文=新川諒

“フィールド・オブ・ドリームズ”が観光名所に

©Getty Images

 ある信念の下にトウモロコシ畑を切り拓いて野球場を作る主人公と周囲の人々の姿を描いた映画『フィールド・オブ・ドリームズ』は、公開から四半世紀を経た今もなお多くのファンに愛されている。

 1989年度のアカデミー賞では3部門にノミネートされ、ボックス・オフィス・モジョ(映画の興行成績を集積、分析するサイト)によると総合興行収入は世界中で約99億円を記録。ロケ地となったアイオワ州・ダイアーズヒルに存在するトウモロコシ畑の中の野球場は、今もそのまま残されており観光名所となっている。なかなか気軽に行ける場所ではないが、私は昨夏訪れる機会を得た。

 アイオワ州に続く真っ直ぐな道を進むと、突如現れるトウモロコシ畑。その中に綺麗に整備された野球場は非常に神秘的であり、映画の一場面がすぐにでも目の前に写し出されそうな雰囲気をたたえる。周囲に大きな商業施設があるわけでもないが、自然な風を感じることのできるシンプルさにファンは惹きつけられるのだろう。

作品の世界観を引き継ぐイベントの数々でファンを魅了

 大都市から離れ、決してアクセスも良くないこの“フィールド・オブ・ドリームズ”がファンを集め続けている理由は、何年経っても色褪せない作品の魅力もさることがなら、人々を呼ぶ込む様々な仕掛けを用意している点にある。

 ナイター設備のある野球場では実際の練習や試合が行われるだけでなく、外野で映画を上映するなど多くのイベントが企画されている。夏休み中の毎週日曜日には「ゴースト・サンデー」と題して元野球選手を招いたイベントを開催していたが、9月にはその集大成として名選手を招いたサイン会からコンサート、そして食事会に参加できるチケットなども販売する一大イベントを開催した。

 映画ファンと野球ファン両方にとって魅力的なイベントを開く一方で、ソーシャルメディアを活用した発信も怠らない。イベントの情報だけではなく、例えばポケモンGOが話題になると付近で発生するポケモンを紹介するなど、様々な手段でファンとのエンゲージメントを図っている。これらの積極的な活動が、ファンを離さない理由と言えるだろう。

一大産業化したスポーツビジネスは映画の“優良素材”

 アメリカでは本作以外にもスポーツを題材にした名作がいくつも生み出され、語り継がれている。『フィールド・オブ・ドリームズ』のようなフィクションに加えて、近年は現実のスポーツビジネス界を舞台とした作品がヒットしているのも特徴的だ。

 1996年に公開された『ジェリー・マグワイア』(日本語題名『ザ・エージェント』)はスポーツの代理人の世界を描いてアカデミー賞6部門にノミネートされ、そのうち1部門で受賞を果たした。データ重視のチーム編成で躍進したオークランド・アスレチックスの実話をベースにした『マネーボール』を見て、“裏方”がしのぎを削るスポーツ界の奥深さを知った人も少なくないだろう。世界中での興行収入は『ザ・エージェント』が約321億円、『マネーボール』が約129億円を記録し、ともに成功を収めている。

 インパクトのある作品が生み出され、ヒットを記録することによって、海外の映画業界におけるスポーツへの認識も変わってきたようだ。スポーツビジネスが大きな産業へと成長した今、そこで巻き起こる事件やドラマは大きな社会問題として、あるいは普遍的な人間ドラマとして人々の関心を集め得る。改めて“素材”としての魅力が認識されたスポーツ作品及びスポーツビジネス作品の映画化が続いているのだ。

 アメリカンフットボール界で巻き起こる「脳震盪」をテーマにした『コンカッション』や、自転車競技に巻き起こるステロイド問題を提議した『ザ・プログラム』(日本語題名『疑惑のチャンピオン』)という作品も公開されており、競技そのものよりも、競技がはらむ問題や事件性にフォーカスしている感がある。

成熟したスポーツ映画は成熟したスポーツ文化の証

 日本にもスポーツを題材にした映画は存在するが、多くは試合を軸にした人間模様を描いており、スポーツ界の裏側やスポーツビジネスに焦点が当たることはまずない。エンターテインメントとしてのスポーツは大人気であるものの、それを取り囲むビジネスや社会的問題にはあまり関心が向かない日本のスポーツ文化を反映しているとも言えるだろう。

 海外映画の場合は、実際の競技の外側や裏側により魅力的なテーマを見いだすことで、それまでスポーツに興味のなかった層へのリーチに成功している。結果、観客がスポーツの新たな魅力を発見したり、理解を深めることにつなげており、スポーツ文化の成熟に貢献しているのは間違いない。

 2020年東京五輪を控えた昨今、日本でもスポーツにまつわる様々な問題提起が行われるようになってきた。スポーツには競技性以外にもドラマがあり、社会と結びついたテーマが存在していることが認知される中で、新たなスポーツ映画が生まれてくる可能性もあるはずだ。多くの人々がスポーツに興味を抱き、スポーツへの理解を深めるような作品の登場を待ちたい。


新川諒

1986年、大阪府生まれ。オハイオ州のBaldwin-Wallace大学でスポーツマネージメントを専攻し、在学時にクリーブランド・インディアンズで広報部インターン兼通訳として2年間勤務。その後ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで5年間日本人選手の通訳を担当。2015年からフリーとなり、通訳・翻訳者・ライターとして活動中。