日本人がNBAのコートに立つ意味
ー山田先生はアメリカの学生スポーツの現場に長年携わってらっしゃいますが、具体的にどのような活動を行ってきたのでしょうか?
「私自身はスタンフォード大学の男子バスケットボールチームで2016年まで14シーズンの間ヘッドアスレティットレーナーを務めました。その間ジョシュ・チルドレス(三遠ネオフェニックス)、213cmの双子、ブルック・ロペス(ミルウォーキー・バックス)、ロビン・ロペス(シカゴ・ブルス)を始め、8名ものNBA選手を輩出しました。今回の渡邊選手の快挙は、NBAにドラフトされる難しさと、そこでプレイするレベルの高さをずっと現場見てきましたので、これは非常に喜ばしいことだと思っています」
ー日本人がNBAのコートに立つということ、この意味を改めてお教えいただけますでしょうか。
「NBAは世界中でバスケットボールをしている人間にとって憧れであり、夢の到達点です。一度でもそこのコートの上に立ったものには多くのリスペクトが与えられます。2004年に日本人として初めて田臥選手がNBAのコートに立った光景をテレビで見ていた事を思い出します。その後彼は数試合で登録を抹消され、再びNBAのコートに立つことはありませんでしたが、誰もが辿り着けるわけではないNBAという舞台に立てたことは当時バスケットボール後進国だった日本にとって夢のようなニュースでした。その後、シーズンオフに数人のNBA プレーヤーがスタンフォード大学を訪れた際、私に“田臥は速かった”、“日本にも素晴らしいバスケットボールプレーヤーがいるね”と話してくれ、誇りに思ったことを今でも思い出します。その田臥選手に続く快挙ですから、もっと賞賛を浴びていいのではないかと私は思っています」
英語圏の選手でも苦労する、NCAAのハードさ
ー編集部では、高校卒業後すぐにアメリカ留学を選んだ彼自身のキャリア選択にも注目が当たっても良いと考えているのですが、山田先生はどのような考えをお持ちでしょうか?
「仰る通りです。今回、渡邊選手が日本人2人目のNBAプレーヤーとしてコートの上に立った事は非常に素晴らしいことです。それと同時に評価されるべきは、彼は4年間をアメリカの大学で過ごし、学業とスポーツの両立を成功させ、4年時にはチームの要であるキャプテンに指名され、チームをまとめたこと。これはアメリカの大学に勤務して20年、毎日のように練習と勉強に明け暮れている学生選手を見ている私にとっては驚異的と言っても過言ではありません。
とにかくアメリカの大学生の生活はハードです。ご存知の通りアメリカにはNational College Athletic Association(NCAA)という大学中央統括組織があり、大学のスポーツクラブ間の連絡調整、管理など、さまざまな運営支援などを行い、すべてのスポーツはNCAAの規則に沿って選手の管理と競技の運営を行っていかなければなりません。スポーツ選手であったとしても学業に対するルールはとても厳しいです。アメリカの大学に入学すると選手たちは生徒として、スポーツではなく学業優先の生活を求められます。毎日欠かさず授業に出て、一般の生徒と同じくディスカッション中心のスタイルで自分の考えを人前で話さなくてはなりません。そして毎日欠かさず要求されるレポート、参加型のグループプロジェクト、数週間おきにやってくる小テストに中間と学期末のテスト、それにプレゼンテーションを遂行することを求められます。そのうえで、選手として身体を大きくしたり、ジャンプ力や瞬発力を上げるトレーニング、そして怪我の予防の為のトレーニング、それに加えて毎日の練習を行わなければなりません。
私の所属しているスタンフォード大学でも英語を母国語としている自国のアメリカ人を始め英語圏のオーストラリアやイギリス人などの留学生ですら新入生として入学してくると学業の課題の多さと、時間のマネージメントで苦労する生徒が多く見受けられます。スタンフォードの選手たちは高校時代は学業、スポーツともに優秀なスーパースターとして大学に入学してきますが、初年度の苦労は想像を越しているようです」
NBA選手になること以上の凄さ
ー学業とスポーツの両立を求められる中、日本出身の渡邊選手も例外なく同じことを求められますよね?
「例外はありません。大学に入れば国籍や人種は一切関係なく、全員が両立を求められます。渡邊選手が所属していたジョージ・ワシントン大学は東部の学業での名門の大学の1つであり、バスケットボールではアトランティック10と言われる、ディビットソン大学、デイトン大学、セントルイス大学などNCAA全米大学バスケットボール選手権に出る常連校が多く属するコンファレンスに加盟しています。彼はその激戦地区の中で4年生の時には、母国語が英語ではないにもかかわらず、キャプテンまで務めています。
私が日本でスポーツをしていた時代のキャプテン像は、「背中を見てついて来い!」が主流でしたが、アメリカのチームでキャプテンに求められる資質といえば、言葉(コミュニケーション能力)によるチームの方向性作りや、その場でチームメイトのモチベーションを上げ、流れを一瞬で変える能力が必要とされます。私も過去に一緒のチームで行動を共にしたスタンフォード大学の男子バスケットボールのキャプテンと言えば、日本でもプレイしているジョシュ・チルドレスやランドリー・フィールズ(元ニューヨーク・ニックス)、ジョシュ・ヒュースティス(サンアントニオ・スパーズ)、チェィソン・ランドル(ワシントン・ウィザーズ)、ドワイト・パウエル(ダラス・マーべリュクス)などチームの雰囲気とモチベーションを上げるコミュニケーション能力と相手チームとの心理合戦でも戦える選手達ばかりでした。日本では2人目のNBAプレーヤーとして渡邊選手にスポットが当たっているようですが、彼は名門大学で学業とスポーツ、それも母国語ではない英語での両立を成し遂げ、その上キャプテンまで務め、そしてNBAまで到達した。これがどれほど凄いことか多くの方々に知ってほしいですね」
勉強はしなくて良いといった考え方を持たせない
ー渡邊選手の快挙はこれからの日本の未来を担うアスリートへのメッセージにもつながりますね。
「私はトータルでバランスが取れた彼の人としての達成にこれからの日本の進むべき道と未来を感じます。優秀で努力を惜しまない日本の文化と人格、そして我々が持つ誇るべき道徳観は、やり方次第ではこれからたくさんの優秀な人材が育つ可能性を彼が証明してくれたように感じます。今まで日本に入って来る海外のスポーツニュースは単に競技の結果などが多かったと思います。ただこれからは、競技の結果だけではなく、日本人でもアメリカ(海外)で学びながら、スポーツの世界で頂点の舞台に立てる可能性があるという、今までと違うメッセージでのニュースが増えてほしいですね。渡邊選手の成功は206cmという恵まれた体格や彼の競技に対する不断の努力もあったと思いますが、それに加え学業で頭脳を鍛え、アメリカの学生選手に義務付けられているボランティア活動などを行ったからだと考えます。学業とスポーツ、どちらかを疎かにしていたら彼はこうはなっていません。
彼が日本に送ったメッセージは、日本人も挑戦する意思と環境次第で才能を開花させるチャンスがあるということです。そして、これからの未来を担うアスリートを指導するコーチと教師に対して、更なる視野を広げ子供達の可能性を追求し、世界に通用する人間を社会に送りなさいとメッセージしているようにも取れます。いつまでも自分はスポーツ選手を目指しているから、勉強はしなくて良いといった考え方を持たせないこと。そこが初めの一歩と私は考えます」
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山田知生 プロフィール
スタンフォード大学スポーツ医局、アソシエイトディレクター。
24歳までプロスキーヤーとして活動した後、26歳でアメリカ・ブリッジウォーター州立大学に留学し、アスレチックトレーニングを学ぶ。同大学卒業後、サンノゼ州立大学大学院でスポーツ医学とスポーツマネジメントの修士号を取得。2000年サンタクララ大学にてアスレチックトレーナーとしてのキャリアをスタートさせ、2002年秋にスタンフォード大学のアスレチックトレーナーに就任する。スタンフォード大学スポーツ医局にて15年以上の臨床経験を持ち、同大学のアスレチックトレーナーとして最も長く在籍している。最近では執筆業にも力を入れており、代表作として「スタンフォード式 疲れない体」(サンマーク出版)がある。
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