ひとつ気になったのは、その過程においてホークスが“連敗”を喫したことだ。

浅村と西のダブル獲得をもくろみながら、2人の心をなびかせることができなかった。ホークスの三笠杉彦球団統括本部長は、両者の獲得にいたらなかった要因を問われ「あらためてゆっくりと考えたい」と話したという。

FA市場への参戦は5年ぶりだったのだが、「成果なし」の結果に意外な感じを受けるのは、ホークスに“金満球団”とのイメージが定着しているせいだろう。総年俸は12球団で最も高く、実際、FA交渉でも金銭的な条件では競合球団を上回る提示をしたと言われる。
浅村に対しては「4年総額28億円とみられる好条件を用意」(西日本スポーツ)。4年20億円ほどと報じられたライオンズやイーグルスの提示額に有意な差をつけた。
西にも「4年16億円超」を用意し、参戦を決めていたドラゴンズは「太刀打ちできないとして、西と交渉することなく撤退を決定した」(スポーツ報知)。残留を願うバファローズは4年8億円を提示、獲得に成功したタイガースは4年10億円の契約だというから、やはりホークスの資金の豊富さが目を引く。ちなみに2018年シーズンの西の年俸は推定1億2000万円だった。

選手のモチベーションのあり方はさまざまだが、「優勝したい」という思いは誰しもが持っている。直近10年でリーグ優勝と日本一をそれぞれ5度達成しているホークスは、その願いが叶う確率が最も高い球団の一つ。「お金」に加えて「強さ」もまた、選手獲得の大きな武器となるはずだった。

にもかかわらず、2人との交渉が空振りに終わったのはなぜか。

浅村についてはもともと、ライオンズ残留とイーグルス移籍の二択になるのではないかという見方が強かった。バファローズとは面会の場すら持たなかったし、ホークスも一度は交渉の席を設けることはできたものの、わずか4日後に断りの連絡を受けている。こうした経緯からも、浅村があらかじめ、ある程度の絞り込みをしたうえでFA交渉に臨んでいたことがうかがえる。
交渉解禁から1週間足らずで答えを出した浅村とは対照的に、結論にいたるまでに時間がかかったのが西だ。正式にタイガース入りを表明したのは、12月7日のこと。ホークスは複数回の交渉を行ったとされるが、思いは実らなかった。

福岡を拠点に取材活動を展開しているスポーツライターの田尻耕太郎氏は、西が残したコメントにヒントを見出す。
「報道によれば、西選手はFA宣言するにあたって『ぼくをどれだけ必要としているか』という言葉を発した。2018年のシーズン、ソフトバンクには規定投球回に到達したピッチャーが一人もおらず、安定してローテーションを守れると期待される西選手を必要としていたことは間違いない。その一方で、ソフトバンクに来たとしても、現状では先発の3番手、4番手という位置からのスタートになってしまうのも事実。三顧の礼で獲得を狙うのは当然として、チーム内での立ち位置を確約するようなことはありえません。そうした現実と『ぼくをどれだけ必要としているか』という言葉の間にギャップがあったように思います」

ホークスの強さは、選手層の厚さとニアリーイコールで結ばれる。以前、ベイスターズ前球団社長の池田純氏が「プロ野球ではだいたい3年連続して安定した活躍を見せれば年俸1億円に手が届く。1億円プレーヤーの数が多いほどチーム力のボラティリティ(変動性)は低くなり、安定して勝てるチームがつくれる」と語っていたが、ホークスはまさにそれを体現したようなチームだ。
2018年シーズンに推定年俸が1億円以上だったのは17人で、12球団中最多。ただ、そこには控えに甘んじた選手も複数含まれる。
この事実が意味するのは、ホークスに所属することで総じて高い「給料」がもらえること、そして、年俸では恵まれていたとしても「出番」が与えられるとは限らないということの2点だ。

田尻氏はそれを端的にこう表現した。
「選手にとって、ハイリスク・ハイリターンな球団だという見方はできるのかもしれません。ホークスに入れば安泰というわけではなく、そこからまた厳しい競争に勝ち残らなければならない。そうした点がFA選手のニーズと合致するかどうか」
浅村と西の2人は奇しくも、ともにリーグ最下位に終わったイーグルスとタイガースを新天地に選んだ。それは「自分が戦力に加わることの価値」に重きを置いた判断だったようにも見える。たった2つのケースを一般化して語るべきではないが、時代とともに選手の気質、価値観、考え方も変わっていくなかで、ホークスのような球団が持つ優位性は徐々に失われつつあるのかもしれない。

ホークスが5年ぶりにFA選手の獲得に乗り出した背景には、これまでチームの屋台骨を支えてきた選手たちの年齢が上がり、世代交代の時期に差し掛かっていることが挙げられる。本来は育成で賄いたいところだが、万事順調というわけではなく、FAに頼らざるをえない状況になっている。
実は、2010年以降にホークスがFAで獲得した6選手のうち5選手までが九州の出身だ(内川聖一、帆足和幸、寺原隼人、中田賢一、鶴岡慎也)。九州におけるホークスの影響力の大きさの証である一方、今後も獲得の成否は地縁頼み、というわけにはいかないだろう。

圧倒的な戦力の保持と、FA選手への金銭以外の価値のアピール。このジレンマに、常に最強たらんとするホークスのフロントは、来オフ以降も頭を悩ませることになるかもしれない。


日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。2010年より『Number』編集部の所属となり、同誌の編集および執筆に従事。 6年間の在籍を経て2016年、フリーに。野球やボクシングを中心とした各種競技、 またスポーツビジネスを中心的なフィールドとして活動中。