あくまで戦力としての獲得だった
好調の要因は様々なものがあるが、一つにはムアントン・ユナイテッドから期限付きで獲得した“タイの英雄”ティーラシン・デーンダーの存在も大きい。
ややもするとティーラシン、神戸に新加入したティーラトン・ブンマタン、タイ人Jリーガーの走りといえるチャナティップ・ソングラシンらは「アジア戦略」「ビジネス先行」という文脈だけで語られることも多い。しかしそうした見方を、サンフレッチェ広島・事業開発担当部長である森脇豊一郎氏は否定する。
森脇「ティーラシン選手を獲得に動いた時点では、あくまで純粋な戦力としてのものでした。彼のリストアップは2017年の早い段階で行われており、『どうやら獲得が決まりそうだ』と(事業部に)情報が降りてきたのが2017年11月ぐらいのことだったのです。事業部としてクラブ全体でアジア戦略をどう推進していくかを考え始めたのは、それからでした。
あくまでティーラシン選手が戦力となり、試合で活躍することが大前提です。そのうえで、彼はタイの国民的英雄であり多くの人々に愛されていること、彼の獲得によって広島という街の名前がタイ国内に広く知れ渡ること、タイの方々が多数広島に訪れること、などが期待できると考えました。そこから、大きな画を描いていったというのが経緯です」
実際、ティーラシンはタイ人選手らしい柔らかな足元の技術に加え広い視野、献身的なディフェンスを武器にチームに貢献。リーグ戦4試合259分に出場、リーグ開幕の札幌戦(1-0)、ルヴァン杯名古屋戦(2-1)でいずれも決勝点となる貴重なゴールを挙げた。好調の立役者の1人であることに、疑いの余地はない。
森脇「現時点で、ティーラシン選手はFWの柱の1人という立ち位置になりつつあります。非常に喜ばしく思っていますし、あくまで戦力としての獲得であることは改めて強調させていただければと思います」
とはいえ実際、ティーラシンの獲得がある/ない、ではビジネス的にも大きな違いがあるだろう。仮に来季、タイ人選手が不在だったなら今後のアジア戦略にも影響はあるのだろうか?
森脇「ASEAN諸国の選手がいる・いないにかかわらず、今後の継続的な施策に繋げる必要があると思っています。といいますのも、今季の好調の要因の一つに明らかなフィジカル・コンディションのよさが挙げられますが、温かい気候の中で実施されたタイキャンプが功を奏していると思います。
もちろん城福監督・選手・現場スタッフが一丸となってコンディショニングに努めたことの賜物ですが、キャンプでは雨も半日しか降らず、非常に温暖な中でじっくりフィジカル・コンディションを高め、チーム戦術の浸透も同時に進めることができました。タイ一次キャンプと宮崎二次キャンプで開幕前に良い準備ができたものと思います。
タイキャンプでは、サッカー教室を開き現地の子どもたちとの交流ということもできました。仮に来季も、となればチームとしてタイに行く機会も増えますし、サッカー教室を含めたいろいろな施策に継続性が持たせられます」
ティーラシン獲得に伴う、広島県内の動き
もちろん、広島がティーラシン選手を獲得した背景に、Jリーグのアジア戦略が全く関係ないわけではない。
森脇「現時点では、アジアのお金がヨーロッパに流れているといえます。かたや、アジアに目を向けた時にサッカーが非常に盛んな国が多くある。Jリーグのブランド価値を高めることで、ヨーロッパに流れているお金を再びアジアに戻すだけでなく、最も重要なこととしてアジア諸国における競技力向上をリードしたい。それがJリーグ・アジア戦略の骨子です。
ASEAN諸国でJリーグが放映される機会が増えれば、それだけ放映権料や参加クラブが獲得できるスポンサー、さらに諸国からのJリーグ観戦・観光に訪れる動きが活発になるでしょう。Jリーグならびにアジア戦略に取り組む各クラブの成長につながることが期待されます」
実際、ティーラシンの獲得によって広島は戦力向上にとどまらない様々な恩恵に浴しはじめている。森脇氏は、それを「地域経済の活性化」の文脈で語っている。
森脇「具体的な人数はここでは申し上げられませんが、2月24日の開幕戦(札幌戦)ではスタジアムで100人以上のタイ人の方々をお見かけしました。タイ国内からティーラシン選手の勇姿を見に来た方もおられるでしょうし、留学生の方もおられたと思います。
タイ国政府関係者にお越しいただいたり、タイ国政府観光庁に観光PRブースを出展していただいたり、タイ旅行業者とメディアの視察団の方も、おもてなしを持って受入させていただきました。J1神戸に加入したティーラトン選手との対戦も控えており、そうしたケースは今後も起こると考えています。
タイの方々がいらっしゃることで、当然ながら移動・宿泊・食事等さまざまな局面で地域にお金が落ちることが期待できます。そこからティーラシン選手、サンフレッチェ広島のプロパティを使ったスポンサー獲得のお話や、タイ国内における商品の販売など様々な展開があり得るでしょう」
広島県内でも、ティーラシン加入に伴い様々な動きが起こっているようだ。
森脇「現在、広島県の東部エリアのタイレストランさんが企画し、行政を巻き込んで100人規模の団体観戦を企画してくださっているようです。こうした動きは、ありがたいお話です。
他にも、広島タイ交流協会さまとの関わりも増えています。外国人選手ご家族については生活面の相談役など受け入れ体制を整備する必要がありますが、タイの方の受入は初めてですので同協会の方に相談させていただきました。タイ国政府通商代表事務所の方にも大変お世話になっており、関係者の方々からは、サンフレッチェ広島の取り組みを通じて、新たにタイと日本の国際交流が進む期待と喜びの声をいただいています。
また、広島の企業もたくさんタイへ進出をされていらっしゃいます。マツダさんをはじめ、西川ゴム工業さん、モルテンさんなど、タイに工場がある企業さんもいらっしゃいます。アジア戦略を推進するにあたり、新たなビジネスチャンスにサンフレッチェ・サッカーをご活用いただくことをご提案したり、我々が逆に日頃からのご支援に対して恩返しできることはないか、常に考えています。
実は、広島空港では2005年にバンコクとの定期便が就航していたが、2009年に撤退した経緯がある。2018年4月1日現在ではソウル、大連、北京、上海、台北などの都市に定期便があるものの、バンコクとの定期便は復活していない。
森脇「現在は、バンコクから広島に来られる方は福岡空港を経由する方が多いと思われます。ティーラシン選手が活躍することで、いきなり定期便の復活でなくともチャーター便レベルからでも復活すれば、日本とタイの双方で観光客の往来も更に加速すると思っています。
アジア戦略というものを単に営業目線だけで捉えるのは近視眼的だと思っています。サンフレッチェ広島は『サッカー事業を通じて、夢と感動を共有し、地域に貢献します』というクラブ理念を掲げていますから、その理念の実現のために、サッカー(スポーツ)を媒介に、我々が地域社会に対して何をもって貢献できるのかという本質を忘れないように心がけています。
例えば、試合を開催するたびに、タイ人観光客の方がスタジアムに観戦にお越しいただければ、移動も宿泊も食事も伴います。宮島や原爆ドームといった世界遺産を巡る観光もしていただけるでしょう。地域にお金が落ちることが地域経済の活性化につながります。そういった積み重ねが生まれたら、必然的に「サンフレッチェが、この広島の街に存在して良かった」と、地域の皆様方に感じていただけることにつながると思っています。
クラブの価値が高まれば、結果としてビジネスの成功も後からついてくると信じていますので、これからもJリーグとタッグを組んでアジア戦略を推進し、成長していきたいと考えています」
<了>
Jリーグは、「理想のお客さん像」の再定義が必要ではないか? レジー×笹生対談
2017シーズンのJリーグは過去最多の動員数を記録(J1の平均観客数は約5.1パーセント増)、今季は金曜開催を打ち出し2万人を動員する試合も出るなど好調に推移しています。一方で、まだまだ必要な打ち手を全クラブが打てているわけでは当然ありません。(構成・文:レジー、笹生心太)
Jリーグ観戦にかこつけた旅行が、めちゃくちゃ楽しい件。(広島編)
「Jリーグ×旅の楽しさ」をテーマに大好評を博している、「Jリーグ観戦にかこつけた旅行が、めちゃくちゃ楽しい件」シリーズ。第五回となる今回は、広島編です。今回は初めて、いつもお世話になっているJユニ女子会さんではなく、やはりいつもお世話になっている帝京大・大山高先生のゼミ生である山田恭子さん・岸春菜さんにレポをお願いしました。関東在住の川崎サポである2人にとって、初の広島遠征は魅力いっぱいの旅になったようです。(写真・文/山田恭子・岸春菜)
ティーラシンたちは、国賓クラスとして迎えられた。タイ大使館での1日に密着
ティーラシン擁するサンフレッチェ広島と、チャナティップが在籍する北海道コンサドーレ札幌の“タイ対決”となった2018年Jリーグ開幕戦。昨季はチャナティップ1人の参戦でしたが、今季からタイ人選手は一気に5名に。そんなタイ人Jリーガーは母国では大スターであり、大使自ら希望してタイ大使館に呼ばれるほどなのです。大忙しとなった一日に密着しました。(文:大塚一樹 写真:松岡健三郎)
Jリーグ観戦にかこつけた旅行が、めちゃくちゃ楽しい件。(茨城・鹿島編)
「Jリーグ×旅の楽しさ」をテーマに大好評を博している、「Jリーグ観戦にかこつけた旅行が、めちゃくちゃ楽しい件」シリーズ。第三弾となる今回は、茨城・鹿島編です。Jユニ女子会に所属する鹿島アントラーズサポ・児玉弥生さんにレポをお願いしました。今回は、アウェーではなくホーム。茨城出身とはいえ東京在住の児玉さんにとっては、鹿島に行くのはホームとはいえ片道100キロ、ちょっとした旅行です。そして、カシマスタジアムまでの「よりみち」には魅力がいっぱい! さっそくご覧ください。(写真・文/児玉弥生)
Jリーグが好きすぎる女子が、50人ほど集まった場所に呼ばれた件。(六本木編)
2月15日(木)、Jリーグ25周年を記念して『Jリーグ女子会』が開催されました。Jリーグとして初となる「Jリーグ好き女子限定のトークイベント」として告知され、なんと800人を超える応募があったそう!当日は、選ばれた50名が参加し、驚くことに参加者だけでなく会場のスタッフも含め全て女性という珍しいイベントでした。そんな女性サポーターのイベントに、私を含む4名の「Jユニ女子会」メンバーがゲストとしてご招待いただき、ピッチサイド・レポーター高木聖佳さん、日々野真理さんと共にトークをさせていただきました。(文:木下紗安佳)
[ユニ論]Jリーグ2018シーズンから新導入 鎖骨スポンサーが入った26クラブとは?
Jリーグの新シーズン開幕の楽しみの一つに、ユニフォームのデザイン変更がある。2月23日に開幕を迎える2018シーズンからは、新たに注目したいことがある。新たに入れることが可能になった鎖骨部分の企業広告だ。J1からJ3まで、計26クラブが鎖骨部分にスポンサーロゴを入れることになった。どういったスポンサーが入るのか。チェックしておこう。(文=池田敏明)
日本は、いつまで“メッシの卵”を見落とし続けるのか? 小俣よしのぶ(前編)
今、日本は空前の“タレント発掘ブーム"だ。芸能タレントではない。スポーツのタレント(才能)のことだ。2020東京オリンピック・パラリンピックなどの国際競技大会でメダルを獲れる選手の育成を目指し、才能ある成長期の選手を発掘・育成する事業が、国家予算で行われている。タレント発掘が活発になるほど、日本のスポーツが強くなる。そのような社会の風潮に異を唱えるのが、選抜育成システム研究家の小俣よしのぶ氏だ。その根拠を語ってもらった。(取材・文:出川啓太)