増加傾向

アテネ五輪から16年リオデジャネイロ五輪までを見てみると、前年の世界選手権からメダル数が増えたのが4大会中3大会に上る。まず、03年世界選手権は6(2、1、3)だったのが、アテネ五輪では8(金3、銀1、銅4)に伸びた。五つ(2、0、3)に終わった08年北京五輪の時だけ、07年世界選手権メルボルン大会の7(1、2、4)から減った。11(0、3、8)と量産した12年ロンドン五輪では上海での11年世界選手権の6(0、4、2)からほぼ倍増させ、ロシアでの15年世界選手権カザン大会の4(3、1、0)からリオ五輪では7(2、2、3)に増加させた。

それぞれの大会で考慮すべき事情はある。例えば15年世界選手権では男子のエースだった萩野公介(当時東洋大、現ブリヂストン)が右肘の骨折で欠場。翌年のリオ五輪個人メドレーで金、銀のメダルを一つずつ手にして日本の増産につながった。今回の世界選手権では、低調だった4月の日本選手権から全体的に調子を持ち直した。データは単純に数字を比べたものだが、前年の世界選手権からの増加傾向は心強い。

【参考】メダル獲得数 比較

若手伸び悩み

課題は残った。10代選手の活躍という世界的な流れに乗り遅れたことだ。海外勢に目を向けると、女子背泳ぎのリーガン・スミス(米国)は100㍍、200㍍で相次いで世界新記録をマークした。瀬戸が2位に入った男子200㍍バタフライ決勝ではクリシュトフ・ミラク(ハンガリー)が世界記録を更新。女子100㍍バタフライで女王に上り詰めたマーガレット・マクニール(カナダ)ら若さがほとばしっていた。

スポーツではとかく次世代の突き上げがチームの活性化につながりやすいし、その逆もまた真なり。07年世界選手権では7個のメダルを獲得したが若手の成長という面では不足していて、翌年の北京五輪ではメダルが減った苦い経験もある。日本の平井伯昌監督が「日本は若手の発掘、強化が遅れている」と危機感を表したのも無理はない。

一方、五輪本番ではサプライズ的なメダリスト誕生が大きなドラマを生む。一昔前だと1992年バルセロナ五輪女子200㍍平泳ぎで当時14歳の岩崎恭子が優勝をさらい「今まで生きてきた中で一番幸せ」との名せりふを残した。10代ではないが、アテネ五輪では女子800㍍自由形を伏兵の22歳、柴田亜衣が制覇。過去に日本選手がメダルを取ったこともなかった女子自由形での快挙で〝シンデレラストーリー〟の主役となった。東京五輪に向け、今はさほど目立っていないダイヤモンドの原石を見つけるのは楽しみの一つだ。

前向き材料

もちろん、今回の世界選手権で目についた前向きな材料もある。日本勢でただ一人、初のメダル獲得者となったのが男子200㍍自由形で2位となった松元克央(セントラルスポーツ)だ。日本新記録をマークし、この種目で五輪、世界選手権を通じて日本選手初の表彰台という希少価値のある好成績を達成した。

女子で唯一のメダルを手にしたのが大橋悠依(イトマン東進)だった。前回銀メダルの200㍍個人メドレー決勝ではまさかの失格。これ自体は痛恨だったが、巻き返して400㍍個人メドレーで3位。中心選手の一人として関心を集めた大舞台で、失敗からきっちりと挽回して一定の結果を残したことは、精神的にも来年へつながりそうだ。

また世界選手権後の8月には、不振によって一時期競技を離れていた萩野が約5カ月半ぶりに実戦に復帰した。まだまだ元通りとはいかないが、育成に定評のある平井監督の指導を受ける。五輪を知る男だけにどこまでカムバックしてくるかも興味深いポイントになる。

北島になれるか

そして大黒柱が瀬戸だ。日本選手が世界選手権で1大会2個の金メダルを獲得するのは、03年大会の男子平泳ぎで100㍍、200㍍をともに世界新記録で制した北島康介以来。北島は翌年のアテネ五輪でも両種目で優勝し、「水泳ニッポン」復活の原動力となった。

瀬戸は今回、まず200㍍個人メドレーを制したことで、晴れて競泳の五輪日本代表第1号となった。200㍍バタフライでは自己ベストをマークして銀メダルを獲得とレベルアップ。そして最後に400メートル個人メドレーで優勝し、世界選手権の日本勢では北島を抜いて単独最多となる通算4個目の金メダルを手にした。

競技へのポジティブな姿勢やさわやかなキャラクターで人気が定着している。世界選手権の賞金額は1位が2万㌦(約212万円)、2位が1万5千㌦と着実に稼いだが、所属契約を結ぶANAの他にも複数のスポンサーを抱え、多方面でしっかりとサポートを受けているのは一流の証。今年になって音響機器メーカー「BOSE(ボーズ)」のアンバサダーに就任するなど、今や世界に誇る25歳のスターとなった。

15年世界選手権では400㍍個人メドレーで1位になりながらリオ五輪では3位に終わった過去がある。さらに今回の世界選手権ではライバルとみられていたチェース・ケイリシュ(米国)の調子がいまひとつだった。瀬戸は「ここからが勝負。何が何でも金メダルという気持ちでやっていく」と五輪へ慢心は一切ない。脂の乗り切った瀬戸がけん引し、刺激を受けた若手らが伸びれば、過去のデータが示すように、前年世界選手権からのメダル増加が待っている。

高村收

著者プロフィール 高村收

1973年生まれ。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事