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華々しく発表されたメインカードがいきなりの消滅!

「好事魔多し」とは、全くもってこのことである。2014年11月に旗揚げ大会を行った新生K-1(K-1 JAPAN GROUPが運営)は順調な観客動員と人気を獲得し、そこから3年4ヵ月でさいたまスーパーアリーナのメインアリーナ開催に到達。3月21の「K'FESTA.1」は“新生K-1史上最大のビッグマッチ”と銘打たれ、1年前から開催を発表。
 
 7大タイトルマッチをはじめとする主要対戦カードは大会から3ヵ月半前の12月7日、ファン公開の記者会見で華々しく発表された。その中でメインを張る目玉カードは「K-1スーパー・フェザー級(-60kg)タイトルマッチ 大雅VS武尊」。会見では、武尊に過去2回敗れている大雅が。「ずっとK-1を引っ張ってきた武尊を尊敬もしているし、心から強いと思うが、嫌い」と発言すると、武尊も「そう言われてスイッチが入った。3回目もぶっ潰してやる」と気色ばむなど、早くも決戦ムードが漂っていた。
  
 そのカードがまさかの消滅という事態に見舞われたのは、2人の顔をアップで並べた宣伝用のビジュアルも完成、まさにこれから大々的なプロモーションが始まろうかという2月初旬のことだった。2月3日、K-1は緊急記者会見を開催。宮田充・K-1プロデューサーの口から、大雅が大会に出場しないこと、それによって武尊との対戦もなくなったことが明かされたのである。
 
 K-1サイドの発表による経緯はこうだ。
 
「昨年末、大雅が所属するTRY HARD GYMに重大な契約違反があった。しかし両者で話し合いを行い、一度は和解。ところが今年に入り、TRY HARD GYM側から不当な要求があり、『応じなければ試合に出場しない』との強硬な態度を示された。これは到底応じられるものではなく、K-1 JAPAN GROUPとしてはTRY HARD GYMと関係を保つことはできないと判断。これにより大雅の試合出場はなくなり、また彼が保持していたK-1スーパー・フェザー級王座も剥奪とする」
 
 この会見では併せて、同じくK-1 JAPAN GROUPが運営する「Krush」、同グループとの提携の上で選手をブッキングしていた「Bigbang」の2大会に出場予定だったTRY HARD GYM所属の計3選手も出場しなくなることが発表された。特にKrushの試合は会見から9日後の予定で、昨年度のベストKO賞も獲得していた瑠輝也という選手が強豪タイ人と次期挑戦者決定戦に臨むはずだったので、その中止は選手本人、ジムだけでなく主催者自身にとっても痛手だったはずだ。それでも断行せざるを得なかったということなのだろう。

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武尊の代替カードは難航が予想されたが……

「さいたま大会のメイン消滅」は確かに衝撃的な発表だったが、実は“予兆”はあった。当の大雅が、この発表の数日前になって、急に不穏なツイートを連発したのだ。

「小さい世界に居たくない。アホくさっ」(1月31日16時16分)
「本当に笑わせてくれる(笑)」(同日23時24分)
「選手はみんな試合に向けて命削って頑張ってる。お前らの道具じゃねーよ。今に見てろよ」(2月1日12時24分)

 また、この最後のツイートと同日には瑠輝也が「新時代の幕開けだぜ!!」とツイート(現在は削除)。一連のツイートに加え関係者かと思わせるような匿名アカウントのツイートなどもあり、ファンの間で同様と憶測が広がっていたのも事実だ。
 
 こうした流れは「K-1とTRY HARD GYMに何かトラブルが起きている」と思わせるに十分ではあったが、試合中止の会見でK-1側からその具体的な内容が語られることはなかった。発表にもあった通り契約内容を巡ってのことなので、守秘義務により公にすることができないのだろう。とはいえ、詳細が分からないままに楽しみにしていた試合がなくなってしまったファンからしてみれば、納得のいかない事態ではあろう。
 
 会見の席では、「武尊選手は必ずさいたま大会に出場します」と語った宮田プロデューサー。確かに、新生K-1として辿り着いた最大の舞台に、ここまでの人気を牽引した立役者である武尊が出場しないなどということはあり得ない。しかし、メインとして期待されていた大雅戦以上の代替カードは見当たらないのも、また確かだ。ファンの間では武尊との対戦を再三希望している那須川天心を参戦させるしかないとの声も挙がってはいたが、それは現実問題としては考えづらかった。
 
 なぜなら、旗揚げからこれまでの新生K-1は安易な対抗戦や一時的な選手の貸し借りに頼ることなく、新生K-1のリングを主戦場にすることを決めた選手たちの戦いを充実させて熱を高めていく方法を採っていたからだ。その中で起きたこの未曾有のピンチに、方針を変えるのか、それとも……。主催者側がどういう手に出るのかは注目の的であった。
 
 武尊の相手としてまず多くの人が想像したのは、ギリシャ人選手のスタウロス・エグザコスティディス。彼は昨年9月の初来日の際、ノンタイトル戦ながら大雅にKO勝ちしている。だから武尊がスタウロスと対戦して勝てば、三段論法的に「武尊の方が強い」とすることはできる。しかしスタウロスは2ヵ月後、その次の試合では試合巧者の小宮山工介に敗れている。なので武尊VSスタウロスの一戦を「スーパー・フェザー級王座決定戦」とするのは反発も出るだろうし、かと言ってノンタイトルのワンマッチにすれば、タイトルマッチが並ぶ中でメインに据えることは難しく、武尊の試合の格付けがだいぶ下がることになってしまう……。

衝撃の展開! タイトルマッチがトーナメントに!

 こうした状況から、代替カードの決定は難航するのではないかと予想されたのだが、K-1側の動きはそんな予想をはるかに越えて迅速だった。緊急会見から2日後の2月5日、「明後日7日、武尊の代替カードを公開記者会見で発表」とのリリースが流れてきたのだ。会見が決定したということはすでにカードが決まったということであり、ファンも無料で観覧できる公開形式で行うということは、それだけの自信があるということだろう。正直、このリリースには驚かされた。
 
 しかし翌々日の会見で発表された内容への驚きは、この比ではなかった。まず武尊は、やはりスタウロスと対戦。しかしこれだけでは終わらず、この試合は王座決定ワンデー・トーナメントの1回戦として行われることとなったのだ。つまり、「大雅VS武尊」のタイトルマッチ1試合が消滅し、そのために空位になった王座を懸けて、急きょトーナメント7試合(負傷欠場者が出た場合のためのリザーブファイトを含めれば8試合)が行われることが決定したというわけである。
 
 武尊以外のトーナメント1回戦は、もともとワンマッチで行われるはずだった「卜部弘嵩VS皇治」の一戦がスライド。また、同じくワンマッチで予定されていた「小宮山工介VS郷州征宜」は変更され小宮山、郷州それぞれが外国人と対戦することに。これで4試合が揃った。
 まさに緊急決定となったトーナメント開催だが、このメンバーに異を唱える要素はほとんどなかった。もともと挑戦が決まっていた武尊、前王者に勝ったことがあるスタウロス、元同級王者の卜部、その卜部と対戦予定だった皇治(彼はもともとこの大会での武尊戦を熱烈アピールしていた)。小宮山は他団体で同階級の王者として君臨していた実績があり、前述の通りスタウロスに勝利してもいる。郷州は小宮山の王者時代に挑戦した経験を持ち、現在はKrushの同級王者でもある。
 
 新たに加わった外国人2名はともにK-1初参戦だが、小宮山と対戦するタイのスアレック・ルークカムイは他団体のリングでバチバチの激闘を見せ続けていた選手で、一部ファンはその発表に狂喜した。そして8人目、ロシアのティムール・ナドロフは今回が初来日ながら、ネットで彼の試合動画を見たファン、関係者が一様に驚きの声を挙げたほどの強さ。早くも優勝候補に挙げる人もいるほどだ。
 
 試合中止からトーナメント開催までの時間は短かったが、この参加選手の陣容を見るに、拙速の印象は全くない。発表済みのカードを一部変更する必要はあったが、それが1試合で済んだということも驚きだ(ちなみにリザーブファイトも、ワンマッチとして発表済みだったカードがそのままスライドしている)。
 
 この大会でスーパー・バンタム級(-55kg)、フェザー級(-57.5kg)に続く3階級制覇を目指していた武尊にとっては、ハッキリ言ってしまえば変更前よりもかなり厳しい道となった。1回戦のスタウロスだけでも強敵なのに、同じかそれ以上の実績や実力を持つ選手たちがひしめく中で3連勝しなければ王座に就くことはできないのである。しかもこの階級で試合するのは初めてなのに、だ。
 
 格闘技ファンの中には、「武尊はK-1にプロテクトされている」という見方を持つ“アンチ武尊派”も一定数存在する。しかし今回のトーナメントについては、そんなアンチすらも黙ってしまったほど。普段K-1に対して辛口のファンから見ても、この変更は強烈だったようだ。
 実は武尊にはさらにもう一つ、大きな要素がある。反対ブロックにいる卜部弘嵩は同門で、兄のように慕っている存在なのである。武尊自身は卜部との対戦を望まず、トーナメント開催の打診にも「弘くんがいるなら」と参加を断っていたほど。最終的にエントリーを決めた今も、卜部との対戦は頭から排除しているのだという。

ピンチだったからこそ見せた驚異のリカバー力

 当日の試合順は未発表だが、これまでの例からしても、また試合の意味合い的にも、ほぼ間違いなくトーナメント決勝戦がメインイベントとなることだろう。ということは、武尊が勝ち進めば結果的に「メイン」で「タイトルマッチ」に臨むことになる。問題は、そこまでの道が過酷すぎるということだ。だが逆に、武尊がそこまで辿り着き、もう一つ勝ってベルトを巻けば、これ以上ないフィナーレが到来することになる。
 
 発表済みのメインの消滅は、主催者にとっては災害に匹敵する事態だったことだろう。そして「タイトルマッチ」→「トーナメント」という変更は、普通に考えれば常識外れで、とんでもない力技だ。あとは選手たちが当日、どれだけの激闘を見せ、どんな結末を呼び寄せるかだが、少なくとも現時点でも、この大変更がもたらしている効果はかなり大きい。
 
 もう一つ特筆すべきは、この変更に至までのスピード感だ。間を置かずに発表されたことが、さらにインパクトを大きくしている。そこにはスタッフの奔走、選手たちや所属ジムの理解があったからこそだという。宮田プロデューサーは、トーナメントを発表した7日の夜にツイッターで関係者やファンらに感謝の言葉を述べた後、こんなツイートを加えている。
 
「最後に。この短期間でトーナメント開催を実現まで持っていったK-1 JAPANグループ、スタッフたちの機動力を誇りに思います(後略)」

 普段、こんなことはほとんど発信しない宮田氏だからこそ、その誇らしさが分かるというもの。「好事魔多し」からの「ピンチの後にチャンスあり」。未曾有のピンチを迎えた新生K-1は、未曾有のリカバー力でそれを乗り越えただけでなく、さらにジャンプしてみせた。あとは当日、どんなドラマが待っているかを見届けるのみだ。

<了>

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高崎計三

編集・ライター。1970年福岡県出身。1993年にベースボール・マガジン社入社、『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』などの書籍や「プロレスカード」などを編集・制作。2000年に退社し、まんだらけを経て2002年に(有)ソリタリオを設立。プロレス・格闘技を中心に、編集&ライターとして様々な分野で活動。2015年、初の著書『蹴りたがる女子』、2016年には『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)を刊行。