文=VICTORY SPORTS編集部

オーラを失った桃田が代わりに得た武器

The Asahi Shimbun/Getty Images

45勝1敗。バドミントン男子シングルスの桃田賢斗(NTT東日本)が、違法カジノ問題による出場停止処分が明けてから積み重ねている戦績だ。勝率は実に9割7分8厘。1年以上のブランクを感じさせない力を発揮し、世界ランキングを駆け上がっている。

昨年4月の問題発覚の直後、日本協会によって世界連盟への登録ごと抹消されてしまった桃田は、文字通り「ゼロ」からの再出発を切った。復帰戦となったのは5月の国内大会、日本ランキングサーキットだった(なぜ日本ランクは抹消されなかったのかという素朴な疑問はかなりの突っ込みどころ。しかし今回はそっとしておこう)。準決勝、決勝と日の丸を背負ってきた選手を倒して涙の復帰優勝を飾り、国内の団体戦を経て、7月から国際舞台に戻った。

国際大会に限れば27勝1敗だ。もちろんランキングが低いので、出られている大会も格の低いものばかり。五輪と世界選手権が最高峰の「レベル1」で、年間12戦とファイナルがあるスーパーシリーズが「レベル2」。桃田が出たのは「レベル4」が三つと「レベル3」が一つだ。テニスでいえばATPツアーではなくITFサーキットを回り直している、とでも言えば伝わりやすいだろうか? 元世界ランキング2位の実力をもってすれば勝って当たり前と思われるかもしれない。しかし桃田は、これまでの貯金で勝っているわけではないようだ。

それは十分に強かった処分直前に比べて、明らかに絞られた体が物語っている。当時は決してアスリート体型とは言えない体ながら、卓越した技術で主導権をつかみ、時にふてぶてしいと感じるほどのオーラでコートを支配していた。復帰後は、そんなオーラは影を潜めている。5月の復帰戦では「そういうのもいつか必要にはなってくるが、いまはちょっと」と〝自粛〟ぎみであることを明かしていた。

代わりに武器にしつつあるのがスピードだ。「はやく(シャトルの下に)入れすぎて、まだタイミングが合わない」と戸惑うほどの進化を遂げた。得意技のヘアピン(自陣ネット前から相手陣ネット前への球)を放つ時、桃田はネットの白帯にわざと当てて、ネットにシャトルを絡ませて相手コートに落とす「ネットイン」を意図的に狙うのだが、これには数センチ、あるいはミリ単位のコントロールが求められる。イメージと実際のスピードが合わなければ、いくら速くても制御できない。5月からの実戦で、そのすりあわせを続けてきた。

9月はベルギーとチェコで15試合すべてをストレート勝ちした。その中で「予想以上に自分らしいプレーができた」と新スタイルに手応えを深めた様子だ。「(復帰して)これまではミスしない(でとりあえずコートに入れる)消極的な選択肢を選びがちだったが、今回は積極的にぎりぎりを狙い、相手を後ろに押していけた」。相手にコート奥を強く意識させれば、コート前方は隙だらけ。得意のネットプレーがさらに生きるという寸法だ。

ようやく威勢のいい言葉も、笑顔も取り戻してきた。「少しずつ手応えを感じて自信がついてきた」との発言は正直なところだろう。「今はより強い人と戦いたいという気持ちが強い」と希望し、次は10日からのオランダ・オープンに挑む。これは「レベル3」に位置する。もうトップ選手が出るスーパーシリーズのすぐ下だ。

大きな意味を持つ、唯一の黒星

©VICTORY

チェコの優勝で、世界ランキングは110位あたりまで上がる。オランダも優勝すれば70位前後が見えてくる。そうなれば12月の全日本総合選手権後に編成される2018年日本代表で代表に復帰し、スーパーシリーズにもスムーズに再挑戦が叶うだろう。スーパーシリーズは日本代表に入っていてもランキングがある程度上でないとエントリーできない。その意味で、順調に地ならしができていることは好ましいことだ。たくさんの試合をこなす中で、日本人以外の球筋をたくさん見られていることも大きい。体格も違えば受けてきたレッスンも違う海外選手との試合は、やはり慣れが必要だから。

順調な歩みの要因を桃田は「あの1敗のおかげ」と見ている。唯一の黒星、カナダ・オープン決勝のことだ。年下の常山幹太(トナミ運輸)にフルゲームの末、スタミナ切れも起こして振り切られた。「あれが今の自分を強くしている」。早い段階で、しかも年下の日本人に負けたことで、鼻が伸びることなくひた向きに練習から取り組めているのだそう。大きなつまずきから戻ってきたスターは今、小さな失敗もまた自らの糧にする謙虚さを持ち合わせるようになった。

世界ランキング1位の最長記録を持つスーパースター、リー・チョンウェイ(マレーシア)は9月に来日した際「また桃田とやれることを楽しみにしている」と言った。それを伝え聞いた桃田は、これまでになくうれしそうに笑った。再戦は、もうすぐ実現する。

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