いち早く米国の大学で一般的な「アスレチックデパートメント(AD=体育局)」を設置し、モデル8校の一つに選定されていた筑波大も、参加を見合わせた大学の一つ。筑波大でスポーツ振興を担う特別職「スポーツアドミニストレーター」を務める佐藤壮二郎氏に、現状や展望、さらにUNIVASへの参加を見送った経緯を聞いた。前編ではまず筑波大が何を目指しているのかにスポットを当てる。

--UNIVASがいよいよ発足しましたが、筑波大は見送りました。まず、この決断に至った経緯を教えて頂きたいのですが。

「大学の意志が置き去りになっていくだろうという危惧を感じざるを得なかった。それが大きな論点です。ただ、その議論をする上でUNIVASを否定するのではなく、むしろ筑波大は、ビジョンが見えてくればためらいなく加盟して、リーダーシップを取っていく大学になるとも宣言しているほどです。ですから、まず筑波大の取り組みや考え方を理解していただければと思います」

--では、筑波大の現状を教えてください。

「まずUNIVASの設立準備委員会の作業部会における14の検討テーマを見ていただきたいと思います(別表参照)。学業充実分野は、入学前からの動機付けに始まり、学習機会の確保、成績管理、キャリア支援と続きます。これをやるべきなのは大学です。いち大学生が、自身の大学ではなくUNIVASにキャリアを支援してもらおうなんて思う方が変ですし、成績の管理を第三の社団法人に委ねたら、それこそ問題になります。どう考えても、これらは大学が主体的に動かなければいけないことばかりで、大学が大学の投資によってスポーツ局をつくり、大学がしっかりと自らの部活動をマネジメントしていきましょうという議題ばかりです。
つまり、この14項目をやるのは本来、大学であるということです。大学同士で決めて、大学でやる。この14項目が実現したら最高だよね・・・という考え方はUNIVASも筑波大も一緒です。だからこそ、筑波大は、まず課外活動という位置付けで、大学側が関与しない状況にある部活を大学の人事・会計に組み入れることから着手しました。そして、大学同士で新ルールを策定して、最終的にはお互いのホームで試合ができるところまでいきましょうと。UNIVASが掲げる14項目をお互いの大学で、しっかりと実装すれば大学スポーツは変わります」

UNIVASの設立準備委員会の作業部会における14の検討テーマ

--前回のインタビューで、佐藤さんは「筑波大は健全化、表彰など全部自分でやります。筑波大だけの視点で言えば、実は(UNIVASは)必要がありません」という話をしていました。

「はい、大学スポーツの健全化においてその考えは今も変わりません。みんなが筑波大のようなモデルを真似しあうためには、オフィシャルな大学による組織があった方がベターなので、そういう意味でのUNIVASは重要です。ただ、改革は大学自身がやるべきこと。UNIVASがあってもなくても、筑波大はUNIVASが挙げている14項目は、全て整備を進めます。筑波大は「トップアスリートの育成支援」と「全ての学生がスポーツに親しむこと」、その2つを両立させることをテーマとして掲げています。「トップアスリートの支援」については、UNIVASの14項目はきちんと大学として実装していく。それは、UNIVASが願っていることでもあると思うんですね。14個のテーマは、悪いことが話し合われているのではありません。ただ、これをUNIVASがやるのではなく、大学がやるんだということを筑波大は見本となってやっていきます。

もう一つの「全ての学生がスポーツに親しむ」は、大学同士がお互いの環境で試合をしたいんだということです。例えば野球で見てみましょう。武蔵大のグラウンドは、埼玉県朝霞市にあるのですが、その武蔵大と茨城の筑波大の試合を東京の町田でやるんです。これは誰も喜びません。バレーボールもそうです。筑波大と早大の試合が小田原とかで行われるのです。現在、試合や大会を主催している学生競技連盟(学連)は、競技の日程を優先させる必要もあり、第三拠点且つ場所を確保できたところで試合を行います。そこに大学の意思が入る余地はありません。各大学の運動部を実際に束ねているのは各競技の学連であり、大会や試合に関する主催権は、学連が独占しているからです。

しかし、それでは、大学生たちが一生懸命に学内で広報活動をしても、一般の学生が遠くまでわざわざ見に行くことは、ほぼありません。それを変えなくてはいけない。大学内に施設がなかったり、いろいろな問題の解消は必要ですが、もし大学内で試合が行われたら、大学スポーツと一般学生の一体化、スポーツ活動を通じた教育、さらには地域創生にもつながります。『大学がこういうことを全部できるようになったら最高ですよね。だから、やりましょうよ』というのが筑波大の考え方です」

--筑波大はUNIVASの外側で、改革の「パイオニア」になるということですね。

「その方が、今の筑波大のスタンスと意思表示をしっかりできると考えた結果です。今、誰もが『最高の大学スポーツ』を見たことがないから、何をしていいか分からない状況だと思うのです。だから、まず最高のプログラムを筑波大が作って、それを見たら『同じことをやりたい』『うちなら、もっとよくできるはずだ』と思うことが、大学のスポーツ局など新組織の設立や投資につながって、そこに雇用が生まれれば、さらに誰もがこの話題を追いかけるようになります。ですから、おこがましい言い方になるかもしれませんが、今は他の大学が動かなくても筑波大が一つの成功モデルを作ってさしあげるんだ、というのがわれわれの立場です。それを営利を追求しない国立大学である筑波大が、いの一番にやるからこそ意味がある。何を持って大学スポーツの成功なのか、組織はどう作るのか、今は誰も分かりません。それならば、試行錯誤してでも筑波大が成功例を作ります。それを元に、いろいろな大学が投資を始めましょうということですね」

--「パイオニア」がいなかれば改革が遅々として進まないのは大学スポーツの世界に限らないことです。

「改革は大変だし、今のままでいいやという風潮は日本社会全体の問題だと思います。特に大学スポーツというのは放っておけば放っておけるというのも課題ですね。日大のアメリカンフットボール部のタックル問題以降、より放っておこう、より関わらないでおこうという機運も確実にあります。ただ、もし学内でホームゲームが大盛り上がりしているケースが日本に誕生したら、絶対にどこの大学もやろうということになると思います。具体的なメリットがまだ見えないから経営会議ができない。UNIVASの議論も何もかも、最高の大学スポーツのモデルを誰もこの日本で見ていないということが、足止めになっていると思うので、それを筑波大が示したいと思っています」

--具体的に筑波大で進んでいることはありますか。

「筑波大ADに参画しているチームの共通ニックネームを『OWLS(アウルズ=つくば市の鳥であるフクロウの意)』にすることを3月に発表しました。既に野球場はアメリカみたいな世界観になっていて、『GO OWLS』の巨大バナーが幾つも掲げられています。

あと進めているのは、ホームゲームの開催です。ホームゲームを実現するハードルって、実は4つしかないんです。①対戦相手が来てくれる②スタンドと座席③グラウンド④ 一般学生の機運醸成ーです。筑波大のことを『すごいことをやろうとしている』と見ている人が非常に多いんですけど、全然そんなことはなく、意志さえ持てばできます。大学スポーツに長く関わってきた人が先入観によって動けない・・となるのではなく、全く新しいアイデアで大学スポーツをプロデュースしてみようよと。本当に最高のものを、一から作ってみようよと。そう考えれば、全然できることはずで、今はOB会との向き合いなど、先入観によって議論さえもできていないだけなのです。

アメリカを視察するなどして本当に思うのは、アメリカにはスポーツが「教育プログラム」であるという認識がハッキリとあります。小学校でも、算数や国語で学べないことが体育の時間に学べますよね。スポーツ活動は、大学においても本当に大きな教育資産で、それに学生が関わってくれば、大学の教育はもう1ステージ上がると思っています。愛校心も生まれて、大学自体も活性化されます。今、多くの大学が少子化で学生の取り合いという閉塞的な方に向かっています。何もかもが成熟化した中で、何かを発展させるのは難しい時代です。だからこそ、従来の枠組を超え、発展させていこうというエネルギーを持った人が大学経営にもどんどん関わるべきですし、そのための第一弾としてスポーツ活動というのはこれからの大学経営において、非常に重要になる。そういうメッセージを伝えられたらと思います」

--筑波大では新たな表彰(アワード)の形も具現化されています。

「筑波大では今年2月に対象クラブの学生アスリートを表彰するアワード『TSUKUBA ATHLETIC AWARD』を開催しました。このアワード開催のプロデュースを行う際、大学スポーツの根本から変えたくて、まずオシャレをしないと来ては駄目ですよ・・・という設定にしたんです。ドレスコードは『カジュアル&エレガンス』。なので、その日は女子学生が練習を1時間早く終わらせて、しっかりオシャレをして会場に来るなんていう、普段とは全く違う雰囲気に会場が包まれました。さらに、どんなに優秀な競技成績を残しても、GPA(学業成績平均)が『3.2』以上なければ表彰の権利を有しないという学業規定を作りました。UNIVASもそうですし、多くの大学がやっているのは「単位をいくつ取らないと練習不参加にさせますよ」というもの。でも、そのマネジメントって息苦しいと思うんですね。大学の授業が、それだけ面白いものなのかという別の議論も出てしかるべきですし。それらを踏まえて、優秀な成績基準を突破した時は、特別なプレゼントが待っていますよ・・・というマネジメントに変えたんです。これは、本来あるべき学校スポーツの形であり、筑波大ADの意思表示です」

『TSUKUBA ATHLETIC AWARD』の様子。ジャージで参加している学生は一人もいない。

--ネガティブからポジティブのスタートに変えたということですね。

「今の若者たちは、ポジティブからのスタートじゃないと動いてくれません。ネガティブなものを発信しても『大学はうるさいな』となるだけです。最初は『3.0』と言っていたんです。ただ、いわゆるオールBが目標って、ちょっと普通じゃないかと。オールBではなく、プラスAを取らないといけない。ただでさえスポーツで忙しい学生が、それをやるから素晴らしいことなのです。実際に始めたところ、高い数字を取らないとヤバいというモードに学生がなってくれて、勉強に対する意欲が変わりました。特に、それは1・2年生で顕著です。学連の大会でMVP級の成績を残したとしても、GPAが2点台では表彰に乗ることもできず、違う学生が表彰されている。そんな環境で、また学業も含めて切磋琢磨していければいいですね。やはり、従来のやり方ではなく、新しい発想で日本の大学スポーツを作り上げていこうと。すごい元気な話題を筑波大学は発信しています。『それ、みんなでやってみない?』ってことなんです」

--ワクワク感がありますし、具体的な例を見せられると説得力、影響力も大きくなります。

「アワードとかホームゲームって、ワクワク感がありますよね。まさに、大学スポーツの持つ価値の最大化です。ただ、それを実現するためには、新しい学内のルールをみんなで作っていこうという意思統一が必要です」


<後編に続く>


VictorySportsNews編集部