W杯に出場する全736選手のスパイクは

開幕以来、好勝負が連発しているロシア・ワールドカップ。6月26日に行われたグループBのイラン対ポルトガルの一戦も、両チームがそれぞれの持ち味を発揮し、互いに譲らず1-1で終了するという見ごたえのある試合となった。この試合では、イランの選手たちの足元にもついつい目が行ってしまった。いったい彼らは、どこのメーカーのスパイクを履いているのか――。

大会開幕直前、アメリカがイランに対して経済制裁を発動したことを受け、ナイキ社が「アメリカ企業として、イラン代表にスパイクを提供することはできない」と発表した。選手たちはそれぞれ特定のメーカーと契約を結んでスパイクなどの提供を受けているが、この発表によって、ナイキと契約しているイラン代表の選手がナイキのスパイクを履けなくなる可能性が浮上したのだ。

イランではFWサルダル・アズムンやMFマスード・ショジャエイら11人がナイキのスパイクを着用している。履き慣れたスパイクを着用できないとなると、これは選手にとってパフォーマンスに直結する一大事だ。急遽、他のメーカーのスパイクを調達するか、それとも契約移行期の選手が履く“黒塗りでどこのメーカーのものか分からないスパイク”を履くかといった対応をすると思っていたのだが、実際はどの選手も普通のナイキのスパイクを着用していた。報道によると、どうやら彼らは大会に出場している所属クラブのチームメートを通じてスパイクを貸してもらえる選手を探したり、量販店に赴いて自ら購入したりして、普段履いているスパイクを用立てたという。

この“スパイク危機”を乗り越えてモロッコに勝利した後、イランのファンの間ではナイキの企業スローガン「JUST DO IT.」(やってみろよ)をもじった「WE JUST DID IT WITHOUT YOU.」(お前らナシでもやってやったぜ)という言葉が一気に拡散した。イランが躍進を続ければ、彼らにとっての新たなスローガンとして定着する可能性もある。

先ほど「イランのナイキ着用者は11人」と述べたが、残り12人のうち11人はアディダス、1人はプーマのスパイクを着用している。現在のサッカー関連メーカー界ではナイキとアディダスが激しい覇権争いを演じ、プーマが大きく引き離されながら3番手という状況になっているが、その実情を完全に再現したような分布だ。では、他の国ではどのようになっているのだろうか。前置きがだいぶ長くなったが、W杯に出場する全736選手(2018年6月17日時点)がどのメーカーのスパイクを履いているのか、その調査結果を紹介しよう。

アディダス着用者がナイキを上回るのは

出場32カ国のユニフォームについてはアディダスが12カ国、ナイキが10カ国と僅差。スパイクも似たような結果になると思ったのだが……ナイキ着用が473人、アディダス194人の実に2.5倍近い差をつけての圧勝となった。あくまで個人による手元での集計なので多少の誤差はあるかもしれないが、それでも大差であることに変わりはない。ナイキのシェア率は、実に64.4パーセントにものぼる。1チーム23人中、15人がナイキ着用という割合だ。特に多かったのはサウジアラビア。ユニフォームがナイキである影響もあるかもしれないが、実に21人がナイキ着用で、残りの2人はアディダスだった。

アディダスの“お膝元”であるドイツは、GKマヌエル・ノイアーやDFマッツ・フンメルス、MFトニ・クロース、MFメスト・エジルら主力はアディダスのスパイクを着用しているが、MFサミ・ケディラや新鋭DFヨシュア・キミッヒらはナイキ。割合は11人対11人で、FWマルコ・ロイスだけはプーマと契約している。2010年南アフリカ大会王者で、アディダスのユニフォームを着用するスペインも、GKダビド・デ・ヘアやFWダビド・シルバ、FWジエゴ・コスタら11人はアディダス、DFセルヒオ・ラモス、MFアンドレス・イニエスタ、MFチアゴ・アルカンタラら11人はナイキ(DFナチョ・モンレアルのみプーマ)という構成。その他を見ると、大半の国でナイキ着用者が最大勢力を締めている。

そんな中で1チームだけ、アディダス着用者数がナイキ着用者数を上回っているチームがある。我らが日本代表だ。10番を背負うMF香川真司を筆頭に、FW武藤嘉紀、DF槙野智章、MF宇佐美貴史ら7名がアディダス着用。ナイキ着用はDF長友佑都、DF酒井宏樹、MF原口元気ら6名で、わずか1名差ではあるがアディダスを下回った。

日本はナイキ、アディダスともに着用者数が二桁に乗らないというレアケースでもある。その理由は国内ブランドの存在だ。DF吉田麻也、MF本田圭佑、MF大島僚太、FW岡崎慎司の4名はミズノ、MF乾貴士、FW大迫勇也はアシックスのスパイクを着用しており、ナイキ、アディダスとそう大きく変わらないシェアを誇っている。また、GK川島永嗣、GK東口順昭、MF長谷部誠はプーマ、MF柴崎岳はアンブロを着用している。合計6社ものスパイクが見られるのは日本だけなので、ぜひ選手たちの足元にも注目してほしいところである。

ビッグ2以外のスパイク着用者は

ちなみに、ミズノのスパイク着用者は日本人だけではない。韓国でもDFユン・ソンヨン、DFキム・ヨングォン、DFコ・ヨハン、MFチュ・セジュン、FWキム・シヌクの5名が着用している。韓国はミズノ社が海外拠点を持つ国の一つで、Kリーグ等で活躍する多くの選手が同社と契約を結んでいるという。さすがにヨーロッパにはいないだろう、と思いきや、セルビアのDFアントニオ・ルカヴィナがミズノを着用している。これでミズノ着用者は合計10名となり、プーマの39名に続いて4番目に多い数字となる(次点はアンブロの7名)。日本の各メーカーに勇気を与える実績と言えそうだ。

また、新興勢力のニューバランスはオーストラリアのFWティム・ケイヒル、パナマのGKハイメ・ペネード、コスタリカのDFケンダル・ワストンら5名にとどまった。サッカー市場参入当初に契約を結んでいたベルギーのMFマルアン・フェライニは、昨年11月に「質の悪いスパイクを履いたせいでケガをした」との理由でニューバランス社を相手取っての訴訟を起こしており、現在はナイキのスパイクを着用している。

ロシア大会に出場している736人中、735人は名の知られたメーカーのスパイクを着用している。1人だけ異彩を放っているのは、初戦でドイツから大金星を挙げたメキシコの控えGKアルフレド・タラベラだ。彼はメキシコの国産メーカー「ピルマ(PIRMA)」のスパイクを着用している。大会期間中に彼の姿を見かけることがあり、見慣れない三角形のロゴが入ったスパイクに目が留まった時には、「ああ、これがピルマか」と思い出していただければ幸いである。

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池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。