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夏の暑さに代表される、日本の理不尽なスポーツ環境

帰国中の坪井氏へのインタビューを行なったのは8月。酷暑による悲惨なニュースが報道されていた頃だった。関東地方では特に記録的な長雨が続き、「冷夏」とされた今年の夏だったが、情熱の太陽の国・スペインで暮らす坪井氏もこの暑さには驚きを隠さない。
 
「ここ数年は、ヨーロッパでのシーズンを終えて6月頃に帰国、日本にいる間はトレーニングや講習会などで全国各地を回るというサイクルで過ごしています。一番感じるのは、日本の気候が変わってきているということです。気象について専門的な知識があるわけではありませんが、熱帯雨林に近くなってきているというか、ここ3、4年でも変化を感じます。4、5年前だったら夏の昼間にサッカーをしていて『これはやばいだろうな』と疑問に感じる日があったくらいでした。でも、ここ数年は、『昼にサッカーをしちゃダメだよね』と思うくらいの暑さですよね」
 
――スペインも気温でいうと暑い国ですよね。
 
「スペインも暑いんですけど、湿度が違いますよね。日本は蒸し暑いので体感温度ははるかに高く感じます。スペインだと日陰に入れば涼しいのですが、日本のグラウンドだと日陰でも暑いので逃げ場がありません。8月で言うと、場所によりますが、スペインの気温はマックスで35℃くらい。湿度が低いので体感温度は日本より低いんです」
 
――炎天下の中、一日中試合や練習をしている日本の選手たちを見て何か感じることはありますか?
 
「大前提として、スペインでは夏にサッカーをやらないんです。ここが大きな違いですね。基本的には『夏は休むもの』という考え方です。イベント的なサッカーキャンプはありますが、7~8月はほぼサッカーをやりません。9月末に始まるリーグに向けて、8月後半からプレシーズンが始まるんですが、シーズン当初の暑さが残っている時期は、朝や夜など気温が低い時間帯に練習をしたり、午後はプールに入るとか本当に暑い時間帯は避けてトレーニングをします。
 
――日本とのシーズンカレンダーの違いもあると思いますが、大人のサッカーと同じスケジュールで動いているんですね。
 
「サッカーに限らず、社会全体がバカンスの時期ですからね。スペインでは法律で年間に1ヵ月くらい休暇を取らなければいけないんです。休みに対しては日本とスペインでだいぶ考え方が違います。日本では、病気になっても有給休暇を使わないとか、無理してでも働くとかそういう文化ですよね。
 
スペイン人は、もちろん日本人に比べて勤勉とは言い難い国民性はありますけど、効率を考えるんです。体調が悪いのに無理して働くより、しっかり休んで働く。夏のバカンスにしても休むときはしっかり休む。サッカーでも、シーズンオフはサッカーから離れて、できるだけ家族と過ごすというのがスペイン人の考えです。ずっと家に子どもにいられるのが大変なので、1週間くらいはサッカースクールにという親もいますが、基本は休息に当てるというのが夏の過ごし方です」

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経験則や根性論を押し付けるのは「クレイジー」

現場の指導者こそ実感している問題だと思うが、近年の日本の暑さは屋外で日中、スポーツをするのに適しているとは言えないほど過酷だ。こうした環境を変えたいと思っている指導者は多いが、スケジュールを考えると「すぐには無理」と、危険な状態を半ば放置しているのが現状だ。
 
――日本ではまとまった時間を取りやすい長期休暇に大会や練習をたくさんやりたいという考えもあり、夏休みがなかなか“休み”にならない現状があります。
 
「そうですよね。よく言いますよね。『夏休みは飛躍のとき!』って。でも、同じ指導者として言わせてもらえば、『毎日が飛躍のとき』じゃないんですか? と言いたくなります。夏休みだけ切り取ってトレーニングを課すことにどれほどの意味があるのか? その瞬間だけをとらえたトレーニングは、意味のあるトレーニングにはなり得ません。
 
日本の指導者の心のどこかに『自分が子どもの頃はなんとかなっていた』という認識があるとしたら、そこは、現状に即して考えるべきだと思います。実際に気温が高い、熱中症などの重症例、事故が起きている。命の危険があるかもしれないという状況で、経験則や根性論を押し付けて、トレーニングを強要するのはクレイジーとしか言いようがありません」

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トレーニング効果は時間に比例しない

――それでも日本には練習量に対する信仰と言うか、「休むことが悪だ」みたいな風潮が根強くあります。
 
「その点では逆に、『回復していない状態で、よく勝てますね』と言いたいです。選手の体を休ませないで、長時間の練習を課すことにどれほど効果があるのか疑問です」
 
――夏に限らず、長時間の過酷な練習を課すことが様々な事故の遠因になっている可能性もあります。スペインではどれくらい練習をするのでしょう?
 
「1日のトレーニングは1時間か1時間半ですね。人数によって所要時間は変わりますが、1時間半でも長いかもしれません。ウォーミングアップをして、テクニックの要素が入ったもの、戦術のアクションのトレーニング、これらをいくつかやって、ゲーム形式で終わる。適切な負荷をかけていればこれで十分ですし、練習時間よりも、一人ひとりのプレー機会、プレー時間の方が大切です。
 
待ち時間は少ない方がいいし、効率が悪いと思えばボールを一つから二つに増やす、人数を増やすなどの工夫をして、できるだけ密度の濃い練習ができるようにアプローチします。何時間もずっとやれる練習は、見方を変えれば『ずっとできてしまう』練習ということになります。余力があれば“だらける”のは当たり前ですし、効果がないどころかやればやるほど疲労の蓄積、ケガのリスクも高まります」

――日本の練習の現状が、プレーに与える影響を感じることはありますか?

「日本の選手たちを見ていると、ビルドアップのスピード感がないと感じることが多いですね。止まった状態でボールを受けることが多いんです。これはトレーニングの強度の問題、アクションの頻度の問題も影響していると思いますが、指導者の声がけの影響あるような気がします。選手たちがミスを恐れている。失敗を恐れるあまり無難なプレー選択をして、スピードが上がらないんです」
 
――指導者の声がけが選手を萎縮させている?
 
「指導者本人は無意識なのかもしれませんが、日本の指導現場を外から見ているとネガティブな声がけが多いんです。『なんでそうなるんだ?』『そっちじゃない!』とひたすらネガティブなことを選手に発しています。これがプレーのブレーキになってしまっている要因の一つでしょう」
 
――どのような声がけがいい声がけなんですか?
 
「積極的なアクションを生む声かけが、いい声かけですよね。日本の指導のやり方だと、普段からできないところを『直してあげよう』という意識が強くて、できたことを褒めませんよね。スペイン人はまったく逆で、とにかく褒める。まったく怒らないかというとそんなことはないのですが、割合で言うと褒めるのが8割、指摘するのは2割くらいで、褒めるほうが圧倒的に多いです。
 
スペインの指導者を見ていて思うのが、選手を乗せるのが本当にうまいということです。選手がミスを恐れて萎縮したり、途中で諦めたりしないように環境を整えてあげる、それをポジティブな声がけで実現するというのもチームマネージメントのうちですからね」
 
―――練習環境の問題、トレーニングの中身の問題。日本的な練習のイメージはサッカーのプレーにも悪影響がありそうです。これを変えていくにはどうしたら良いでしょう?
 
「私は日本の現場にずっと触れているわけではありませんし、シーズンオフの夏に帰ってくるだけなので、断言はできませんが、変えられないのではなく変えないだけなんじゃないかと思います。現場の指導者、ましてや選手たちがおかしいと思っていても、諦めているような状態があるとすれば、それが一番良くない状況ですよね。
 
トレーニングを短くしても密度の濃い練習、アクションの強度と頻度を高める工夫をすれば効果が上がることはすでに世界の常識ですし、真夏の試合や練習を朝や夕方に限定することもできないことではないはずです」

<了>

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。