明大生の中でも、自身の大学スポーツへの関心は薄い

 今年4月に明治大学の「学長特任補佐兼スポーツアドミニストレーター」に就任してから、半年が過ぎました。

 野球部やラグビー部を筆頭に、明大には伝統と実績のある運動部が数多くあり、誇るべき財産だと言えます。このスポーツ分野の力を活用すれば、大学全体のブランドイメージを向上させたり、収益化を図ったり、さらには日本の大学スポーツを牽引する存在になっていくことも可能だと思います。

 過去には大学スポーツが国民的な人気を誇った時代もありましたが、現在、当時に匹敵するほどの注目度があると言えるのは箱根駅伝ぐらいでしょう。明大のスポーツが社会一般に放つ存在感も、昔に比べてかなり小さくなっているのではないでしょうか。

 明大生向けのアンケートで「スポーツといえば○○大」の問いに「明大」と回答したのは25%未満だったそうです。明大生でさえ、自分の通っている大学のスポーツに対する関心が薄くなっているのが現状です。

 そうした状況がありながらも、明大の各運動部が足並みを揃えて明大スポーツの振興に取り組んでいるとは言えません。明大に限ったことではありませんが、大学の体育会はOBとの関係性などが重視され、縦方向の結びつきが強い組織になりがちです。

 だからこそ、個別最適ではなく全体最適の視点に立ち、明大スポーツの振興を図り、ひいては新たな大学スポーツのモデルを提示することが、しがらみのない私に託された役目だと考えています。

このままでは、変革を恐れない大学に水をあけられる

 そのために真っ先に必要なのは、明大の体育会全体を統括する組織をつくることです。改革を主導する統括的な組織がなくては、いくら提言をしたところで、議論し、意思決定し、実行に移す道が開けません。

 いまの状況を率直に申し上げれば、このファーストステップの手前で足踏みをしている段階です。

 私は当初、特任教授のような形で「教授」になるというお話を頂戴していましたが、さまざまな制約もあるようで、まだ教授という立場にはなっていません。学長特任補佐兼スポーツアドミニストレーターという役職のもと、提言はすれど、何かを決めたり、事態を主体的に動かしたりすることができる立場にありません。

 大学は教授の世界です。教授会が意思決定して理事会で承認されてはじめて、物事は進んでいきます。いま、私が「まずはスポーツの統括組織をつくりましょう」と声をあげても、それぞれの教授の方たちにどれくらい届いているのか、教授会が議題として取り上げくれるのか、真剣に議論してもらえるのかどうか、まったく感触がないというのが正直なところです。

夏休みの2カ月間は連絡がつかなくなってしまうというような、一般企業とはまるで異なる風土もありますし、特に明大は規模が大きいこともあり、速やかに意思決定することが難しい面もあるでしょう。そうこうしているうちに、スポーツに強みを持つ他大学、スポーツ振興に柔軟に取り組んでいる比較的中小規模の大学など、オープンに議論し変革を恐れない大学に水を空けられてしまうのではないかと危惧しています。

 明大には、「スポーツ」の名を冠した学部学科はありません。内部にはスポーツの受け皿的な学部がなく、それが「進まない理由」のひとつのように言う人もいますが、これはある意味、逆に考えれば強みだと思います。スポーツが既得権益化しておらず、しがらみなく改革を進められる可能性があるからです。

 今後、新設するならば、スポーツビジネスをきっちりと学べる学科がよいと私自身は考えています。アスリートの動作解析のようなスポーツ科学もいいのでしょうが、他大学に先行されているのは周知の事実です。ビジネスとしてのスポーツを学ぶことができる場を設けることは、スポーツの産業化が期待されているいま、時代の要請であるとも言えます。また、選手としてプロの舞台でこれから活躍しようと考えている学生アスリートにとっても、いつか必ず訪れる引退の後のキャリアを歩むうえで大いに役立つはずです。

明大が出資してプロチームを作ることも不可能ではない

 また、大学自体がスポーツをビジネスの視点でとらえ、しっかりと収益化することも検討すべきだと思います。

 明大には45部の体育会があります。その中には日本代表に選ばれるような選手たちも数多く所属しています。注目度の低いいまはあまり認識されていませんが、それだけで一大コンテンツなのです。コンテンツさえ持っていれば、やり方次第でいろいろなビジネスが可能になります。まさに、私がベイスターズの経営者として取り組んだように、人気を育み、チームを取り巻くいい空気をつくりだし、ビジネスが大きくなる、そうした好循環をつくっていくことは十分に可能です。

 いま、なかなか事態が進展しないのも、スポーツ振興の目的が収益なのか何なのかがあいまいで、議論と責任を逃れているからという理由が大きいのでしょう。ある程度、「ビジネス」という文言をしっかりと明示し目標に置いて進めることも必要なのではないでしょうか。

収益があがれば、人気が出て、わかりやすい形で経営母体に好影響をもたらします。ベイスターズでは経営再建が進むにつれて親会社(DeNA)の認知度が好意的な印象とともに社会に浸透し、スポーツが親会社にとっても注目すべきものに変わっていきました。それと同じ筋道が、明大でも描けるのではないかと思います。

 あくまでスカイプランですが、たとえば明大が出資して、ラグビーのトップリーグに参戦するプロチームをつくることも不可能ではないでしょう。大学ラグビーで名を馳せた明大出身の選手がずらりと並び、年俸も高く、憧れの対象となるようなチームにする。大学からプロへの道筋が明確になることで、有望な選手が明大を選ぶようになる。プロチームが活躍することで、明大のブランドイメージが向上する。さまざまな相乗効果が期待できるのではないでしょうか。

日本屈指のスポーツコンテンツが「宝の持ち腐れ」にならないように

 昨今、アメリカのNCAA(全米大学体育協会)を参考とした「日本版NCAA」創設に向けた動きが見られます。旗振り役のスポーツ庁は9月に、「大学スポーツ振興の推進事業」として8大学を選定しました。選定された大学は補助金を受け取れるそうです。明大も応募しましたが、選から漏れる結果となりました。
 私は、明大としては「日本版NCAA」を云々する以前に、明大自体の改革を推し進め、スポーツに関して先進的な大学になっていくことが先決だと思います。そのようにずっと提案してきています。

 ベイスターズもそうでしたが、行政にお願いする立場ではなく、行政の側から協力を要請されるような存在になることが重要です。機構側に関与しながらの改革を志向するのではなく、まず明大が先進的な大学スポーツのあり方を確立し、示すこと。そうして、明大の姿勢に感化され、スポーツのポテンシャルをうまく引き出す大学が競い合うように次々と生まれてくること。本格的な日本版NCAAの誕生は、その先にあるのではないかと思います。

 明大が有する日本屈指のスポーツコンテンツが“宝の持ち腐れ”にならないよう、まずは体育会の統括組織をつくるという第一歩を踏み出してほしいと思います。

 いまはあくまで「アドバイス」するだけの立場でやきもきしていますが、明治大学に提案をしているような「スポーツを振興し、ビジネスにし、学生のためのスポーツを軸に考える組織」ができるかどうか。学生のために、日本の大学スポーツのために、ぜひとも進んでもらいたいと切に願っています。

<第十回に続く>

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日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。PR代理店勤務などを経て、2010年から6年間『Sports Graphic Number』編集部に所属。現在はフリーランスのライター・編集者として、野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを取材対象に活動中。