文=座間健司

バルセロナで起きた警察と市民の衝突

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バルセロナのジョゼップ・マリア・バルトメウ会長に批判が集まっている。10月1日に行われたラス・パルマス戦を無観客試合で敢行したからだ。

ことの発端は、10月1日にカタルーニャ州政府が行った住民投票だ。スペイン北東部のカタルーニャ州政府が、スペインからの独立を問う住民投票を強行した。中央政府は「住民投票は憲法違反」として、投票が始まる午前9時から警察を投票所となる各学校に強行突入させ、投票箱の撤去を行った。その時だ。壁となり投票所への進路を塞ぐ住民の警察の間に衝突が起こった。中央政府がカタルーニャ州に送り込んだ警察が住民を投げ飛ばしたり、警棒で叩いたり、威かくするために道路に向かって発砲した。年配や女性も容赦なく突き飛ばされ、血が流れた。投票所での警察と住民が衝突した動画は、すぐさまSNSで拡散され、多くのメディアで報道された。カタルーニャ州政府は負傷者は844人にのぼると発表した。とはいえ、中央政府が投票所をすべて閉鎖できたわけではなく、投票は行われ、結果的に約534万人の有権者のうち、約226万人が投票し、独立賛成に90パーセントに達したとカタルーニャ州政府が発表した。

僕はバルセロナ中心街から郊外電車で地中海沿いを40分北上した街に住んでいる。この街の投票所では警察との大きな衝突はなかった。街の中心にある学校の前には朝8時30分頃から今まで見たことないような長蛇の列ができていた。長さは時間が経つにつれ、少しずつ短くなったが、9時から20時まで投票する人の列は途切れなかった。独立を求めるコールが起こり、この日がいかに歴史的な日であるかを熱弁する人に拍手があがり、警察のパトカーが通れば、それだけで野次が向けられ、自治政府州の警察が通れば、拍手が起こった。街はまるでお祭りのように高揚していた。各メディアは特別番組を編成し、現地紙は自身の公式インターネットで逐一、投票所の状況を伝えていた。警察と住民の衝突した衝撃的な動画がSNSを支配していた。衝突が起こっていない街でさえ、投票に行く人々は高揚し、熱狂していた。衝突が起こった投票所のある地域はどうだろう。高揚どころか、緊張感があり、怒りが周囲を埋め尽くしていることは容易に想像がつく。この日のカタルーニャ州は、異様な雰囲気だった。

カンプ・ノウで史上初めて行われた無観客試合

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そんな日にバルセロナは本拠地カンプ・ノウでのラス・パルマス戦が控えており、試合は16時15分にキックオフが予定されていた。しかし、試合開始時間が近づいても、スタジアムは開かなかった。

バルセロナは試合当日の住民と警察の衝突を受け、試合の延期をスペインプロリーグ機構(LFP)に要求した。だが、プロリーグ機構はそれを認めず、もし試合をしなければ不戦敗かつ試合中止の制裁として合計で勝点6をマイナスする処罰の可能性があると警告した。同クラブのジョゼップ・マリア・バルトメウ会長は、エルネスト・バルベルデ監督やロッカールームで影響力を持つキャプテンのイニエスタ、セルヒオ・ブスケツ、メッシ、ピケらと協議した。バルトメウ会長が選手たちをプレーするように説得したという報道もあれば、選手たちから試合をしたいという多数の意見が占めたという報道もある。

当然ながらバルセロナの中にも、独立に、そして住民投票をすることに反対の人もいる。さらには試合当日に警察と住民の衝突が起こった。スタンドで観客同士の暴動、もしくは小競り合いが起こる可能性は高かった。とはいえ、セキュリティを増やすにも住民投票が行われており、クラブが警察に増員を要請しても満足な返答は得られなかった。無理もないだろう。警察もそれどころではない状況だ。カンプ・ノウの警備だけに重きを置くわけにはいかない。そこで安全面を考慮し、バルセロナは同クラブ史上初めて、無観客での試合を決定した。無観客試合が決定したのは、キックオフの30分から1時間前で当然ながらカンプ・ノウの外にはすでに開場を待つ人でいっぱいだった。

バルトメウ会長の無観客試合の決定には、多くの批判が集まっている。スペイン紙『スポルト』の翌日の一面には無観客試合の俯瞰写真に「恥」と大きく書かれ、ページ下方には「と威厳」という言葉が並んでいた。同紙はバルセロナの試合翌日の一面にスコアを掲載しなかったのは、『スポルト』の歴史において初めてだと伝えている。このようにカタルーニャ州の大半のメディア、記者は「目の前で住民と警察が衝突している緊急事態に、スポーツどころではないはずだ。試合はすべきでなかった」と主張した。

「バルサはカタルーニャを代表するクラブなのだから、市民の側にいるべきだった」

「シリアスかつ深刻な事態が起こっている。今日はスポーツは、フットボールは重要ではない」

「3ポイント失おうが、6ポイントだろうが、15ポイントだろうが、ポイントを失うことは問題ではない。試合をすべきではなかった」

「バルセロナは“クラブ以上の存在”であることを示す機会を失った」

クラブ内でも意見は割れたようだ。実際にクラブのその決定を受け入れられず、カルレス・ビラルビ副会長と役員ジョルディ・モネスが辞任している。

ロッカールームでも意見は分かれていたようで、SNSに住民投票をしたことを投稿したピケとセルジ・ロベルトらは試合開催を反対していたが、ほぼ大半の選手がプレーすることを希望したという報道があった。当然ながら選手たちへの批判はない。クラブの決断に従うのが、雇われている選手の務めだからだ。

会長はクラブのスローガンを守ったのか

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やはり批判の矛先は、バルトメウ会長に集まった。

カタルーニャ州以外のメディアからは、無観客で試合を行ったことを批判する人が多かった。試合をやるのならば、観衆を入れるべきだ。誰のためのフットボールなのか。サポーター、ファンがないがしろにされているという意見だ。

そして、はっきりしていることがある。

試合を他の日にずらせば、こんな問題は起こらなかった。

10月1日に住民投票が行われることは、随分前から分かっていた。だが、バルトメウ会長は、プロリーグ機構と日程交渉をしぶとくしなかった。住民と警察の衝突が起きた時のリスクマネージメントもできていなかった。結果、試合開始直前になって無観客試合を決めた。なぜ直前になったのか。3日前に発表できなかったのか。仕事ができない、リーダーシップの欠如、交渉力のなさ。ネイマールの退団時に比べるとチームの好戦績もあって、現役員体制への批評は沈静化されていたが、無観客試合をきっかけにバルトメウ会長の資質が改めて疑問視されている。

当の本人は試合翌日に会見を行い、「無観客試合は人生で最も難しい決断だった」と話し、「ラス・パルマス戦をプレーする前にいろんな多くの重圧を受けた」と弁明した。そして無観客試合を決めた理由を「試合は174カ国で見られ、そして90分の間に何百万という人がカタルーニャで何が起こっているのか(なぜ無観客試合なのか)、質問したはずだ。もしプレーをしていなければ、そのニュースは1分も持たなかった」と説明した。

バルセロナの「クラブ以上の存在」というスローガンには、フランコ独裁政権に弾圧されたカタルーニャ州のアイデンティティを代表するという意味があり、政治的な意図も含まれている。カタルーニャ州政府が住民投票を行うと発表した時に、バルセロナだけでなく、同じカタルーニャ州のジローナ、ヒムナスティック・タラゴナも公に住民投票を支持した。このようにバルセロナは、弾圧を受けていた時代からずっとカタルーニャ州の市民を代表する存在だった。カタルーニャ市民の生活に密接なクラブだった。ゆえにカタルーニャのメディアは、勝点を剥奪されてもいいから、試合をすべきではなかったと意見する。それが「クラブ以上の存在」というバルセロナの正しい意思の示し方だったと思っているからだ。

試合を行ったことで、「クラブ以上の存在」というフレーズに疑問の目が向けられているが、バルトメウ会長はその問に対して、こう返答した。

「その意見には同意しない。バルセロナは、“とてもクラブ以上の存在”だ。私たちはソシオの所有物であり、無観客試合は昨日、世界にここで起こったことを示す方法だった」

クラブのポリシーをも曲げかねない決断を下したバルトメウ会長の考えに賛同するソシオは、いるのか。30年以上ソシオである僕の友人は、住民投票の翌日に言っていた。

「最低な会長だ。分かっていたけどね」

あくまでも僕の身近な1人のソシオの意見だ。カンプ・ノウは10月18日にチャンピオンズリーグでオリンピアコスを迎える。スタンドは貴賓席に座るバルトメウ会長に、どんな意思を示すのだろうか。

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座間健司

1980年7月25日生まれ、東京都出身。2002年、東海大学文学部在学中からバイトとして『フットサルマガジンピヴォ!』の編集を務め、卒業後、そのまま『フットサルマガジンピヴォ!』編集部に入社。2004年夏に渡西し、スペインを中心に世界のフットサルを追っている。2011年『フットサルマガジンピヴォ!』休刊。2012年よりフットサルを中心にフリーライター&フォトグラファーとして活動を始める。