九州合宿では連日の3部練習を実施
スタッフや戦術をラグビー日本代表と共有するサンウルブズが、ひたすら選手を追い込んできた。
サンウルブズは国際リーグのスーパーラグビーに参戦する。強豪国のプロクラブとの真剣勝負をほぼ週に1度のペースで行い、同チームに参戦する日本代表候補生に経験値を与える。日本代表が毎年6、11月のテストマッチ、さらには2019年のワールドカップ日本大会で勝つための素地を、実戦を通して作るのだ。
2月24日に初戦を迎える発足3年目の今季は、1月28日から2月2日までは大分県別府市で、3日から8日までは福岡県北九州市でキャンプを張った。驚くべきは、そのほとんどの日で1日3度のセッションに取り組んだことだ。
朝の7時前から非公開で行われる早朝練習では、ウェイトトレーニングやフォワードのスクラムなどを実施。さらに昼休みを挟んで午前、午後に組まれたトレーニングでは、ハイテンポな攻守の連携確認などの締めに走り込みやサーキットトレーニングを採り入れた。少なくとも見た目上は、戦術確認に重きを置いた前年と趣が異なっていた。
特に苦しそうだったのが、サーキットトレーニングだ。選手が5つのグループに分かれ、腕立て伏せ、ローイング(背筋を鍛える機器)、マシンバイク、地上に手を付けて両足を前後に動かすセッション、地面にあるミットを打つボクササイズといった5種類のメニューを次々とこなす。すべてのメニューが終われば、息を切らしながら握手と抱擁で互いを労う。
ラグビーの練習をみっちり行った後に、地道な身体作りをおこなう。サンウルブズの共同キャプテンの1人である流大は、これを過去の反省を踏まえてのものだと捉えている。
昨季のスーパーラグビーでは、試合終盤の失点で惜しい星を逃しわずか2勝に止まった。当面の在籍年限となる2020年までに、状況を変えなくてはスーパーラグビーに所属し続けられない可能性も出てくる。今季から本格参戦の流も、その背景を知っている。ひたすら走りこんだ直後に言った。
「過去2年は60、70分頃までリードしていて最後に逆転される試合もあったのですが、ここで最後にプッシュして勝ちきる力をつけなくてはいけない。だから、こういった最後のきつい練習も引っ張っていけたらと思います」
心身ともに最後まで戦い切るためのトレーニング
前年度から選手のフィジカル強化を担当するジョンジーことサイモン・ジョーンズストレングスアンドコンディショニング(S&C)コーチも、「色々な要素がありましたが、コンディショニングが影響していると感じました」と話す。
さらにジョンジーが深く反省するのは、兼任指導するナショナルチームのパフォーマンスについてだ。6月に国内でアイルランド代表に2連敗した日本代表は、ぶつかり合いで後手を踏み、早々と息切れしたように映った。改革は急務と見てか、以後は各選手の国内所属先と密にコミュニケーションを取っている。
「世界トップ4に入るようなアイルランド代表と戦うには、フィジカルとコンディショニングを上げないといけない。またコーチ陣が求めるゲームプランを遂行するためには、それを80分間やりきるために必要なフィットネスをつけないといけなかった」
6月の事態をこう振り返ったジョンジーは、日本人の身体的特徴を踏まえて「(強豪国より)小さいのは明らかで、スピード、フィットネスという部分で他よりも突出していなくてはいけません」と断言する。国内リーグの短縮などでサンウルブズの準備期間が前年より約10日増えたことにも後押しされ、母国ニュージーランドで指導していた頃より高い基準のフィットネス(持久力)を求めることにした。
相手との体格差を俊敏性と持久力で補うのが、日本人に適した道と捉えたようだ。サンウルブズには外国人選手もいるが、日本のチームの一員としてほぼ一律で特訓を課した。
振り返れば、サンウルブズ発足前の日本代表でも、当時のエディー・ジョーンズヘッドコーチは「世界一のフィットネスをつける」と宣言。朝5時台からの「ヘッドスタート」なるトレーニングに始まる1日複数回の練習を実施していた。
特にワールドカップイングランド大会のあった2015年は、4月から8月まで宮崎県のシーガイアで後世に伝わる地獄のキャンプを実施した。一部の海外出身選手の合流期間を調整しながら、壮行試合の数日前もフィットネス練習をするなどノンストップで駆け抜けた。現地入り後はトレーニングのボリュームを落としてコンディションを良化し、史上初の大会3勝を成し遂げた。ジョンジーは改めて言う。
「昨季、最後まで戦いきれなかった反省を生かし、今季は最後まで戦いきるというところを心身ともに叩き込んでいます。1週間あたりの走行距離は10キロ多くなっています。ファンクショナルトレーニング(機能的に身体を動かすためのトレーニング)の練習も2時間、増えています。シーズンに向けて強度を上げると、実のある形になる」
ジョセフHCが猛練習を課す理由
©Kyodo News/Getty Imagesジョンジーの見立てと2015年の成功事例をかけ合わせれば、日本のラグビーチームが世界に勝つにはタフな練習でフィットネスを引き上げるのが必須との仮説が浮かび上がる。
もっとも、選手の実感は違った。
「(今回のタフな練習は)日本人に限らず、どのチームにも必要なんじゃないですか」
こう話すのは、2016年にサンウルブズの初代キャプテンとなった堀江翔太だ。イングランド大会時の日本代表で副キャプテンだった堀江は、2013年から2シーズン、スーパーラグビーのレベルズに在籍。ジョーンズ体制の日本代表以外の場でも世界を肌で感じたなか、こう言うのである。
「準備期間が長いか短いかの違いはありますけど、(開幕前にフィットネスを鍛えるのは)どのチームも一緒だと思います」
そもそも、いまのサンウルブズの猛練習の意図は、ジョーンズ時代のそれとは微妙に異なっている。ジョーンズが指示行動を徹底できるという日本人の傾向を看破して献身を課したのに対し、サンウルブズと現日本代表を率いるジェイミー・ジョセフはこんな意図を明かしていた。
「身体的にきついことをして切磋琢磨すれば、選手たちはより早く結束できる」
猛練習で心肺機能を高めるのと同時に、猛練習を乗り越えるなかでのチームワーク強化を求めていたのだ。ジョセフは2011年から6シーズン、ハイランダーズのHCとしてスーパーラグビーを戦っていたが、当時も早朝から選手を追い込んでいた。
サンウルブズで指揮を執る今季は、北九州合宿終了後に自衛隊別府駐屯地で2泊3日の特別合宿を組んだ。全選手が同じ部屋で寝泊まりをし、棒状の重りを皆で担いで歩く訓練を強いる。連帯感と精神力を問うた。姫野和樹は「ラグビーとは直接関係ないですけど、あそこを乗り越えてチームがまとまった雰囲気もあります」と話す。今の日本代表は、日本人向きに映るハードな日々を、ラグビーで勝つための普遍的なメソッドと捉えていた。
ワールドカップに向けた選手の強化に際し、スーパーラグビーと同様に期待が大きいのはナショナル・デベロップメントスコッド(NDS)だ。
NDSとは、ジョセフが昨季から動かす強化機関だ。サンウルブズの海外遠征中などに日本代表予備軍を集め、合宿を行う。今季はサンウルブズと日本代表に携わるジョンジーがNDSのキャンプへ残り、昨年は個別調整だった一部主力の肉体強化も管理する。選手の年齢や故障歴、コンディションに見合ったオーダーメイドのプログラムの有無にも注目が集まる。
ちなみに前年のNDSでは、ジョーンズ時代に評価の高かった総合格闘家の髙阪剛をスポットコーチに迎え、瞬時に低い姿勢となれる素早い身のこなしなどを指導していた。このような緻密な技能の落とし込みは、俊敏性や持久力の強化と同じく日本人にフィットしそう。今度のNDSでも見られるだろうか。
日本代表が歴史的な快挙を達成したイングランド大会終了から、約2年4か月が経った。次なる成功を目指すいまの日本代表は、いくつかの試行錯誤を経て、心身を追い込むという普遍的な準備方法にようやくたどり着いた。お楽しみはここからだ。
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