▽鬼の居ぬ間に‥

夏場所の朝乃山以外で20代の優勝者が出たのが9月の秋場所で、26歳の御嶽海が2度目の制覇を果たした。ただ両場所を振り返ると、夏場所で白鵬は全休(鶴竜は11勝4敗で朝乃山と対戦なし)、秋場所でも白鵬は2日目から、鶴竜も8日目から休場と不在だった。

もちろん優勝した力士たちには全く非はないが、この傾向は昨年から続いており、昨年11月の九州場所で貴景勝が初優勝した際には白鵬と鶴竜は全休、稀勢の里は途中休場だった。同7月の名古屋場所で御嶽海が初めて賜杯を抱いたときも白鵬と鶴竜が途中休場、稀勢の里は全休と対戦がなかった。こと白鵬に焦点を当てれば、横綱以外が優勝した場所で白鵬が皆勤していたのは2017年初場所の大関稀勢の里の初優勝にまでさかのぼる。まさに「鬼の居ぬ間に‥」の状態といえる。

先月の九州場所では白鵬が14勝1敗で43度目の制覇。場所中、朝乃山は「同世代の若い人たちで今年最後の場所を盛り上げていきたい」と話していた。11勝と健闘したものの、結果的に白鵬に3差を許した。白鵬と鶴竜にけがによる休場が目立ってきたことは寄る年波を感じさせるが、体調を整えて皆勤した場合にはまだまだ壁になっているというのが現状だ。

▽同情

白鵬の九州場所の取り口については、横綱審議委員会から苦言が飛び出すなど批判が起きた。多用した張り手や、前腕部を突きつけるようなかち上げが、横綱として見苦しいという意見だ。特に12日目は、対戦相手の遠藤が土俵で鼻血を出したこともありクローズアップされた。

一方、元大関魁皇で、現在は審判委員として土俵下から勝負を見守る浅香山親方は「反則でも何でもない。今は対戦相手が白鵬を怖がって何もできず、かち上げを食らって同情を買っている状態。情けない」と話す。ある三役力士も、遠藤戦の白鵬の攻め方について「全然OKでしょう。プロだから勝ちに徹するのも、(大相撲は)神事というのもどちらも正解。横綱にならないと分からないものもある」との見解を示した。

歴代最多の幕内在位107場所を誇る浅香山親方は若貴兄弟や曙、武蔵丸、朝青龍ら多くの横綱と激闘を繰り広げていた。「自分たちの頃は、横綱と当たるときには興奮して眠れないくらいだった。何としても倒してやろうってね。今の20代の力士からは、怖がることなく全力でぶつかるという姿勢が伝わってこない」と残念がる。

さらに同親方は「前への圧力があればかち上げは効かないし、張り手もできないものだ」と指摘。確かに九州場所で白鵬にただ一人、土をつけた大栄翔も右かち上げに対してしっかりと踏み込んでこらえ、すぐに突き、押しを繰り出して快勝した。3年前の名古屋場所では、白鵬の左張り手、右かち上げに対し、宝富士がそこまで体勢を低くせずに左からかち上げ気味に当たった。これで攻撃の威力を見事に封じて横綱を破った一番もあるように、さらに対抗策を練ることは有効だ。

▽社会状況

〝ミスターラグビー〟と呼ばれ、先見の明を持っていた平尾誠二氏は生前、「スポーツって社会にすごく影響を受けている」と語っていた。昔に比べて平均寿命が長くなっている昨今、日本は少子高齢化。加えて、子どもにある程度の学歴を望む社会状況などは、若手がベテランの横綱陣を崩し切れていない角界にも無関係ではなさそうだ。

中卒たたき上げの日本出身関取が減っている。九州場所の三役以上で25歳未満は貴景勝だけと、上位陣を〝若さあふれる〟とは形容しがたい。相撲界は、けんかっ早くて親の手に負えない子や、家庭の経済環境が苦しい子たちの受け皿になっていた面があり、その中から、親孝行やいい生活を夢見て厳しい鍛錬の末に出世する中卒の新弟子が多くいた。複数の親方によると、近年は「せめて高校までは出てほしい」と願う保護者が増えており昔とは事情が異なる。

医療などの技術発達も見逃せない。けがを負っても優れた治療法で回復したり、稽古を補助する有益なトレーニングが筋力維持の一助になったりと、力士寿命を伸ばす環境がある。自らの血液を利用した「再生医療」を施したことのある鶴竜は「昔と比べて30代でも元気に相撲が取れるようになった。体のケアやトレーニングは関係していると思う」と語り、時の流れに言及した。

▽義務

だからといって、白鵬と鶴竜がさらに年齢を重ねて衰えるのを待っているだけでいいのか。当然それでは寂しい。稽古をつけてもらった兄弟子を破ることが相撲界の「恩返し」であるし、先輩に勝って引導を渡すことは、ある意味で次世代を担う力士たちの義務だろう。

先人たちはポイントとして、普段の稽古を挙げる。亡くなった元横綱千代の富士の前九重親方はよく「なんでみんな白鵬のところに出稽古へ行かないのか。一番強い人のところに行けば当然力がつくのに」と指摘していた。普段から白鵬の胸を借りて身をもって相手を体感していれば、本場所で張り手やかち上げを受けたとしても対処が違ってくるかもしれない。元横綱大乃国で、日本相撲協会広報部長を務める芝田山親方は「今は稽古のときに土俵際で残さなかったり、全体的に番数も少なかったりする。自分たちが若い頃も〝新人類〟とか言われたけど、これが現代の関取衆ってことなのかな。土俵でいい相撲を見せないとお客さまはついて来ない」と危機感を口にした。

白鵬や鶴竜に果敢に挑み、自分たちの力で自分たちの時代を勝ち取ってみせる気概。次世代の力士たちが躍動して時代を動かす土俵には、男が体一つで大事を成し遂げる大相撲のロマンが漂い、伝統がしっかり受け継がれていく形も浮かび上がる。

高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事