文=斉藤健仁

大敗の許されないサンウルブズ

10月2日、ラグビー日本代表のジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)らが、2018年から、日本を本拠地とするスーパーラグビーチーム「サンウルブズ」のヘッドコーチも兼任することが決まり、その記者会見が行われた。

ジョセフHCは直前まで桜のジャージーを着て、日本代表の強化合宿の指導を行っていたが、慌ただしく着替えて、サンウルブズの運営団体「ジャパンエスアール」の渡瀬裕司CEOとともに登壇。あらためて、2018年も指揮をとるはずだったフィロ・ティアティアHCが退任し、ラグビー日本代表の指揮官と兼務の上、ジョセフHCがサンウルブズの新ヘッドコーチに就任することが発表された。

「ベストなソリューション(解決方法)だった」と渡瀬CEOが強調したが、それは当然のことだった。サンウルブズが本来、スーパーラグビーに参戦したのは2019年のラグビーワールドカップ(W杯)を戦う日本代表の選手たちの強化が主たる目的だった。ただ、今年、チームを指揮していたティアティアHCとは2年契約を結んだと発表されていたこともあり、来年も続投し、W杯の直前のスーパーラグビーではジョセフHCが直接介入するのでは、と予想していた。

しかし、急転直下、どうしてジョセフHCが2つのチームの指揮官を兼務することになったのか。「もっと競争力を高めないといけないという要望もあった」と渡瀬CEOが認めているように、1つは、スーパーラグビーの運営団体である「SANZAAR」から大きなプレッシャーだった。

実は、2016年からスーパーラグビーはサンウルブズ、アルゼンチンなどのチームを加えて15チームから18チームへと拡大した。だがフォーマットが複雑化、移動距離の増加、レベルの格差が進んだ、チームによっては集客も苦戦していたことなどの理由から、2018年よりオーストラリアのパース、南アフリカのチーターズ、キングズ(この2チームは現在、欧州のプロ14に参加)が除外され、再び15チームに減少することが決まった。

一番の新参者で2016年は全体の18位、2017年は全体の17位だったサンウルブズが除外されなかったのは、2019年に日本でワールドカップが開催さること、観客の入りが好調だったこと、そしてアジアのマーケットを意識したことが理由として考えられる。ただ2018年はより結果が求められるシーズンとなり、2016年の17-92(アウェイのチーターズ戦)、2017年の17-83(ホームのハリケーンズ戦)、7-94(アウェイのライオンズ戦)というような大敗は許されない。

2018年は、他のチームと競い合うことができるよう強化するため、選手40~45人のうち10人前後は、日本以外の代表キャップを持ったインターナショナルな選手を呼ぶ意向だという。2016年のサンウルブズで活躍したSOトゥシ・ピシ(元サントリー/サモア代表)、FLアンドリュー・デュルタロ(アメリカ代表)やトップリーグで活躍している有名外国人選手などもその候補になりそうだ。

2年後のW杯へ 腹をくくったジョセフHC

©斉藤健仁

2つ目の理由は、昨年はジョセフHCが「チームジャパン2019総監督」という立場で、ディアティアHCが率いるサンウルブズのサポートに回ったが、2つのチームの連携やシンクロがしっかり取れていたとは言い難かったことが挙げられる。

サンウルブズと代表で戦略、戦術の共有はすることはできたが、選手の出場時間を考えて、選手をローテーションで起用したことが裏目に出たことは否めない。また「2つのチームを同じ感覚でやってはいけない」とジョセフHCも指摘するように、今年の6月のテストマッチでは、サンウルブズから日本代表へ「マインドセット(心構え)」を変えることにも苦労し、それが少なからずプレーに影響していた。またずっと試合に出続けていた選手としっかりと休養をもらった選手ではパフォーマンスに差があったことも事実だ。

そのためジョセフHCは「日本代表が最高潮で特別感がないといけない。サンウルブズはプロフェッショナルで常に全員選手をコントロールできる状況になる。2つの環境を同時にコントロールしていきたい」と意気込んだ。

3つ目の理由は、「今まで、ナショナルチームとスーパーラグビーのヘッドコーチを兼任している人はいなかったが非常に大変なことだと思いますが、ジェイミーが腹をくくった」と渡瀬CEOが言うように、ジョセフHCが覚悟を決めた。2019年ワールドカップまであと2年を切った。日本代表のテストマッチ、スーパーラグビーの試合も合わせても50試合ほど、残された時間はそう多くない。

ジョセフHCは2016年まで7年もの間、2015年に優勝したハイランダーズを率いており、当初から兼任する案もあったが「負担が多すぎる」と一歩引いた形で、昨年はサンウルブズに関わっていた。ただジョセフHCが来日して1年経って慣れてきたことや、日本代表の指揮官としてランキング上位のチーム勝つことができず、強化が思うように進まず少し焦りがあったはずだ。

一方で、2019年W杯における日本代表の目標は、2015年大会を超える決勝トーナメント進出、つまり「ベスト8以上」だ。ジョセフHCは「2019年W杯でしっかり勝つためには、この選手たちを短期間で鍛え上げて育成していかないといけない。外から見ているだけではチームのカルチャーや戦い方が確立できないと思ったから自分が(サンウルブズに)入るという結論にいたりました。もっと犠牲を払って短期間で代表を強化、育成するためには必要で兼務ということになりました。かなり多忙になるが、最高の形を求めるのであればハードワークは必要だと思います」と力を込めた。

いずれにせよ、南半球の優秀なコーチは欧州のプロクラブや代表チームにその多くが流れている現状もあり、スーパーラグビーを戦うチームをしっかり指導できるコーチはそう多くない現状もある。スーパーラグビーで優勝経験のあるジョセフHCが兼務することが、日本代表にとってもサンウルブズにとっても良い影響を与えることは間違いなさそうだ。

ジョセフHCの手腕が問われる一年に

©斉藤健仁

この会見では2018年にサンウルブズでプレーする選手も5名、発表された。昨年、共同キャプテンだったFL エドワード・カーク(キヤノン)とCTB 立川理道(クボタ)の2人、さらに日本代表の中核をなすPR 稲垣啓太(パナソニック)、SO 田村優(キヤノン)、さらに2シーズンぶりの復帰となったWTB 山田章仁(パナソニック)の3人もサンウルブズ入りが決まった。

CTB立川は「サンウルブズと日本代表のヘッドコーチが一緒ということは、強化が一貫してつながってくる」と言えば、ハイランダーズでもプレー経験のあるSH田中史朗は「(日本代表の)練習時間が増えるのが一番いい。日本代表としての話がサンウルブズの中でできるので代表にとってはいいこと」と歓迎している。

ただ、SO小野晃征が「(先が)見えない。やってみないとわからない」と言うように不安がまったくないわけではない。

昨年は60名くらいいたサンウルブズの選手だが、来年は40~45名に絞ることになりそうだ。その内10人が他の国の代表経験者と考えると、現在の日本代表もしくは、2019年W杯までに日本代表資格を得られる外国人選手の枠は30~35人くらいになるだろう。日本代表のうちサンウルブズに何人くらい入るのか、もしくはほぼ全員が入るのか、2019年W杯までに代表資格を得る現在トップリーグでプレーする外国人選手は誰を呼ぶのか、また若手は意図的に起用し育てていくのかなど明確なビジョンが必要になってくる。

サンウルブズに入ることが日本代表に選ばれることの絶対条件ではないが、ジョセフHCは「あくまでもシンクロしていきたいと思っている」とキッパリと述べた。ただニュージーランド出身の指揮官は「15年間のラグビーのコーチングのキャリアがあり、スーパーラグビーは8年目となりますが、私が知る限り、ナショナルチームとスーパーラグビーのヘッドコーチを兼任した人はいない。もう少し、答えられないことがあるのは我慢してほしい」と未知なる挑戦への理解も求めた。

この1年あまり、日本代表を率いていたジョセフHCは、コーチングキャリアを積んできたニュージーランド以外で、初めてのナショナルチームを指揮することになり、ややナーバスになっていた。ただ、スーパーラグビーでの経験は豊富である。2015年に優勝を経験した指揮官は、「スーパーラグビーはプロフェッショナルな試合なので、何も特別なことはない。勝ちたいだけ」と、自信もうかがわせた。

いずれにせよ、サンウルブズの成功は2019年W杯の結果に直結するだけに、ジョセフHCの腕の見せどころとなろう。

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斉藤健仁

1975年生まれ。千葉県柏市育ちのスポーツライター。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。エディー・ジャパンの全57試合を現地で取材した。ラグビー専門WEBマガジン『Rugby Japan 365 』『高校生スポーツ』で記者を務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。『エディー・ジョーンズ 4年間の軌跡』(ベースボール・マガジン社)『ラグビー日本代表1301日間の回顧録』(カンゼン)など著書多数。Twitterのアカウントは@saitoh_k