まず、3月6~7日に兵庫で開催された男子テニス国別対抗戦・デビスカップの予選ラウンド「日本 vs. エクアドル」は、新型コロナウィルスの感染拡大を防止するために無観客試合で行われた。

無観客試合と決定したのは2月26日。会場となったブルボンビーンズドームの収容は約2500人で、昨年10月に右ひじの手術をした錦織圭の復帰戦になる可能性があったため、前売り券は2日間共に完売していた。だが、見込まれていたチケット収入約1800万円の払い戻しがプレイガイドを通して行われた。

無観客試合とはいえ、何とかホームの地で開催にこぎつけたことに、デビスカップ日本代表の岩渕聡監督は、厳しいスケジュールの中、毎週移動が伴う選手たちのことを考えて、ホッと胸を撫で下ろした。

「選手のことを考えると、やっていただいて助かりました。この後(移動制限の)リスクを考えると、ここ(日本)に集まるのが大変だったと思う。ここでデビスカップを戦っておけるのはよかった。これからスケジュールがずれたり中止になったり、あるいは(開催場所がアウェーの)エクアドルに変更になったりすると、より選手にとって負担になる。こういう状況(無観客試合)でやること自体も簡単ではなかったでしょうけど、とにかくITF(国際テニス連盟)とJTA(日本テニス協会)によって開催へこぎつけてもらったことを有り難く思っています」

また、ITF理事の川廷尚弘氏によれば、延期の選択肢はなかったという。
「ツアーカレンダーのことを踏まえて、延期は全然考えていなかったです。お客様に応援してもらいたかったですけども、やっぱり選手がプレーしやすい環境を作ってあげたかった。無観客試合を発表した時は、本当か、という反応が多かったが、ベストな決断だったと思っています。日本を含めて、35のタイ(対戦)があって、他の国にも影響があるので、慎重になる部分はあった、(今後に向けて、無観客試合は一つの)良いサンプルになるのでは。日本で開催されなかったら、他でも開催されなかったかもしれません」

無観客試合について、日本代表メンバーの内山靖崇は次のように語った。
「本当にたくさんの人が楽しみにしていたと思いますけど、テレビの前でたくさん応援してくれていると思うので、僕らチームとしては、しっかり結果を出すことが、見に来ることを予定していた方々へのお返しになると思うので、しっかり仕事をしたい」

一方、35歳の添田豪は、最年長のベテランメンバーらしいウィットに富んだコメントで、記者会見場にいる人たちをわかせた。
「無観客みたいな試合を、僕は何回もしてきたので、特に違和感はないですし全く問題ないです」

実際、添田の発言は冗談ではなく事実である。錦織が2008年に日本代表入りする以前のデビスカップの会場はガラガラだった。熱心なテニスファンだけが足を運んでいたが、応援によるホームコートアドバンテージはほとんど無いほどで静かな会場だった。さらに付け加えるのなら、取材に来ていたメディアは、テニス専門誌関係とごく一部のスポーツ新聞社だけで、新聞の一般紙や通信社が取材に来ないのは日常茶飯事だった。

兵庫でのデビスカップの会場へ入場する際、大会運営スタッフやメディア関係者には検温が行われ、マスク着用が必須とされた。また、試合中には、ボールパーソンが手袋を着用しながらテニスボールを選手に渡し、タオルは直接手渡しせず、かごを使用した。

■世界のテニス大会は次々延期・中止へ

デビスカップが終了した翌週(3/9の週)には、新型コロナウィルスが及ぼすテニス大会への影響がより色濃くなり始めた。

日本では、女子テニス国別対抗戦・フェドカップのプレーオフ「日本 vs. ウクライナ」が、4月17~18日に大阪で開催予定だったが延期。同時に、日本戦だけでなくプレーオフの全対戦および、フェドカップ・ファイナルズ(ハンガリー・ブダペスト、4月14~19日)も延期となった。

さらに、ワールドプロテニスツアー(男子ATP、女子WTA)にも暗い影を落としている。
3月9日には、カリフォルニア州の緊急事態宣言を受けて、インディアンウエルズ大会(アメリカ、3/11~3/22)が中止となった。
インディアンウエルズ大会は、テニスの4大メジャーであるグランドスラムに次ぐグレードの男女共催大会で、ロサンゼルスから車で2時間ほど内陸に入った砂漠地帯のオアシスにあるリゾート地で毎年開催されており、大坂なおみらが出場を予定していた。

「大会が開催されないことを大変残念に思います。しかし、地元コミュニティー、ファン、選手、ボランティア、スポンサー、大会関係者、業者、大会に関わるすべての皆様の健康と安全が、最優先であり重要なのです。われわれは、他の日程で大会を開く準備をし、さまざまな選択肢を模索していきます」(インディアンウエルズ大会 トーナメントディレクター トミー・ハース)

そして、3月12日に世界保健機関(WHO)が、新型コロナウィルスのパンデミック(世界的大流行)を宣言したため、プロテニスツアーが受ける今後の影響は甚大なものになった。

3月13日には、インディアンウエルズ大会と同じグレードのマイアミ大会(アメリカ、3/24~4/4)の中止が決定し、マイアミオープントーナメントディレクターのジェームズ・ブレークは次のように語った。

「われわれは、今回もワールドクラスの大会を(マイアミで)開催できることを楽しみにしていました。でも、われわれの優先順位が、マイアミオープン、そして、サウスフロリダのコミュニティーに関わるすべての人の健康と安全であることに変わることはありません。
元選手として、そしてトーナメントディレクターとして、選手、ファン、パートナー、そして、大会準備のために精力的に作業してくれた大会スタッフの落胆ぶりを理解しています。理解を示し、サポートをしてくれた皆様に感謝します。2021年3月22日から4月4日に、ハードロックスタジアムに戻って来るのを楽しみにしましょう」

さらに同日に、男子プロテニスツアーATPは、今後6週間(3月16日の週から4月20日の週)のツアーを中断することを決めた。ツアーより一つ下のグレードのチャレンジャー大会も含まれている。

「軽はずみに決断できることではありませんでした。大会、選手、世界中のファンに多大な損失が伴うからです。けれども、これは、世界的大流行であるパンデミックという局面において、男子選手、スタッフ、あらゆるテニスコミュニティー、そして、一般市民の健康と安全のために、今とるべき責任ある行動だと信じています。われわれのスポーツ(テニス)は、ワールドワイドであることが本質にあり、世界中を旅することが必要とされ、今日のような環境では多大なリスクとチャレンジも伴います。さらに、各国からの入国制限も増加しつつあります。われわれは、日々の状況を注視し続けます。状況が改善し、ツアーを再開することを楽しみにしています。それまでの間、われわれの思いと願いは、ウィルスの影響を受けたすべての人々と共にあります」(ATPチェアマン アンドレア・ガウデンツィ)

一方、女子プロテニスツアーWTAは、インディアンウエルズとマイアミに加えて、5月2日までツアーを中断すると決定した。

「コロナウィルスの感染拡大から安全と健康を確保するため、また、アメリカが実施したヨーロッパからの入国拒否を受けて、マイアミとチャールストンの大会を中止します。大会に関わる選手、スタッフ、ボランティア、そして、ファン、さらに一般市民の健康を守ることより大事なものはありません。われわれは落胆していますが、公共の健康と安全に関する決断は、何よりも優先すべきことなのです。WTAは、女子選手と大会のリーダーと一緒に取り組んでいきます。数週間のうちに、(4月から)これから始まるヨーロッパクレーシーズンに関しても何らかの決断を下すことになるでしょう」(WTA CEO スティーブ・サイモン)

加えてITFも、男女のツアー下部大会、ジュニア大会、車いすテニス大会、シニア大会、ビーチテニス大会を4月20日の週まで行わないことを発表している。
ATPツアーは1月第1週から11月中旬まで、64大会が開催され、30の国や地域で開催され、WTAツアーは、1月第1週から10月最終週まで、55大会が開催され、29の国や地域で開催されており、男女共にワールドプロテニスツアーとして確立されている。年間スケジュールにビッシリと大会が埋め込まれ、毎週のようにどこかの国のどこかの都市で、大会が行われている状況だ。

世界中を移動するプロテニスプレーヤーにとっては、今後各国が実施する可能性のある入国制限や入国拒否は、死活問題にもつながりかねない。だが、現状としてはまだワクチンが無く、有効な治療手段がない未知の部分を含む新型コロナウィルスが相手で、目に見えないウィルスと対峙していくということさら難しい状況下にある。健康第一の選手がウィルスのリスクにさらされるだけでなく、世界を飛び回る選手自身がウィルスの運び屋になってしまったら目も当てられない。

■どうなる東京オリンピック。生じるリスクと選手の負担

ここまでテニスだけでなく国内や海外のさまざまなスポーツ競技の大会やリーグ戦が、中止や延期になっている昨今、東京オリンピックだけが、未だに開催ありき一択で話を進めようとしていることに凄まじい違和感を覚えるのは私だけではないだろう。

もちろん理想としては、東京オリンピックが今夏に予定どおり開催されるのが望ましいが、パンデミックになった以上、日本の事情だけを押し付けるわけにはいかない。
仮に今後、日本で新型コロナウィルスの流行が収まったとしても、感染の時間差によって、世界各国では依然として予断を許さない事態が続いているかもしれない。

たとえ開催されたとしても、これまでの影響を踏まえると、今後、オリンピック出場を辞退するプロテニスプレーヤーが増えるのではないだろうか。
ただでさえ、オリンピックのテニス競技が行われる日程(7/25~8/2)は、北米ハードコートシーズンの真っ只中で、グランドスラム最終戦・USオープン(8/31~9/13)を控える大事な時期なのだ。もとより時差の大きい日本への遠征は、多くの選手にとって負担が大きい。   

現状で来日するリスクを冒すのは、よほどオリンピックが大好きな選手ぐらいではないだろうか。もし出場辞退をする選手がいたとしても、それがプロフェッショナルとして下した選択ならば、それを咎める理由は全く無い。あくまで選択は、プロテニスプレーヤー各々の判断に委ねられるべきで、ましてや今回は、命に関わる選択になるかもしれないのだから……。

そういえば、東京オリンピックでは、日本の新聞4社が、東京2020スポンサーシップ契約を締結しているそうだが、今こそオフィシャルメディアとしての手腕を発揮すべきで、オリンピック開催可否や延期を、冷静かつ中立の立場で論じられるのかにも注目したい。本当に“選手ファースト”なのか、単なるメッキなのか、スポーツファンや日本国民が置き去りにされていないのか、パンデミックの中で、メディアの真価が問われていくのではないだろうか。

4月からワールドプロテニスツアーの舞台は、ヨーロッパでのクレー大会が中心になるが、さらにヨーロッパ各地で開催されるプロテニス大会の中止や延期が増える可能性もある。
もしかしたら、グランドスラム第2戦のローランギャロス(フランス・パリ、5/24~6/7)や第3戦のウィンブルドン(イギリス・ロンドン、6/29~7/12)にも何かしらの影響が及ぶかもしれない。

まだまだ先行きが不透明な時間が続き、不安が募るばかりかもしれないが、何よりも命に関わることなのだから、国境や人種の違いにこだわることなく、地球人類の勇気と英知を結集して、新型コロナウィルスに立ち向かい、未来への道を切り開いていきたい。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。