遡って2015年。イングランド大会で歴史的3勝を挙げた日本代表は、国内でのラグビー人気を急上昇させた。しかし、一時的なスポーツブームがスポーツ観戦文化に繋がりにくい傾向がこの国にはある。
それに拍車をかける事件も、2015年のワールドカップ直後の国内トップリーグで起こった。開幕前から「前売り券完売」とされた複数の試合会場で、明らかな空席が目立ったのである。さすがに満席を期待した選手たちは、ジャージィ姿で肩透かしを食らった。

日本ラグビー協会(日本協会)は当時、出場チームへ配布したチケットなどの歩留まり率を誤ったためだと説明。ところがその内容に、複数のチーム関係者は「むしろ、こちらも欲しいチケット(チームに無料配布されるチケット)を十分に確保できなかった」と異議を唱えた。

トップリーグの1試合平均入場者数は、2015年に史上最多の6470人を記録。しかし翌年度は、5059人と大きく落ち込んだ。イングランド大会時のキャンペーンでは、戦いに挑んだ日本代表のプロジェクトこそ「成功」したに等しかった。しかしそれ以外の項目は、「成功」したとは言いづらそうだった。

人気が長続きしなかったかもしれない状況を、どう見ていたか。そう問われた某代表主力選手は、熱しやすく冷めやすい国民性を踏まえて言った。

「日本では海外と違ってスポーツ文化がなく、地上波のテレビでずっとスポーツ中継が流れているわけでもない。だから日本でマイナースポーツの人気が高値で止まるということは、普通に考えたらないと思います。地味に、少しずつでないと、人気は定着しないのではないでしょうか」
 
 あれから4年。ラグビーワールドカップ2019組織委員会によれば、日本大会のチケット売り上げは日本代表戦、決勝トーナメントを筆頭に好調とのこと。販売予定枚数の180万枚のうち129万枚(統括団体ワールドラグビー販売分含む)が売られていて、全体の3分の1は海外でのセールス。大会組織委員会が訪日外国人による経済波及効果を1057億円と予測するなど、観光機会の創出が期待される。

大会期間中の熱気の高まりを「成功」の指標にするのなら、日本大会の「成功」はそう難しくなさそうだ。

ちなみに熱気を左右するのは、日本代表チームの成績。現代表候補の多くは、強豪国の猛者とのコンタクトに慣れてはいる。国際リーグのスーパーラグビーで日本のサンウルブズが発足した好影響は、代表戦のあちこちで現れている。

ジェイミー・ジョセフヘッドコーチは、「あと40パーセントの改善ポイントがある。一貫性を持たないといけない。強豪国に対しては、一貫性が5分くらい落ちると、そこで、勝敗が分かれる」。一時は練習中のエラーにどこか寛容さものぞかせたが、本番ではプレーの「一貫性」を保つと言うのだ。もちろん本番でぶつかるアイルランド代表、スコットランド代表は、4年前に倒した南アフリカ代表以上に万全の準備を施すはず。勝負は当日までわからない。

競技人気の安定化を「成功」とするならば、前途多難と言わざるを得まい。

まず、イングランド大会後の追い風を活かせなかった日本協会は、2019年度のトップリーグの時期を2020年1月からと定めている。代表選手の体調を考慮したためだが、ワールドカップイヤーにレギュラーシーズンをおこなわない事態に清宮克幸・前ヤマハ監督は「異常事態」と公言する。

現場の問題点には他に、トップリーグの開催時期がスーパーラグビーと重なる点がある。トップリーグの企業クラブへ属する日本人選手がトップリーグとスーパーラグビーを掛け持ちするのは、これまで以上に難しくなりそうだ。

サンウルブズを仕切る一般社団法人ジャパンエスアールの渡瀬裕司CEOは、「例えばスーパーラグビーで3試合して、1週休んで3試合国内…とか。『時期が重なったからそりゃ無理よ』というのはおかしいと話してきました。」と自らの責務を明らかにする。

ただサンウルブズ設立の本来の目的は、日本代表強化である。それを踏まえると、選手のスケジューリングには日本協会およびその時の日本代表(詳細は未定)が首尾よく調整するのが自然。ナショナルチームの継続的な活躍が「競技人気の安定化=ワールドカップの成功」を左右するのは、日本のスポーツ史を振り返れば明らかなのだが…。

そして、このような問題が宙に浮いていた今年3月、サンウルブズの2020年限りでのスーパーラグビー脱退が決まった。

この結果も、「競技人気の安定化=ワールドカップの成功」に影響を与えかねない。何せ、独自の応援文化を発達させたプロクラブが活動に句読点を打つのだから。ブームの火付け役となりうる代表選手にとっては、成長機会の損失というデメリットも生じる。

こうなれば強化、人気定着に関して新たな指針が求められる。しかし、その指針が確立されるかははっきりしていない。スーパーラグビーから離れた後の「競技人気の安定化=ワールドカップの成功」に必要なのが、日本ラグビー界の課題とされる国際交渉力だからだ。

2021年以降の強化方針に関し、日本協会の坂本典幸専務理事は今後新設の可能性があるネーションズ・チャンピオンシップへの参加、国内トップリーグのレベルアップを軸に据えたいとする。しかし、国際統括団体のワールドラグビーが企画中のネーションズ・チャンピオンシップは早くて2022年に開幕。実現しない可能性もある。

もしネーションズ・チャンピオンシップが不成立となった場合は「世界ランキング上位国と安定的にマッチメイクをできるよう、ワールドラグビーと議論を進めていきたい」と坂本専務理事。ただその「議論」がどうなるかは、ネーションズ・チャンピオンシップの行く末以上に未知数だ。

何せサンウルブズがスーパーラグビーから弾かれた背景では、運営組織のサンザーは「サンウルブズを存続させたければ、日本協会およびジャパンエスアールは参加費を払うように」との旨を日本側に通告していた。推定約10億円とも言われる参加費が必要と渡瀬CEOに伝わったのは、公式発表から「数週間前」とのこと。もしこの経緯が事実であれば、両者間の信頼関係の構築に疑問符が浮かぶ。

日本のスーパーラグビー参戦決定に寄与した国際派の岩渕健輔理事は現在、男子7人制日本代表ヘッドコーチとして現場の仕事に注力する。サンザーのボードメンバーに日本の関係者が入っていない状態は、サンウルブズの始動前からずっと続いていた。国際交渉力が疑問視される向きは、日増しに強まっている。

またサンウルブズのファンの新しい受け皿については、22日の会見ではほぼ出てこなかった。

ワールドカップは「成功」するかどうか。「未来のことはわからない」とも言えそうで、「いまのままでは未来は見えている」と言えそうでもある。

繰り返せば、前出の選手は「地味にちょっとずつじゃないと、人気は定着しない」と言った。千里の道も一歩から。真のワールドカップ成功に向け、まずは今度の事態に関し責任の所在を明確にすべきではないか。


向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、ラグビーのリポートやコラムを『ラグビーマガジン』や各種雑誌、ウェブサイトに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。