チームを支える論理的な指針

キーワードは「集結」である。

サッカー用語としては、あまりピンとはこない。だが、広島の選手に話を聞くと、この言葉がいつも口をつく。

ボール支配率は4割強。相手にボールを持たれることは半ば、常態化している。一方、15試合でわずかに8失点。この実績から見ると、広島はずっと自陣に引きこもって守備ブロックを固めてカウンターを狙っているように見える。だが今のJ1は、ただ引きこもっていれば守れるほど、甘いリーグではないのだ。

だからこそ、広島は集結する。ゴール前だけでなく、中盤であっても、あるいは相手陣内であっても。特に際立つのがバイタルエリアと呼ばれるPA前の危険地帯。そこで仕掛けられるドリブル、パス、シュートなどゴールに向かっていくプレーを広島はことごとくブロックしていく。被シュート数9.06本/平均はリーグ第6位と平均的な数字だ。しかしそのシュートがゴールに結びついていないのは、紫の防波堤が相手に大きな壁となって立ちはだかっているからだ。4-4のブロックがコンパクトな状況でバイタルエリアに集結し、かわされてもかわされても、相手に向かって守備をする。

「最後のところは絶対にやらせない。シューターには絶対にプレスにいく。たとえ遅れたとしても」

今季は左サイドバックとして全試合先発を果たしている佐々木翔が言うように、絶対にフリーでは打たせない。城福浩監督の言葉として有名になった「靴1足分の寄せ」を選手全員が徹底している。

ただ、城福監督は「集結」だけでは守れないとも言う。

「たとえばゴール前に集結していると、(そこから離れている)ボールホルダーに寄せることができず、フリーでクロスを入れられるシーンもある。そこのバランスが重要なんですね。我々の時計の針を12時に戻さないといけない」

この「時計の針を12時に戻す」という言葉は指揮官独特の表現だが、そこには「自分たちの指針」(城福監督)というチームを貫くコンセプトが存在するからこそ、選手たちは崩れたバランスを整えることができる。その指針の詳細は戦術の肝になるため、指揮官からの具体的な言及はない。ただ、単純に「走れ」とか「気持ちを見せろ」という抽象的な言葉ではないことは事実である。「現役時代、そういうあやふやな単語で言われるのが本当に嫌いだった」という城福監督ならではの論理的な表現によって選手に伝えられている。それが、広島の守備のカギになると言っていい。バイタルエリアに集結した上でなおかつ、ボールホルダーに対してもプレスをかけていく。相反するプレーを表現するための論理的な指針が示されているからこそ、プレーに具体性を帯びてくるわけだ。

指揮官の意図を反映するボールハンター

ただ、いかに監督が方向性を示しても、それを表現する選手がいないと「絵に描いた餅」になる。広島の実績がV字回復を見せたのはもちろん、指揮官の手腕に負うところが大きいが、その方向性を実践するだけのメンタリティとクオリティをもった選手がいたからこそ、15試合で勝点37という現実は生まれ得ないのだ。

その象徴と言える選手こそ、稲垣祥であることは論を待たない。プロ1年目から城福浩監督の指導を受け、「怒られた記憶しかない」と稲垣が言うほどの厳しいレッスンを受けながらも試合には起用された。そこで植え付けられた城福サッカーの原理・原則を、彼はしっかりと表現できている。

たとえば「靴1足分の寄せ」を、稲垣ほど実践している選手はいない。ボールをもっている相手に対してプレスをかける。それはボランチとしては当たり前の仕事ではあるが、彼の場合は「プレス」という生やさしいものではない。まさにボールハント。ガチャンという音が聞こえるくらいの厳しさは、「狩る」という言葉がピッタリとはまるほどの激しさだ。

通常、それほどの激しさでチャレンジすると、切り返されて置いていかれることが多い。昨年の前半、稲垣がプレスを仕掛けてもかわされ、逆にスペースを与えてしまうことが多かったが、今年は違う。かわされてバランスが崩されても立て直し、もう一度チャレンジする。身体のバランスが崩されても足1本残し、相手が運ぼうとするボールを刈り取ろうと執念を見せる。相手の足下に3連続タックルを敢行してボールを奪ったシーンは、決して一度や二度ではない。フィジカルコンディションの良さを感じさせる身体のキレだ。

彼がそこまで激しく「狩り取り」に行けるのは、もちろん周りのサポートがあるからこそ。特にパートナーを組む青山敏弘が絶妙な距離感で稲垣の側にいるから、アタックのこぼれを拾うことができる。これもまた「集結」の一部ではあると言えるだろう。「アオさんには、本当に助けられている。よくコミュニケーションもとれていますね」と稲垣も語っている。ただ、攻撃的なボランチである背番号6が稲垣のサポートに動き、バランスをとろうと工夫しているのは、なんといっても稲垣祥が特別な選手だからだ。

「自分はいつも、下から這い上がってきた選手」

彼はいつも自虐的な言葉を吐く。確かにFC東京の育成組織では芽が出ず、帝京高でも日体大でも最初から注目され、抜擢された選手ではない。技術が高いわけでもスピードや高さがあるわけでもない。しかし、そういう男でも高校や大学で最後は主力の座を勝ち取り、どちらでもキャプテンを務めて、プロでも活躍している。そういう選手が平凡なわけがない。

首位を独走する広島の強みとは

前述したような「ボールを狩る」ことができる選手は、今の日本人選手で他に誰がいるか。井手口陽介や今野泰幸らは確かにボールがとれる選手ではある。ただ、稲垣はボールを奪った後のクオリティでは一歩、彼らに遅れをとるかもしれないが、ボールを狩りとるという部分だけを見れば、全くもって遜色はない。まして稲垣のような「繰り返し」ができる選手はJリーグの長い歴史の中でどれほどいるだろうか。マンマークの厳しい選手はいたし、一発のタックルがカミソリのような選手もいたが、何度も何度も厳しく激しくボールを狩りにいける熱量と継続性をもっているという意味では、稲垣祥を上回る選手を寡聞にして知らない。そのスペシャリティを青山が認めているからこそ、サポート役を厭わないのだ。

相手に対してアタックしてボールを狩るというプレーは、相手を追い詰める攻撃的な精神とリスクを承知の上で断行する決断力が試される。そのスペシャリストである稲垣祥は守備的ではなく攻撃的な選手だと言っていい。その稲垣が牽引する広島のスタイルは、網を広げて相手が引っ掛かるのを待つような受動的守備ではなく、ボールを奪いにいく「攻撃的守備」のチームに生まれ変わった。その「攻撃性」はパトリックをスイッチとする前線からのプレスだけでなく、自陣深くでコンパクトなブロックをつくっていても変わらない。ボールを狩り取る。そのために何を為すべきか。「集結」も「靴1足分の寄せ」も、全てはその攻撃性に集約される。

では、その変化を可能にしたものはなにか。稲垣は語る。

「苦しんだ昨年をうけてタイトルをとった時代に戻ろうとするのではなく、選手たちは新しい方向性に向けて努力してきた。そういう機運を創るのは、広島というクラブが長い歴史の中で培った、サッカースタイルを超越した器の存在。それが城福監督とマッチしたことで、今までとは違う形で表に出てきたと思う」

中断明けはますます、相手のマークが厳しくなる。だが、ここまで続けてきた「攻撃的守備」がブレなければ、広島が大崩れすることはない。もちろん、その実現は難しいが、そこに果敢に挑戦しようとする指揮官と選手たちが存在することこそ、広島の強みなのである。

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中野和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルートで各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。著書に『サンフレッチェ情熱史』『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』がある。