プロ野球選手に寮生活が必要な理由
「今のご時世、寮はもう必要ないんじゃないかという意見もあると思いますが、私自身は必要だと思っています」
前横浜DeNAベイスターズ球団社長の池田純氏は、新たに球界入りする選手たちと直に接し、その成長を見つめてきた経験から寮生活の重要性を説きます。
「プロ野球選手には、野球一筋でずっとそれだけと向き合ってきたという選手が多くいます。そういう意味では、一般の社会と隔たりがあるように感じます。社会人として、そしてプロ野球選手としての“研修期間”は必要じゃないかと思います」
池田氏は、高校、大学、社会人とそれぞれの歩んできた道や経験、年齢によって大きな差はあるものの、野球に打ち込んできた選手たちが共通して学ぶべき社会人としての“イロハ”があると言います。
「社会人野球を経験して入団してくる選手は、やはり社会人としてのイロハがわかっている選手が多いですよ。でも、高校生でドラフト指名されて入団となった場合は、18歳の少年が突然プロになるわけです。これは日本独特の環境ですよね」
プロ野球選手としてはもちろん、社会人として、人間として成長過程にある選手たちをどう育てていくのか。それはある意味で、球団が担うべき“教育”だと池田氏は言います。
「“躾”と言うと誤解を招くかもしれませんが、野球の技術以外にも教えなければいけないことはたくさんあります。メジャーに限らず、アメリカでは高校からいきなりプロに行って、いきなり活躍するケースはほとんどありません。大学でいろいろなことを学び、自分のキャリアを考えながらプロに向かっていく。そういう道筋を社会として確立しています。プロで活躍できなくても、リーグからお金が出て大学に戻れる制度もあります。そういう意味では、競技の前にまず“教育”というのが根底にあるんです」
一方、日本では一度これと決めたらその道に没頭することが美徳とされ、学生時代の勉強もないがしろにされるケースも珍しくありません。
「“部活さえやっていれば机なんか捨てちゃっていいから”という空気もありますよね。一日中野球をしろとか、サッカーをしろ、といったなかで学生時代を過ごす選手も多い。だからこそ、寮が必要なんだと思います」
ベイスターズで取り組んだ寮改革
ベイスターズの球団社長として辣腕を振るった池田氏は、当時から球団の寮に注目し、その改革に乗り出していました。
「当時のベイスターズの寮は、『活躍したら出て行っていいよ』といったルールでした。まずそれを改めて、少なくとも入団から3年は寮生活を行うというルールにしました」
自由を制限されたと感じた選手たちからの反発はあったものの、池田氏は寮生活を経験することが彼らのその後のキャリアのためになると信じていたと言います。
「それまでも、寮から出ると開放感からか夜の世界を覚えてしまい、遊びがメインになってしまう選手がいたんです。以前、VICTORYのインタビューで、ダルビッシュ投手が『日本の選手がメジャーみたいに活躍できないのは、夜遊びに原因があるんじゃないか』と。ある程度遊ぶのも必要ですけど、バランスを崩したらいけませんよね」
寮生活の目的は、しっかりとした教育の下、社会人としてのイロハを身につけること。ベイスターズの寮では、毎週のように外部講師を招いて、さまざまなプログラムの講習会を開いていたと言います。
「税金のことから栄養学、筋肉のことまで、寮にいる選手たちにはいろいろな勉強をしてもらいましたね。複数年、一定のライン以上の活躍ができて、初めて退寮になるんです。私が社長だったときは、一軍でプレーする選手たちにも妻帯者以外にはなるべく寮に残ったほうがいいよと言っていました」
野球を身近における寮は選手にとって最高の環境
退寮の制度の変更から手をつけた池田氏ですが、生活の場でもある寮の改革も同時に進めました。
「私が社長になる前は、寮の中でもたばこが吸えたんですよ。これには驚きました、すぐに撤去しましたよ」
池田氏が何より驚いたのが、プロアスリートが生活する場である寮に喫煙所があること。社会人としての教育と同時に野球に没頭できる環境づくりも徹底しました。
「イチロー選手は活躍してからもずっと寮にいたそうです。長嶋さんや王さんの時代でも同じですけど、プロ野球の球団の寮にはいつでもボールを打てるし、いつでも投げられる環境があるんです。思い立ったらすぐに練習ができる。寝るときにも、ピッチャーだったらボール、バッターだったらバットを枕元に置いて、いつでも練習できるくらいの環境があるんです」
プロ野球選手のなかには自宅に専用バッティングケージを作ったり、地下室にトレーニングルームを作ったりするケースもあるようです。
「内川聖一選手(ソフトバンク)の自宅がテレビで公開されていましたが、地下にはバッティングルームがありましたね」
しかし、新入団選手や若手選手がそうした環境を自力で手に入れるのは不可能です。しかし、寮の施設を利用すれば、いつでも練習できる環境が手に入るのです。
「イチロー選手はそういう意識が高くて、プロ野球選手である以上は、どんなに成功してお金を手にしても、いつでも野球に接していられる環境にいたいと思っていたんでしょうね。だから寮生活を続けていたんだと思います」
身体が資本の野球選手にとって重要な栄養面、食事でも寮生活のアドバンテージは少なくありません。栄養のバランスを考えた食事が提供されるのはもちろんですが、池田氏が明かしてくれたのは、ベイスターズ寮名物の「カレー」の存在でした。
「ベイスターズの寮にはいつでもカレーがあるんです。これは関係者の間では有名なんですが、大きいジャーの中にカレーとご飯がいつでもあるんです。卵やチーズなどのトッピングも置いてあって、選手たちはいつでも食べられるようになっています。栄養士とか寮母さんが提供する料理のほかにこのカレーが常備されているのは、選手によって食事の時間が定まっていないことも関係しています。ナイター設備がないところで試合をすることも多いファームの選手は帰りが早いんですけど、一軍でプレーしていると寮に帰ってくると寮母さんがもういないということもあるわけです。そういう選手たちがいつでも食べられるようにカレーが用意してあるんです」
選手としてのキャリアを左右する“はじめの一歩”
「寮母さんが言っていたんですが、『ベイスターズが強かった98年当時は夜中までカキーンカキーンって、いつもバットの音が聞こえた。今の選手はやらないから応援する気がしない』と。それを聞いたときにすごく悲しくなりました。プロ選手を相手にどうかという議論もありましたが、強制的に夜間練習をするよう言ったこともありますし、コーチも早く帰ってしまうような状況だったので、必ず誰か一人はコーチが寮に泊まるようにしたこともあります。コーチが見る、見ないではなく、そこに“いる”だけでも違うだろうと」
プロ野球選手の仕事はあくまでも野球。プロといえども、これまで部活で与えられたメニューをこなしてきた選手たちは、突然「自由にしていい」と言われると何をしていいのかわからなくなるという問題もあるようです。
「高校生や大学生、あるいはもっと小さい頃から、どうしっかりと教育していくべきかというのは、日本のスポーツ界の大きな課題です。そこは時間をかけてやっていかなければいけませんが、現状、プロ野球の新人選手には寮で教えていく必要があるのかなと思います」
寮で身に付けた習慣がプロとしてのキャリアの充実度、長短を決定づけるかもしない。希望に胸を躍らせてプロの世界に飛び込んだ新入団選手たちがどんなスタートを切るか? ファンには窺い知れない世界ですが、“はじめの一歩”は年明け早々に踏み出されることになることになります。
<了>
取材協力:文化放送
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