショナル・リーグ西地区で首位をひた走り、7割を超える勝率(日本時間8月3日時点)でワールドシリーズ制覇を目指しているチームです。2012年にNBAのレジェンド、マジック・ジョンソン擁する投資家グループ、グッゲンハイム・グループに20億ドル(当時のレート換算で約2000億円)で買収されてからは、豊富な資金力を背景に強化を進めてきたドジャース。4年連続地区制覇を果たし、残るミッションは、29年ぶりのワールドシリーズ制覇です。
「ダルビッシュ投手は30歳の高額な選手ですけど、ドジャースは“いま勝てる選手”を優先させた。“ワールドシリーズ制覇へのピース”として、ダルビッシュ投手を迎えたんだと思います」
池田氏の言う「球団の事情」からも、ドジャースにはダルビッシュ投手を手に入れるモチベーションと必然性があったことになります。
「ダルビッシュ投手がいたレンジャーズの方は、ア・リーグ西地区4位(取材時)。今年はポストシーズンでの活躍は難しい位置ですよね。だから有望な若手を得て、来年以降に結果を望むというのも理に適っています」
今季の順位と来季の強化プラン トレードから球団の思惑が見えてくる
(C)Getty Imagesダルビッシュ投手と同じく、7月31日期限当日にヒューストン・アストロズからトロント・ブルージェイズへのトレードが決定した青木宣親選手のトレードも、それぞれの球団の思惑に沿ったものだったと池田氏は言います。
「青木選手の場合、地区1位のアストロズからの移籍ということになりました。私が見る限り相応の活躍をしていたと思いますが、35歳という年齢を考えるとチームとしてはトレードの俎上(そじょう)に載せてもおかしくない選手です。そんな中で、地区最下位に低迷するブルージェイズがフランシスコ・リリアーノ投手というある程度勝ち星を計算できる左腕を出してきた。“勝ち”が欲しいアストロズにとっては欲しい人材ですよね」
このトレードにも、現在の順位や来季に向けての準備、チーム事情が複雑に絡んだ当該チームの思惑が読み取れます。
「選手の実力だけでなく、年齢やそのチームの今の順位、そういう視点でトレードを見ていると、球団の考え方や方針・プランがわかって面白いですよね」
そういった点でも、最終の締め切りになる7月31日は球団の思惑がもっともストレートに出る日ということになります。多少の無理や難航する交渉において、お互いに「最後の妥協」を模索する中で、「それでも取るのか?」「諦めるのか?」の決断を迫られるのです。降って湧いたトレード話に選手が驚くことも少なくありません。実際に、今回のトレードについて青木選手は「びっくりした。まさか自分とは…」と率直に心境を告白しているのです。
損得勘定だけではない日本球界におけるトレードの役割
「たしかに選手にとっては青天の霹靂(へきれき)ということが多い」
直接ではないにしても、球団側として選手にトレードを通達する立場にいた池田氏は、トレードを伝えられた選手たちのこんな様子が心に残っていると言います。
「最初にお話しした藤田選手のときにも見られたんですが、シーズン途中のトレードは、ベンチ裏で突然通達されるんです。今まで一緒にがんばってきた選手ですから、チーム一同涙を流すわけですよ、みんな泣くんです」
激しい戦いを繰り広げている最中、選手たちがベンチ裏で流す涙は7月31日を巡る物語を象徴しているシーンにも思えます。
「でも、彼らはやっぱりプロなんですね。当たり前ですけど、次の日からはパッと切り替えて、前だけ見据えてプレーするんです」
涙は流すけれど、決してジメジメした感傷的な気持ちは引きずらない。
「野球はチームスポーツですが、プロ野球選手はある意味一人ひとりが独立した個人として戦っているようなもの」
それだけに新天地で本来の実力を発揮する選手の活躍は、古巣のスタッフ、選手も素直に喜ぶのだと池田氏は言います。
「何年も経って藤田選手と会うと、『いつかはベイスターズに戻りたいんです、戻してください』なんて会話をしたこともありました。やっぱり、古巣球団への愛着が強いんですよね。ただ、送り出した方としては環境を変えて新天地でチャンスをつかんでくれたこともうれしいわけです。日本とアメリカのトレードの違いを説明してきましたが、こういうことが日本のトレードの本質で、いいところですよね」
球団の思惑に沿ってロジカルにトレードを進める合理主義のアメリカ、チーム事情も背景にありつつ、選手に活躍の場を与えるきっかけとして機能している日本。7月31日を過ぎると聞こえてくる移籍のニュースも視点を変えるとさまざまなことが見えてきそうです。
取材協力:文化放送
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