2019年秋、日本でラグビーのワールドカップがある。自国開催大会にあって史上初の予選プール突破が期待される日本代表では、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチが今年2月から段階的にメンバーを絞り込み。6月上旬に宮崎合宿へ帯同する42名を発表し、そのなかの31名で7月27日からのパシフィック・ネーションズカップ(PNC)に挑んでいる。

選手選考は、人が人を選ぶ行為である。代表指揮官の選んだ顔ぶれに疑義を唱えるファンがいるのは当然と言えば当然で、今度も6月時点で落選者のトピックスがメディアに載った。ただしラグビーの代表チームのセレクションを深掘りすると、本当に精査すべきは「それ以前の領域」だと思い知らされる。

■選手選考は指揮官の「特権」である

6月上旬にはセンターの立川理道、ウイングの山田章仁という、イングランド大会で歴史的3勝を挙げた実力者が選から漏れた。ジョセフはバックス全体に複数ポジションをこなす万能性、ことウイングには空中戦における強靭さを求めると説く。

さらにPNCのスコッドのフォワード第一列には、それまで強豪国との対戦経験がなかった三浦昌悟、代表デビュー前の木津悠輔を選んだ。一般論として、ワールドカップイヤーの大会直前期は当落線上の選手のパフォーマンスチェックは必須。さらに今度の日本代表は宮崎でのタフな合宿の末、当該ポジションに怪我人を続出させていた。

以上がいまの日本代表での選手選考過程でのおもなトピックスと、その背景である。6月上旬、ジョセフはこう話している。

「まずは私の仕事は勝てるチームのメンバーを選ぶことと、そのなかでバランスを取ることです」

イングランド大会でコーチングコーディネーターを務めた沢木敬介氏は「キャップ数(代表戦出場数)はそのチームがどれだけ国際経験があるかというのを数値化したもの」と、グラウンド内外での経験者の影響力について説明。とはいえ、選手選考は「監督の特権」と話す。昨年まで3季サントリーの監督を務めたうえで、こう続けるのだ。

「その(特権を行使したことによる)責任は、監督がとる」

2人の証言を引き合いに出すまでもなく、団体競技における選手選考は現場責任者の専権事項である。芝の外での貢献度合いをメンバーリングの参考にするかどうかも、指揮官に意見具申する実力者を外すかどうかも、すべては結果責任を負う指揮官に委ねられるべきだ。

もしも第三者が代表チームの選考に異議を唱えるなら、「なぜ〇〇が入っていない」の前に「これは本当にヘッドコーチが選んだメンバーか」を軸に据えなければならない。

この視点に沿えば、ジョセフ及びその周辺は決して責められないだろう。

2018年より代表関連活動へ参画した藤井雄一郎・強化副委員長は、長らく宗像サニックスの監督だっただけに国内選手の情報に精通しておりジョセフと親交が深い。それでも「(選手選考などについては)聞かれたら助言はするけど、誰がいいなんて言う立場じゃないから」としている。適宜、母国ニュージーランドの専門コーチを招くなど、組閣においては「ファミリー」の趣を醸すジョセフ。人事面で権限が奪われている様子はない。

9月2日までに統轄団体のワールドラグビーへ提出するワールドカップの最終登録メンバー31名も、ジョセフが――相棒のトニー・ブラウンらの助言を受けながらも――責任を持って選ぶだろう。

■選考を問う以前の問題とは

代表選手の選考とそれに伴う結果は、時の代表指揮官が担う。それを前提に代表選手の選考について見解を述べるには、まずは代表指揮官の選び方、選ばれ方をチェックするほかない。これが、冒頭で記した「それ以前の領域」だ。

エディー・ジョーンズ前ヘッドコーチが同職を離れると発表されたのは、2015年8月25日。現体制下のキーマンとなる藤井が強化委員会入りするより、約2年半も前の話だ。

その折は直後のワールドカップイングランド大会で歴史的3勝を挙げるも、統括団体は肝心の新指揮官擁立には難儀。当時、強化部門を任されたのは、この頃からいままで日本協会の理事だった土田雅人氏、後に理事入りも2019年6月限りで辞する薫田真広氏である。

2016年2月からは、国際リーグのスーパーラグビーへ日本の代表強化を後押しするサンウルブズが挑めると決まっていた。それにも関わらず、現ヘッドコーチのジョセフの着任は2016年9月以降とされた。当時務めていたハイランダーズのヘッドコーチとしての契約が残っていたためで、名参謀のブラウンはジョセフの代表ヘッドコーチ就任から約1年の間はハイランダーズの指揮官を任されることになっていた。事実関係を追うだけでも、当時の日本協会の強化委員会が後手を踏んでいたとわかる。

晴れて就任したジョセフは、国内トップリーグとスーパーラグビーを両立する日本代表候補のマネージメントおよび選考に苦慮。自身が見てみたい選手がトップリーグの試合で起用されないため選びづらいといった趣旨の談話を、2018年冬の段階で残している。

ここで指揮官を支援し、必要に応じ評価を下すのが強化委員会の本来の役割。ところがイングランド大会後に置かれた強化委員会は、代表首脳との連携に難儀したような。

2016年の日本代表で辞退および選外とされたイングランド組のうち、不参加の理由説明が強化委員会と本人とで食い違っているケースも複数見られた。ジョセフが指揮していた2018年のサンウルブズの視察は、当時現職に就く前の藤井に事実上、任せていた。ファンにとっては、ひいきの選手が代表に入らないことを問う以前の状態と言ってもよさそうだ。

■「俺が連れて来た」を明確に。

置かれた立場を前向きに捉えるのが、いまの日本代表選手の心意気だ。練習後のビデオチェックなど選手主導でおこなわれる取り組みは数多くあり、ジョセフジャパンはどんな顔ぶれでも献身するだろう。事実、チームは直近の宮崎合宿で無形の組織力を醸成した様子。主軸の稲垣啓太は前向きに話す。

「選手とスタッフの間のコミュニケーション、信頼関係は強くなっていると思いますし、僕らもスタッフの意図を理解できている。それと同時に、選手間の信頼関係も高まっている。一番そう感じたのは、宮崎にいた時ですね。きつい練習があると、どうしても自分にしか集中できなくなるもの。そんな状況で、どういう選手がどういう声を出せるのかがフォーカスされました」

一方、ワールドカップがどんな結果に終わろうとも、現体制が発足した物語はリチェックされるべきだ。

危機感の発露から6月末に体制刷新した日本協会の執行部にあって、清宮克幸新副会長は「僕はジェイミー・ジョセフをそのまま継続すべきだと考えます。ワールドカップで優勝しても失敗しても、どちらの結果が出ても次に繋がるストーリーを用意しておかないと」とし、森重隆新会長はこう応じる。

「清宮から出た話ですが、『これまでは強化委員と言いながら誰も責任を取らなかった』と。誰かを長にして、『(もし次期代表ヘッドコーチを擁立するなら)俺が連れて来た』という責任をはっきりさせる強化委員にしなきゃいけない。僕もそう思う。(実際の次期指揮官は)外国人か日本人かも決まっていないし、お金のこともある」

現体制下での強化委員会は、藤井氏、土田氏、サンウルブズのCEOでもある渡瀬裕司氏の3人となる。誰が強化委員長となるかは未定で、サンウルブズの発足に尽力した岩渕健輔専務理事はこう言葉を選ぶ。

「いまの段階で強化委員長が必要かどうかも含め、速やかに話をしていただきます。今後の体制についても検討していただく必要もある」

万人が納得できる選手選考など、存在はしない。だからこそ、万人が納得できる状態で選手選考をしなくてはならない。いまも、その道の途中にある。


向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年にスポーツライターとなり主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「Yahoo! news」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。