ガンバ大阪時代のキーワード「キャスティング」

電撃解任されたヴァイッド・ハリルホジッチに代わって、急遽、日本代表を率いることになった西野朗監督。63歳の今でもスタイリッシュなスタイルを保つJリーグ最多勝監督は、その端正なマスクの裏に二つの顔を持つ。

恐らく今現在もそうだろうが、ガンバ大阪やヴィッセル神戸を率い、関西に拠点を置いていた当時、西野監督が愛用していた高級車のナンバープレートには敬愛して止まないサッカー人にちなむ「14」の数字が刻み込まれていた。

「選手としても好きだったけど、監督でも常にスペクタクルなサッカーをしていたからね」

世界のサッカー界で背番号14と言えば、言わずと知れた故ヨハン・クライフ氏。オランダ代表の天才プレーヤーは、バルセロナでも指揮官として魅惑の攻撃サッカーを構築した。

ガンバ大阪を率いた当時、二川孝広や遠藤保仁らを中心にパスサッカーでJリーグを席巻した西野ガンバだが、全盛時のチームでは遠征時のバス内では常にバルセロナの試合映像が流されていたものだった。

ガンバ大阪では「超攻撃」のチームスローガンが掲げられたシーズンもあったが、西野監督は概ね、ロマンチストな指揮官だった。

ガンバ大阪を率いた当時の西野監督が常に公言したのは「2点取られたら、3点を、3点取られたら4点を」。リスクを恐れないロマンチストは就任4年目となる2005年にJ1リーグで初優勝を手にしたが、当時のチームではJリーグでは例を見ない破天荒な戦いぶりだった。

33得点を叩き出したアラウージョが絶対的エースとして君臨した攻撃陣は得点数でも2位の浦和を17上回る総得点82をマーク。圧倒的な攻撃力で相手をねじ伏せた一方で失点の多さは58でリーグワースト3。手数の多いボクサーが、顔面を血だらけにしながらも相手をなぎ倒すような戦いぶりは、鮮烈でもあった。

もっとも、西野監督がチームの方向性を見いだす上で最も重視するのは「スペクタクル」でも「パスサッカー」でもない。

日々の囲み取材でも、ルー大柴顔負けの横文字(余談だが、横文字が多くなったり、その発音にキレが増したりしている時は西野監督のテンションが高い時だ)が飛び出す名将が常にこだわってきたワードの一つが「キャスティング」である。

ポゼッションサッカーやパスサッカーが西野ガンバの代名詞だと思われがちだが、全盛時のチームスタイルを支えたのは「僕はタレントに恵まれた」と指揮官も認める攻撃サッカー向きの人材だった。

天才パサー、二川や司令塔の遠藤、更には最終ラインで絶妙のビルドアップを見せる山口智、宮本恒靖、そして最前線にはアラウージョら2005年にはハーフカウンターとパスワークを絶妙に交えた戦いぶりで初戴冠。しかし、2002年の就任当初から、指揮官はパスサッカーにこだわっていたわけでは決して、ない。

「僕はFWの持ち味を最大限に活かしてチームを作る」のが当時の西野流。「五分五分の苦しいボールでもマグロンは何とかしてくれた」と遠藤も述懐するように、かつてヴェルディ川崎でも活躍した192センチの長身ブラジル人FWへのロングボールやクロスを活かすチーム作りを目指していた西野監督だったが、2004年の序盤にマグロンが負傷離脱する。「マグロンがいなくなって、下でつなぐしかなくかった。それが当時の僕らに上手くハマった」と、当時を振り返るのは遠藤である。

ロマンチストとリアリストの狭間で

まさに「怪我の功名」がパスサッカーの原点となったわけだが、ロマンチストの顔とリアリストの顔を使い分けることが出来るのが西野朗を名将たらしめてきたのも事実である。

「スタイルは手元にいる選手の顔ぶれで決める」と公言する西野監督だけに前年33得点を叩き出したアラウージョと16得点の大黒将志の2トップが退団した2006年には「49点を取った選手の穴は簡単に埋まらない。ならば失点を減らす」と宣言。4バックを本格導入した。守備のスペシャリストである明神智和と加地亮を獲得し、プレッシングサッカーを徹底した2006年と2007年のチームはガンバ大阪史上、最も完成度が高いチームだった。

ただ、いかなるスタイルを採用しようとも西野監督が重視して来たのはいわゆる「サッカーIQ」の高い選手を好むということだ。

決して手取り足取り、綿密に選手を指導するタイプではないが、チームの方法性や狙いを日々のチーム作りで落とし込む上手さが西野流。そんな指揮官ならではのエピソードがある。

2008年のクラブワールドカップでの一コマだ。ガンバ大阪は準々決勝でアデレード・ユナイテッドに1-0で辛勝したが、終了間際の84分、二川に代わってピッチに送り出されたのが大卒ルーキーの武井択也だった。

本職はボランチの武井が送り出されたのは中盤の左サイド。FIFAの国際大会に本来のポジションではない位置で送り出すルーキーに綿密な指示を与えるわけでもなく「ミチ(安田理大)の前に入れ」と一言、言葉をかけただけの西野監督。だが武井はこともなげに言い切った。

「何も具体的に言われなかったけど、ミチの前でしっかりと守備をしろというメッセージだと思った」

チームに加わって1年目のルーキーにさえ、指揮官の狙いや思いが浸透し切るマネージメントこそが、西野朗流だったのだ。

一方で、短期間でその哲学が浸透し切らないのはガンバ大阪時代から抱えて来た西野監督の弱みでもあった。

2011年限りでガンバ大阪を去った後、ヴィッセル神戸や名古屋グランパスで指揮を執ったものの、タイトルに縁はなく、2015年を最後に現場から遠ざかっていた西野監督。ロマンチストとリアリストの狭間で絶妙な立ち振る舞いを見せて来たJリーグ屈指の名将は、過去2回経験して来た世界の檜舞台で対照的な立ち振る舞いを見せて来た。

「アトランタの奇跡」で知られる1996年のアトランタ五輪ではロナウドやリヴァウドら世界的スターを擁するブラジル代表に1-0で世紀の番狂わせ。「あのブラジルに対して、現実的に戦える唯一の方法だった」という守備的な戦術を採用し、試合後に笑ったのはリアリストとしての西野朗だった。

一方で、アジアチャンピオンズリーグではアウェー全勝という大会史上初の快挙でアジア制覇を果たした2008年にはクラブワールドカップの準決勝でマンチェスター・ユナイテッドと対戦。戦前は「真っ向から組み合えば、木っ端みじんにされる」「ボールに触らせてくれないかもしれないし、体に触らせてくれないかもしれない」と圧倒的な戦力差を認めた応酬王者に対して真っ向から打ち合いに挑み、3-5で敗戦。ロマンチストとしての西野朗は、その美学を貫いてみせた。

取り戻す必要がある「勝負師」としての感性

クラブチームでは、短期間でのチーム作りを決して得意としてこなかった西野監督だが、日本代表を率いる上で重要なことがある。「守備の構築は分からないんだよね」とガンバ大阪時代にはジョーク混じりにこう話したことがあるように、ガンバ大阪では日々の練習でも守備練習は皆無。チーム内に鉄の規律をもたらしながらも、細かいポジショニングや約束事で選手を縛って来なかった西野監督だが、その脇を固める優れたコーチングスタッフや戦術的なブレーンは不可欠になるはずだ。

そして、2年間、最前線での指揮から遠ざかっていた西野監督自身が取り戻さなければいけないのが「勝負師」としての感性だ。

「ピッチ内で何が起こるのか、先を読むのが監督の仕事」。ハーフタイムの修正や、選手交代によって流れを引き戻す独特の勝負勘も西野監督が持ち合わせていたストロングポイントの一つ。優勝した2007年のナビスコカップ決勝で川崎フロンターレと対戦する直前、名将はこんな言葉を口にしていたのが印象に残っている。

「ピッチ内で何が起こるのか、先を読むのが監督の仕事。関(関塚隆氏)が5分後を読むならば、オレは10分後を読みきるつもりでいる」。

ガンバ大阪を退任し、フリーとなっていた当時も日常生活でちょっとした賭けや、先読みを欠かさず自らに課していた西野監督がロシアの地でいかなる采配を見せるのか――。

一つだけ、確かに言えることがある。選手時代からエリート街道を歩んで来た西野監督ではあるが、その根底に流れるのは「反骨心」。ヴィッセル神戸の監督に就任した直後、インタビューで応えてくれた言葉を紹介しておこう。

「昔から僕は常勝クラブと呼ばれるようなチームには入っていないし、中位を上位にしたり、下位を中位にというチーム作りを志向したりするのが自分という人間でもある」

下馬評では決して有利とは言えないグループHで日本代表を率いる西野監督。選手の個々の力量では明らかに劣る現状だけに、西野風に言うならば「木っ端みじん」にされるのかもしれない。ただ、西野ジャパンはタフに、アグレッシブに、そして最後までファイティングポーズを忘れずに戦ってくれるはずだ。

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下薗昌記

著者プロフィール 下薗昌記

サッカーライター。1971年大阪市生まれ。テレ・サンターナ率いるブラジル代表に憧れ、ブラジルサッカーに傾倒。大阪外国語大学外国語学部でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て2002年にブラジルに移住し永住権を取得。南米各国で600試合を取材した。愛するチームはサンパウロFC。ガンバ大阪の復活劇をテーマにした『ラストピース』が2016年のサッカー本大賞に。