先日開催された「NPB AWARDS 2017」の中で、日本野球機構球団功労賞として東北楽天ゴールデンイーグルスのブルペン捕手一同が表彰された。だが、そのことを知る人はどのくらいいるのだろうか? おそらく、現場に居合わせた人と関係者のみであろう。彼らは表彰されてはいるものの、プレスリリースはされていない。NPBに問い合わせたが、公表しない理由は「選手ではなく、球団職員すなわち一企業人であるから」という認識からのことだそうだ。

ブルペンキャッチャーとは

 ブルペンキャッチャーとは、各球団が雇用する現場スタッフ。球団によって人数は異なるが、1チームあたり4~5人程所属しており、その球団に所属していた元選手が引退後そのまま務めることが多い。キャンプや二軍球場などで見かけたことがある人も少なくないはずだ。現役時代と変わらぬレガース姿に喜ぶファンもいる。だが彼らはもう「選手」ではなく「スタッフ」である。

監督も夢じゃない?チームに欠かせないブルペン捕手とは

実際にブルペンキャッチャーだった人に聞いてみた

 ベストナインや新人王と同じNPB AWARDSの会場で表彰されても、名前すら出ない存在――そんな彼らに興味を持ち、ブルペンキャッチャーについて調べてみることにした。

 しかし、思ったより情報が少ない。というより、先述のような「定義としての」情報ばかりだった。もっと実際の「仕事としての」ことが知りたいと思い、今回は実際にブルペンキャッチャーを務めていた方から直接お話を伺った。

©Baseball Crix

 元横浜DeNAベイスターズの育成選手で、2014年12月から2016年12月までブルペンキャッチャーも務めた松下一郎さん。現在は退団し、一般企業で働いている。

ブルペンキャッチャーのお仕事

 仕事内容は、メインはピッチャーの球を受けること。

 当時ブルペンキャッチャーに球団からキャッチャーミットの支給はなく自前で用意することになっていたが、三浦大輔選手(元横浜DeNA)・山口俊選手(現巨人)は同僚全員に毎年必ず購入してくれたそうだ。また、立場は違えど同じ道具を使う黒羽根利規選手(現北海道日本ハム)が購入してくれたこともあった。

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大事な仕事道具、キャッチャーミット。

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一番気に入っていたのは山口選手が購入してくれたもので、記念に11と刺繍が入っている。


 松下さんは用具補佐も兼任していたため、ボールやバットなどの野球用具の準備やユニフォームの管理なども行っていた。当時用具担当だった入来祐作さん(現ホークス三軍投手コーチ)の補佐も務めた。同僚は4人でシーズン中は一軍に2人・ファームに2人の割り振りになっていた。

 ファーム担当の場合は、シーズン中は試合があってもなくても朝8:00頃に出勤し、帰りは18:00頃。毎週月曜はお休みだった。

 まず朝イチでバットやボールやネットなど野球の練習で使用するもの全般のセッティングを行い、そのあと選手がやってくる。そこからピッチャーとキャッチボール。ファームの場合は一日4人くらいとキャッチボールをしたそうだ。キャッチボールと聞くとなんだか楽しそうな感じに思えるが、4人分となると肩の消耗は大きく、とてつもない重労働になる。そのため、ブルペンキャッチャーは力まず遠くに投げる技術、言うなれば「省エネ遠投」のテクニックを会得しているらしい。

 ファームの試合中はブルペンやベンチ裏などで待機し、選手のサポート役(ユニフォームが破れたら持っていくなど)も行った。ファームの試合では登板する投手が決まっていることが多く、試合中にブルペンが急に慌しくなることはあまりなかったとのこと。練習日の場合は、バッティングピッチャー役をやったり、投手の守備練習の相手などもこなしたそうだ。そして練習・試合終了後は用具の撤去とボールの回収とボールの洗浄作業を行い、業務終了となる。

 一軍担当で試合日となると、デイゲーム・ナイターでまず入り時間が変わってくる。デイゲームの場合は7:00~8:00くらい、ナイターの場合は10:00~11:00には現地入りをしていたそうだ。

 到着後の用具の準備はファームのものと同様。そのあとは球場で早出として特打をする選手に付き合うこともあったり、ビジター球場の場合はバッティング練習のキャッチャーも務めた。

 その後に先発ピッチャーとキャッチボールをして、そのまま一緒にブルペンへ。そこから試合終了まではひたすらブルペンで待機。試合終了後は用具の片付けを行い、遠征などの荷出しなどがあれば対応し、その後帰宅となる。

 一軍の試合の目的は育成ではなく、勝つこと。もし先発投手に不測の事態が発生した場合、ブルペンは一気に騒がしくなる。例えばピッチャー返しなどがあったときには、椅子に座って待機していた選手・スタッフ皆一斉に出番に備えての準備を始める。先発投手が序盤で打ち込まれてしまった時など慌ただしかったとのこと。

 いつ呼び出されるのか――この緊張感は計り知れないものがあり、シーズン中盤頃のブルペンの人間には、試合中「電話の呼び出し音の幻聴」が聞こえるようになってくる。それも一人だけでなく何人も同じ症状になるらしく、鳴ってもいない電話の方を数名がバッと振り向くこともあったそうだ。

 幻聴に悩まされるほど怒涛のシーズンを終え、オフを迎え、秋季キャンプが終わってから1〜2週間ほどは同僚と交代出勤でリハビリ中の選手に付き合う。時には選手の自主トレにも出向く。藤田一也選手(現楽天)の自主トレにご指名で呼ばれたこともあったそうだ。

 年明けには新人合同自主トレの練習に参加し、春季キャンプが始まればチーム帯同で沖縄入り。キャンプは、現役とはまた違ったキツさがあったそうだ。投げ込みタイプの投手は、キャンプでは一日200球近く投げ込むこともある。ブルペンキャッチャーは球を受けることが仕事であるため、全てに付き合う。現役中に痛めた膝を庇い、座る時に膝裏にパットを充ててやり過ごしたりしたそうだ。投げる選手も大変だが、受ける方だって大変だ。

キャッチャーは「女房役」ブルペンキャッチャーは「ボールが返ってくる壁役」

 投手の中には、ブルペンキャッチャーを指定して練習をする選手もいた。そうやって長い時間一緒にいることで、毎日毎日球を受けていることで、選手の好調不調の波などはお見通しだった。だが、ブルペンキャッチャーは選手からアドバイスを求められることはあっても、自分から選手へ伝えることはしなかった。それはコーチの方々の仕事であると認識していたからだ。そこに、思うところやジレンマなどはなかったのだろうか。返ってきた答えはこうだった。

「ブルペンキャッチャーはボールが返ってくる壁だからね」

 コーチでもない、選手とは近い、そして自分はもう選手ではない。いろんな立場の中間に存在していた。誰よりも選手の調子や癖を理解しているという自負もあったに違いない。ブルペンキャッチャーになりたての頃は、投手の投球などをメモしていた時期もあった。しかし、自分に求められることは、女房役になるのではなくボールが返ってくる壁役になること。

 何より大切なのは、投手が気持ちよく投げられるようにすることだった。そのためにはどうしたらいいか…音をパンと鳴らしてほしい選手、逆に音を鳴らさないで欲しい選手に捕球の調子を合わせた。調整上手なベテランのペースに合わせて行動し、不慣れで緊張しっぱなしの若手をなだめたり……そうしてたくさんの選手の壁となり、ブルペンから見送り続けた。

 仕事をしていて一番嬉しかったことは、選手が笑顔でマウンドを降りてきた時だったという。特にファームから上がってきた選手や、同期入団の須田幸太・大原慎司・福山博之(現楽天)の活躍は心から嬉しかったそうだ。

名もなき壁が投手とチームを支えている

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 2014年から2016年という時期、ベイスターズは激動の時代を迎えていた。中畑清前監督政権下でチームと横浜スタジアム(ハマスタ)の雰囲気は青い情熱の炎の如く燃え上がり、アレックス・ラミレス監督政権で初めてのクライマックスシリーズ進出を果たした。大歓声と熱狂の渦のど真ん中にあるハマスタの、ブルペンの扉の向こう側では、ブルペンキャッチャーたちがひたすら壁役に徹していた。

 ブルペンキャッチャーとして三年間球を受け続けた松下さん。投手のために尽くしてきたがこれからは自分のために最善を尽くそうと転職した。だが今も左手の人差し指に血行障害が残り、指が完全に曲がらない。球が当たって顔面骨折も経験したこともあったよと笑っていた。

 野球は投手なしでは始まらない。その投手だって「ボールが返ってくる壁」がなければキャッチボールもままならない。だからこそ、表彰されたっておかしくないのだ。

 今日もどこかで、投手のために名もなき壁はボールを返し続けている。

松下一郎
兵庫県神戸市出身。神戸市立六甲アイランド高校、関西外国語大学を経て2010年育成ドラフト1位で横浜ベイスターズへ入団。同期入団選手は須田幸太、荒波翔、大原慎司、現楽天の福山博之ら。
2013年に戦力外通告を受け、2014年12月から2016年12月まで同球団でブルペン捕手を務めた。

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