ーー東南アジアを中心に世界に急拡大しているという「ONEチャンピオンシップ(以下ONE)」ですが、初上陸を前に、まだ日本では詳細を知らない人も多いと思います。このスポーツイベントについて成り立ちなどを秦氏に説明していただきたいと思います。

池田 「その前に、現在私が『ONE』について知っていることをお話ししていいですか。1年ほど前、立ち技系の格闘技イベントが日本に来るというのを聞いて、いつ来るんだろう、どう認知が広がっていくんだろうと思っていました。特に印象的だったのが、シンガポールのマネーで始まり、ファンドのお金で、これまでの日本の格闘技とは桁が違う巨大なお金が動いているという話を聞いたこと。アプリを中心に展開している影響かWEBにもほとんど情報がなくて、ここからどうなるのかなと興味深く見ていたところです。私が現状、知っていることはこれくらいでしょうか」

秦 「十分すぎるほどの知識です(笑)。まず、そもそもの誕生の発端から説明します。創設者で最高経営責任者(CEO)を務めるのは、日本人の母とタイ人の父を持つチャトリ・シットヨートンという実業家です。彼自身34年間、ムエタイ(タイのキックボクシング)をやってきたのですが、米ハーバード大学院でMBA(経営学修士)を取得したビジネスマンでもあり、ヘッジファンドで成功を収めてきた、ウォール街やシリコンバレーでは著名な人物です。

その中で、自分がかかわってきた格闘技で何かできないかと考え、目を付けたのがアジア発のスポーツとしての側面でした。人口、経済規模、成長率、広告規模を見ても、欧米に引けを取らないほどアジアの存在は大きく、しっかりしたものになっています。ただ、アジアで一つの領域だけ発達していないものがあります。それがスポーツ。例えば、アメリカ大陸ではNFL、NBA、メジャーリーグ、NHLといったスポーツのプラットフォームがあります。欧州にはプレミアリーグ、ブンデスリーガ、ラ・リーガ(スペインリーグ)があります。しかし、アジア規模の横断的なプラットフォームはまだ少ない。需要は十分にある、ということです。

また、アジアには文化として武道の世界がある。アジア発祥の武道をもっと世界に展開すべきだというのが、もう一つの背景です。チャトリには資本主義の最前線に立ったビジネス構築で成功を収めてきたノウハウがあり、それを今回の需要、供給に当て込んだのが『ONEチャンピオンシップ』というスキームです」

池田 「どのような資本で成り立っているのですか」

秦 「米有力ベンチャーキャピタル(VC)のセコイア・キャピタルから1億6600万ドル(約183億円)の出資を受けています。同社はグーグルやフェイスブックなどに投資してきたVCですが、スポーツイベント会社への出資は初めてだったといいます。また、シンガポールが国を挙げて動いており、同国政府が所有する投資会社のテマセク・ホールディングスやGIC(シンガポール投資公社)も出資を決めています。そこからも分かるように、透明性が高く、資金繰りもしっかりしているというのが特長です。総額で第1フェーズとしては330億円前後、第2フェーズでさらに拡大していく計画です」

【参考】資本構成

ーー放映権料なども大きいのですか

秦 「インドで放送契約を結び、アメリカとインドを合わせて世界の視聴者が17億人から26億人まで拡大したというのが、まさに最近の動きです。東南アジアで人気を拡大している要素として、もう一つの大きなポイントとしては、実在するスーパーヒーローを成立させたというところです。日本、韓国、中国以外のアジアの国は、ワールドカップやオリンピックなど世界的な舞台で互角に戦える競技が少なく、地場選手が少ない。ミャンマー、タイ、フィリピン、シンガポールなどでスターを育て、国を代表する世界王者を確立させたというのが大きいです。今回の日本での大会にも出場しますが、ミャンマーでは80%を超える瞬間最大視聴率を稼ぐスーパースター(アウンラ・ンサン)も現れました。いわば、かつて日本であった力道山の時代を彷彿させるくらいの国民的英雄を育ててきたのです。
そうしたアジアでの実績を経て、まだまだ成長の余地がある戦略地域として日本、中国、韓国、アメリカ、インドに展開していこうというものが徐々に見え出したところです」

池田「今、日本法人は何人くらいで運営しているのですか」

秦 「20名ちょっとですね。3月31日に初めて日本で大会を開催し、日本の市場に入っていこうというミッションでやっています」

池田 「世界的には年間でどれくらいの大会を開催しているのでしょう」

秦 「今年はミャンマー、ベトナム、中国などアジア全域12都市で45大会を開催する予定です。日本では3月31日と10月13日の東京での2大会。今後はもっと展開していく予定で、毎週末(全52週)にアジアのどこかでONEのイベントを開催することを目標にしています」

池田「入場者はどれくらいですか」

秦「1万人から1万2000人位は大体入っています。接点を最大化するという意味ではライブ観戦、中継、広報活動をぐるぐる回していくイメージです」

池田「日本では今回、AbemaTVで完全独占生中継されるとのことですが、なぜAbemaTVなんでしょう」

秦 「一つは日本の歴史的背景もあります。日本の市場では格闘技のステータス、参入のハードルが決して低いわけではありません。過去の歴史は財産ですが、紆余曲折があって人気や露出が下降気味になった。その中で、AbemaTVの方々は、われわれの思いや精神を非常にいい形で理解してくれたというのが一番大きな理由です。また、地上波はテレビ東京と組んでいます。今回はディレイ放送ですが、盛り上げるための番組も週に1回放送しています」

池田「今回の日本大会の最注目選手は青木真也選手(第2代ONE世界ライト級王者・第2代DREAMライト級王者・第8代修斗世界ウェルター級王者)ですか」

秦 「今回はそうですね。日本を代表するレジェンドとしてメインイベントのONEライト級世界タイトルマッチに出場していただきます。他にも長谷川賢選手(元DEEPメガトン級王者)、若松佑弥選手(パンクラス第22回ネオブラッド・トーナメント MVP)、秋元皓貴選手(元WBCムエタイ日本フェザー級王者)が参戦します」

【参考】ONEチャンピオンシップ 注目選手

池田「この選手たちは『ONEチャンピオンシップ』の独占契約なんですか」

秦 「基本的に独占になります。あとは隠れたヒーローといったらおかしいですが、UFC世界フライ級王者として歴代最多の11度防衛を記録したデメトリアス・ジョンソン選手も出場します。今回がONE初参戦となりますが、UFCのレジェンドが参加するほど、グローバル規模の地殻変動が格闘技界に起きているのは間違いありません。元Kー1ワールドマックス世界王者のアンディ・サワーも出ます」

池田「UFCとの違いはどのような点にあるのでしょう」

秦「ONEはアジアを発祥とし、武道の文化を重んじる団体です。興行から成り立っている文化と競技性から成り立っている文化がありますが、ONEは競技性を重視しています。罵詈雑言、大声での威圧などはなく、シンプルな共通ルールでのガチンコ勝負で強い者が勝つ仕組み。UFCはレスリングがベースにあるのでテイクダウンとか寝技的な要素が強いですが、ONEは打撃性が強かったりと明確な色の違いが出ています。5分3ラウンド、チャンピオン戦は5分5ラウンドで行われます。ONEは総合格闘技団体ではなく、総合格闘技はムエタイ、空手、ボクシングなどと並ぶ一つの要素として捉えています。ONEが総合マーシャルアーツ団体として世界最大と謳っている所以がそこにあります。」

池田「今後は、どう日本で地位を確立していく計画ですか」

秦 「一つは商業的なパートナーシップをどう組むか。既に電通さんと組んだり、そこからAbemaTVさん、テレビ東京さんというメディアの展開をベースとして確立しているところです。もう一つの大きなポイントとしては、選手を供給する団体と組んでいこうという仕組みへのこだわりです。ただ、有能な選手をお金を使って集めるのではなく、修斗やパンクラス、新空手という3つの団体とパートナーシップ契約を結んで、一緒になってこの業界が潤う仕組みを作ろうとしています。エコシステムの正当性を関係する人たちと一緒になって組み上げていきたいと思っています。
あとは教育機関との展開です。国立大学唯一の体育・スポーツ専門の体育大学である鹿屋体育大学さんとパートナーシップを締結し、3月31日の大会では観戦者の脳波測定などで共同研究を行います。
そして、最終的には商業的な要素でしょうか。財源をどう作っていくか。3月の大会に関しては時間もなかったので、お披露目の場、ウェークアップコールとして入っていただきながら、4月以降に向けて中長期で付き合っていただけるパートナシップを組んでいきたいと考えています」

池田「チケットの売れ行きはどうですか」

秦「おかげさまで、ほぼ完売です。注目度の高さ、需要はひしひしと感じています。今回、23人のチャンピオンが登場し、15試合中4試合が世界戦という史上最強の大会と呼ばれるものでもありますので、まずはそれを体験していただければと思います」

池田「既に日本で開催されているRIZINやKー1との差別化はどうするのでしょう」

秦 「一番は、世界で戦えるプラットフォームということです。世界最高のファイターが集まり、同じ条件で戦う。階級が違ったり、異業種であったりという戦いはありません」

池田 「『世界』という部分では、野球やサッカーだとグローバルな世界に出ていく理由としてレベルの高さ、年俸の高さが要素としてあります。その辺りのONEの設計はどうなっているのですか」

秦 「一つの事例としては、修斗という団体でチャンピオンになった時のファイトマネーに対し、ONEで優勝すると1桁変わります。ウン十万円から、ウン百万円になる。世界のプラットフォームとしても軸が大きくなるので、レベルの高さと資金力の高さは伴っていると思います」

池田 「ONEのパウンド・フォー・パウンド(最強選手)は誰なんですか」

秦 「女性のアンジェラ・リー選手(ONE世界女子アトム級王者)はシンガポールでは国民的英雄で稼ぎ頭です。ONEでは実在するヒーロー像を作っていくという考え方があるので、ファウンダー自らが『ヒーローとは』という哲学を伝えたり、社会活動に出たりして、東南アジア諸国では社会的ステータスを得ています」

池田 「例えば、青木選手ならどのくらい稼いでいるのですか」

秦 「公表はしていないので、正確には把握していません」

池田 「『億』の大台も」

秦 「そういうケースも出てくると思います」

池田 「今回、両国国技界で日本初の大会を開催する理由は」

秦 「背景としては、やはり武道の精神をしっかり見せようということがあります」

池田 「秦さん自身に格闘技経験はあるのですか」

秦 「個人的にはありません。ただ、今思えば幼少期から影響を受けてきました。映画『ロッキー』や『カラテキッド』(邦題『ベストキッド』)を見てきましたし、私は選手としてアメリカンフットボールをやっていたのですが、精神は格闘技に通じるものがあります。勝負に向かう姿勢、精神論には違和感がなく、親近感も芽生えています」

(後編に続く)


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池田 純(いけだ・じゅん)
1976年生まれ。横浜市出身。早大商学部を卒業後、住友商事、博報堂などを経て2007年にディー・エヌ・エーに執行役員として参画。11年12月にプロ野球横浜DeNAベイスターズの初代球団社長に就任。史上最年少の球団社長として黒字化実現、ハマスタのTOBによる一体経営を実現。退任後は日本プロサッカーリーグ アドバイザーや明治大学学長特任補佐兼スポーツアドミニストレーター等を歴任。現在はさいたまスポーツコミッション会長、有限会社プラスJオーナー(plus-j.jp)、大戸屋ホールディングス社外取締役などを務め、主にスポーツ改革の実践家として活躍中。

秦 アンディ 英之(はた・あんでぃ・ひでゆき)
1972年生まれ。米フィラデルフィア出身。明大を卒業後、ソニーで働く傍らアメリカンフットボール選手としてアサヒビールシルバースターで日本一を経験。同社に2012年まで在籍し、国際サッカー連盟(FIFA)とのパートナーシップなどグローバル戦略の構築を担当する。スポーツデータリサーチ会社のニールセンスポーツ日本法人の代表を経て、2019年1月にONEチャンピオンシップ・ジャパン社長に就任。



VictorySportsNews編集部