©荒川祐史

■風呂敷をどうたたむのか、見えてこない

――東京五輪が2年後に近づいていますが、スポーツ行政がどうなっているのか分からない人が大半だと思います。東京五輪の準備は順調に進捗しているのでしょうか?

音喜多駿(以下、音喜多) 東京都という観点から見ると東京オリンピックが最大の課題ですが、難しいのは五輪組織委員会との関係です。これは森喜朗さんがトップを取り、影響力を発揮してきました。しかし都民、国民の方からは五輪組織委員会が何をしているか、正直わからなかったと思うんですね。そこに思いっきり手を入れたのが小池(百合子)さんです。数千億円費用で済むと言っていたものが、いつの間にか2兆円、3兆円と膨れ上がっていました。そこに切り込んだところは良かったと思いますし、さまざまな会場を見直し、節約できる部分も出てきました。ただ、今はその広げた風呂敷をどう畳むのかがなかなか見えてこない、というのが実情だと思っています。

――予算削減という話が出ましたが、これは小池さんの成果なのですか?

音喜多 3会場の見直しをして、結局3会場そのままになったのですが、入札内容や整備費用を見直して400億円節約できる部分は出てきました。いろんな批判もありますが、見直しをして財源が出てきたというのは一歩前進かなと思います。ただタイムロス等があったので、そこは総合的に判断しなければいけません。最終的にプラスだったのかどうかは、これから判断されることだと思います。

――千葉県の森田健作知事が、改めて都知事に東京五輪・パラリンピックの都外競技会場の仮設整備費について注文をつけているという報道がありました。実際、他県との連携という部分はスムーズに行っているのでしょうか?

音喜多 先日ちょうど築地の移転問題のニュースが流れていて、小池さんが移転時期を「来年9月か10月に行なう」というアナウンスをしていました。でも、事業者の方に聞くところによると、事前に調整が十分にされていない。「まずアナウンスをしてから交渉に入る」というのが、最近の小池知事のやり方です。

――外からもそう見えますが、実際にそうなのですね……こうした手法は一般的なものなのでしょうか。

音喜多 政治の世界のやり方として、一般的ではありません。良くいえば「しがらみにとらわれない」のかもしれません。でも、例えば市場移転問題にしても「築地も豊洲も両方使う」ということになったのは、一体誰が決めているのか?小池知事が一人で決めているとも思えないし、どこのブレーンが入れ知恵をしているんだ、という話になるわけです。そこが不信を招く原因にもなっています。

仮設施設の負担は誰がやるのかという話も、小池さんは「数百億の負担を考えている」とか「自治体にお願いする」とか、いろんなことを議会とか記者会見で言ってしまうと。こうしたやり方に対し、非常に不安がっている地方自治体の方がいらっしゃるのは事実だと思いますね。

――本当に根回しされていないんですね。

音喜多 そうしたやり方が、突破力になるときもあります。しかし、やはりそうじゃない部分もある。東京都で完結するイベントであれば都知事がリーダーシップをとって、ある意味強引に進めていくこともありかもしれません。しかしこれだけの国際規模のイベントになると、そういったやり方に一抹の不安がつきまとうことは確かです。

――築地市場問題は、東京五輪にも関わってきます。どう関わってくるか、改めて解説をお願いできますでしょうか?

音喜多 大きく分けて2点あると思います。1つは築地市場が東京五輪のデポ、輸送拠点になる場所であること。オリンピックは4000~5000台の車が出入りすると言われていますから、23ヘクタール(東京ドーム約5個分)のあの土地がないと、スムーズに選手たちを移動させる輸送拠点がつくれません。

そしてもう1つが環状2号線の道路ですね。あれは国際公約の招致ファイルにも入っているもので、各会場に選手を輸送していく重要な動線になるわけです。それが完成しないと、移動に非常に時間がかかりますし、そもそも東京都が招致の際に約束した『コンパクトオリンピック』とか『移動に時間がかからない』ということが失われ、大会運営にも非常に大きな問題を残すのではないか。この2点が大きくあります。特に築地の再開発については、先日一回目の会議が行われましたが、扇形をした建物部分を残した方がいいとか、僕から見たらあまり現実性がないアイディアがたくさん出てきてしまった。「輸送拠点にする」って言ったのに、そんなものを残したら足かせになりませんか、と。

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――市場機能そのものを残すって仰っていますよね。

音喜多 そうですね。市場機能も残すなら、どこまで今ある形を壊すのか。五輪まであと10年あるならそういう夢のような話から始まってもいいのですが、あと3年を切っている中で、果たしてそういう段階なのか。スポーツ関係者にとっても市場関係者にとっても、非常に心を痛めている部分ではないかなと思いますね。

――築地の解体にせよ、準備に大体どれぐらいかかるものなのでしょうか?

音喜多 実際の工事に関しては、いろいろ工法が違ったりしますが、環状二号線は建設局などに聞くと、「最短の方法であれば1年もあればできる」と言っています。ただ築地がいざ撤退になったときに、成田闘争みたいに座り込む業者が出てこないとも限りません。そういうことを考えると、時間には一刻の余裕もなく、そろそろ具体的な段階に入って立ち退きの交渉を始めなきゃいけないステージに入っています。それが「まだ築地がどうなるか分からないのにどけない」とかそういう話になると、どんどん進行は遅れてしまうわけです。
 その中で小池知事は、築地の再開発検討委員会の委員だった重要な方を一人引き抜き、衆議院選挙の東京1区の候補者に(希望の党から)出してしまいました。そういう委員の引き抜きなどは、あらゆる関係者にとっても非常に不安を招く行為だといえますね。

――実際、環状2号線にせよ、築地にせよ、まだ見通しが立っていないと表現していいんでしょうか?

音喜多 知事はもちろん強気に自信をのぞかせていますが、不安要素は相当多いと思います。加えて豊洲の工事も、入札の不調で追加の安全工事に着手できません。移転先の見通しも立っていないということで、やはり両面から不安がある。それが、ひいては東京五輪の最大の不安の種になっていることは事実だと思いますね。

――1社入札となった場合、中止ややり直しにするという入札改革がありました。しかし「これでは赤字覚悟の価格競争が頻発する」という反発があり、豊洲市場の改修工事を行なう業者さえも決まっていません。この入札改革は、トラブルの方が大きいのではないでしょうか?

音喜多 今、トラブルが目立っているというのが実情だと思います。ただ、入札というと確かにいろいろな問題があって、100点満点の入札制度というのは理論上おそらく作れません。チャレンジをしたこと自体は、否定することではないと思います。が、やはりこれもあまりにも根回しがなさ過ぎました。「この施策をやります」と発表してから、実際の事業者のヒアリングを始めたので、そういう意味では、チャレンジに至るまでの準備不足が今、露呈してきてるのかなと思います。
 こういった事前の調整不足は、ある意味リーダーシップを示すうえで良かったかもしれません。それが1年間やってきて、徐々に綻びが見えてきています。ブレーンであったり、現場の事業者であったり、あるいはスポーツ関係者に丁寧なヒアリングをすることがこれまでは欠けてきました。今後の都政には、こうした部分が必要になってくると思いますね。

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■本当に重要なのは、情報公開すること

――東京五輪のホームページを拝見しましたが、「大会後のレガシーを見据えて」というところの話でバリアフリー化の推進が出ていました。バリアフリー化は、どの程度進捗しているのでしょうか?

音喜多 バリアフリーは定義が難しいですが、競技場とか当然新設するものは進みます。世界レベルで見たら、東京都って物理的なバリアフリーは非常に進んでいる部分があると思いますので、訪日外国客に対しては、お恥ずかしくないレベルでお見せできるだろうとは思っています。
 ただ、「心のバリアフリー」という言葉を、東京都は今すごくたくさん使っているんですけど、ベビーカーとか車いすが優先されるエレベーターに、みんなが殺到して乗っちゃったりとか、そういうところの、ある意味ソフト面の充実は、課題になってくるんだろうなとは思いますね。

――それでいうと、外国人向けの多言語対応というところでも…

音喜多 そうですね。言語のバリアはやはり大きいと思いますし、日本人はあまり英語が得意じゃないというのもありますが、英語の表記も少なかったり、あるいは分かりづらかったりします。そういった問題はかなり解決できると思いますし、しなければいけません。あとは外国人からリクエストが多い、Wi-Fi環境ですね。日本はセキュリティが厳しいのはいいことなんですけど、パスワードを入れなければいけないし、なかなか公共Wi-Fiも飛んでいない。それについては今、東京都も頑張ってやっていますが、数値目標がないんです。私は、いつもそこを指摘しているんですけども、もう少し明確なロードマップを持って、東京都内全域にWi-Fiを飛ばすくらいのことをやっていただきたいなと思いますね。

 逆にWi-Fiがつながればグーグルマップだって出せるし、道案内だっていらないわけですよね。そういう案内板を充実させるとかではなくて、Wi-Fiさえ飛ばせばということがありますから、そこは真剣に検討していただきたいし、私も働きかけています。

――今、ロードマップという話が出ましたが、音喜多さんは都議になられる前にルイ・ヴィトングループに7年間勤められ、マーケティングを実践されています。その目から見て、都議は不思議な世界ですか?

音喜多 やっぱり行政とか都議会は不思議な世界だと思いますね。まず、皆さん数字に強くないですし、追わないんです。例えば東京五輪の普及啓発で2019年ラグビーのポスターを1万枚刷りますと。それがどれくらい消化されたのか、都内に何枚貼ったのか、誰も答えられないわけですよね。刷ったことは、「今年は1万枚刷りました」、「来年は2万枚刷ります」と言う。でも、実際にそれがどこに何枚貼られるのかを誰もウォッチしないわけですよね。「このパンフレット10万部作ったんです」と言うけど、「では何枚はけたんですか?」は分からない。そういう基本ができていないので、民間からしたら信じられないですよね。

――誰も効果測定をやっていないんですね。

音喜多 はい。とにかくバッジを作るのが大好きで、オリパラバッジもあるし& TOKYOバッジもあるし、ラグビーバッジもある。「何万個作って配ります」って言うんですけど、どこに何個配ったかを、誰も後追いしません。グッズばかり作ってるってイメージがありますね。

――東京五輪の前には、2019年ラグビーのワールドカップも目の前に迫っています。こちらもかなり不安視されるところが多くありますね。

音喜多 盛り上がりというか、どう一体感をつくっていくのか。今はポスターとピンバッジを作っていたりもしますけど、そこをもう一歩、何かが必要なのかなと思いますけどね。
 ただ私は、道路を造るとか輸送拠点をつくることは行政がきっちりやることであり、どう盛り上げるかは、基本的に民間の創意工夫であり、それを邪魔しないことが肝要だと思っています。変な規制で「これはできません」「あれはできません」というのを取っ払い、あとは自発的にスポーツ業界の方、あるいはそれに関わるスポーツ産業の方々に頑張っていただくことだと思うんです。邪魔をせず、必要最低限のちゃんとしたインフラを整えることが大事だというふうに思ってます。変な話、バッジ作りも、行政がやるより、スポーツ業界に補助金として自由に使えるお金で提供した方が、プロモーションも頑張ってやってくれるかもしれません。そういう発想の切り替えは、今後、もっともっと大事になっていくと思いますけどね。

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――新国立競技場のお話も伺いたいと思います。労務上の問題が積み重なり、自殺者が出てしまいました。これは恐らく氷山の一角で、いろいろなことがあると思うのですが、まず新国立競技場の建設は間に合うのでしょうか?

音喜多 おそらく物理的には間に合いますし、ここは日本ですから、意地でも間に合わせるとは思います。ただ、今、言われたように、いろんなところで無理が現場にしわ寄せとなり、今回の過労死にもつながったわけですから、やっぱりスケジュールには余裕を持って進めなければいけないというのは当然思いますよね。

――突貫なり何なりで必ず進めなければいけない以上、この労務条件が劇的に改善されることもおそらくないということですか?

音喜多 あとはお金の問題です。ある面では作業人員を増やせばいいわけですから、そこの予算。ただすごく政治的に難しいのは、一回2500億円まで膨れ上がったものを1500億円まで圧縮したわけです。それが、さらに人件費だとか、そういう事情で「また増えるよ」となったとき、世論の理解をどう得るか。それでも、「こういった事故が起きた以上は、安全対策として追加で100億、200億必要になった」ということを説明するのは、政治家の義務だと思いますね。

――個人的には、それを喫緊に小池さんにやってほしいとすごく思っていて、彼女のリーダーシップは、こういうところで発揮されるべきだと思うんです。ところが先日、小池さんは築地市場の移転に関する会議の最初を7分で退席されて、本日も都議会を欠席して、全国各地に行っています。「都知事」ですよね?

音喜多 都知事なんですよね。それは大きな問題だと思いますよ、本当に。都庁に登庁されない日が多くなっていますが、本当に問題だと思います。国立競技場は国の問題ですから、なかなか「都自体が」ということではないんですけれども、小池知事は、入札であるとか事業者の癒着みたいなものがあるんじゃないか、という触れ込みで来たわけです。もし、そこを調査をした上で何も出てこなかったのであれば、「そうではなかった」と、「適正価格で進められており、むしろこれ以上カットをしたら人件費の方にしわ寄せがいき、こういった事故が起こるんだ」ということは、もしかしたらどこかで認めて、やり方を改めなきゃいけなくなるかもしれません。

――小池さんが、その認識に至ることはあるのでしょうか?

音喜多 それは本当に難しいですね。政治家というのは謝ったら死ぬ人種ですから(笑)、非常に難しいことではあると思うんですけど……。ただ「過ちては改むるに憚ること勿れ」と思いますし、私も入札制度とかは「99.9%で落札なんておかしい」と言ってきた立場ですから、それはもちろん今後も調査していきます。それがおかしくないということであれば、おかしくなかったんだということはしっかり表明しなければいけないと思いますね。

――これからも本当に大変ですね。

音喜多 そうですね。本当に重要なのは、情報公開することです。疑いの目で見られるというのは、外から見えないから。どこかでゼネコンがお金を持っていっているのではないか、出来レースをやっているんじゃないか、ということがある。できる限り情報公開していけば、そういう疑いも晴れて、逆にしわ寄せが現場に行き、こういう痛ましい事故が起きていることも分かるわけです。それがどこまでできるのか。すべての都民が小池さんに期待したのはそこですから、まずは原点に立ち戻っていただいて、都政に注力していただきたいと思いますね。

――音喜多さんはこれまでバックアップしてきた小池さんから離反したものの、同じ職場に残る。それも、上司のような存在あり続けるという大変な状況にあると思います。どのように都政に働きかけていこう、とお考えですか?

音喜多 私は都議会議員ですし、彼女も知事に残られたわけですから、是々非々で対峙をしていっておかしいことはおかしいと指摘していきます。逆に、応援すべきところもあると思います。五輪組織委員会は今まで情報公開が、組織として全くされていなかったことも事実だと思います。そういう部分で戦うことについては、応援していきたいと思います。


VictorySportsNews編集部