電子化を進めるウェンブリー・スタジアム

欧米では、スタジアムでの「体験の質」を高めるために、最新のテクノロジーの導入がトレンドになっている。イングランドのウェンブリー・スタジアム。「サッカーの聖地」とも評されるこのスタジアムは今年11月、イギリスの携帯電話事業者EEと提携し、同国で初めて「非接触型電子チケット」の採用を決めた。

ロンドンに拠点を置く世界的なデジタルチケッティング企業のFortress GBによって提供されるシステムによって、iPhone、またはApple Watchを所有するファンは、Walletアプリにダウンロードした非接触型電子チケットで入場することが可能になる。また、スタジアム内の飲食店でもApple Payで支払うことができる。

スタジアムで「電子チケット」や「電子マネー」を導入するメリットは、主催者にとってもファンにとっても大きい。まず、主催者側からすると、「紙のチケット」と違い、スタジアム内でゴミが出なくなり、偽造も難しくなる。観客の入退場時のオペレーションも簡単になるので、本格的な導入が進めば人件費も削減できる。ファンの視点では、チケットの紛失や盗難の心配もなくなり、入退場時やスタジアム内の飲食店での待ち時間が減る。

もちろん、システム障害など紙のチケット時代にはないリスクも想定されるが、イングランドサッカー協会の子会社で、ウェンブリー・スタジアムの所有権を持つウェンブリー・ナショナル・スタジアム・リミテッドは、メリットのほうが大きいと判断したのだろう。

海外メディアの報道によると、この「非接触型電子チケット」はウェンブリー・スタジアムで11月10日と15日に行われたイングランド対ドイツ、イングランド対ブラジルの親善試合で試験的に運用されて、大きな混乱なく稼働。この成功を受けて、従来の紙のチケットを含むスタジアムのチケット管理プラットフォームに統合されることが発表された。正式なサービスのリリースは、2018年3月27日に開催されるイングランド対イタリア戦が予定されている。

もう迷わない。スタジアムのナビゲーション機能

(C)Getty Images

同じ11月、アメリカのミシガン州デトロイトに本拠地を置くNFLのチーム、デトロイト・ライオンズがNFL初となるモバイルサービスをリリースした。

チームの公式モバイルアプリに、Wi-Fi によってユーザーの位置情報を特定する「Apple Indoor Positioning」を活用したスタジアムのナビゲーション機能を実装。1億ドルをかけてリノベーションし、今シーズンから場内に複数のレストランやビアホールが新設されたホームスタジアム、フォード・フィールド内でアプリを起動すると、マップ上でユーザーの現在地のほか、スタジアム内にあるトイレ、エレベーター、クラブ、バー、レストランが表示され、行きたい場所を選択すると、目的地への最短ルートが表示される。

アメリカのメディアに対し、デトロイト・ライオンズのデジタルオペレーションディレクター、トッド・マーシー氏は、試合の日、「エレベーターはどこですか?」「トイレはどこですか?」という質問をするファンがたくさんいたことから、このナビゲーション機能の導入を決めたとコメントしている。この機能は柔軟性の高さも特徴で、スタジアムの運営側はマップ内の表示を自由に追加、削除することができる。例えば飲食店の位置などに変更があった場合、すぐに反映できるのだ。

ポイントは、このサービスがスタジアムのリノベーションに合わせて開発されたこと。改修前のスタジアムよりも飲食店が増え、さまざまな設備の配置も変わった。スタジアムに足しげく通い、どこに何があるのかを把握していた長年のファンにとって、こういった変化はストレスになりうるだろう。

また、新しいファンを開拓するうえでも、どこに何があるのか、わかりやすく表示して利便性を高めることは重要だ。初めてスタジアムに来た時に不便な思いをしたら、また試合を見に行こうと思う確率は確実に減る。例えば、トイレに行った時や飲食店での買い物の後、自分の席がどこにあったのか迷う人は少なくない。その時、スムーズに自席に戻れるナビゲーション機能は「安心」を提供する。

多くの人がグーグルマップなど地図検索サービスを日常的に使用している今の時代、スタジアム内でも同じように自分の位置や目的地へのルートを検索できたほうが便利なのは間違いない。デトロイト・ライオンズの取り組みは、おそらくすぐにアメリカのプロスポーツ界全体に波及するだろう。

欧米の取り組みと比べると、日本のスタジアムはまだまだアナログだ。しかし、技術レベルでは「やろうと思えばすぐにでもできる」はず。むしろ、日本人の細やかさ、おもてなしへの意識の高さを考えれば、世界最先端の利便性の高いスタジアムを実現できるに違いない。まずは2020年、現在建設中の新国立競技場で世界を驚かせてほしい。

<了>

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川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9カ月で退職し、2003年よりフリーライターとして活動開始。2006年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。2010年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスの構成作家、エディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。著書に、『BREAK! 「今」を突き破る仕事論』(双葉社)など。