そうしたなか、オリンピックの延期が決まってから感染者数が急増しているという指摘も聞かれる。実際は、延期を決めたから急増したというよりも、急増するのがわかってきたから延期を急いだという方が正しいかもしれないが。

事実、現状で東京オリンピックなど夢のまた夢である。来年の夏といえども満員の会場で君が代が流れる映像など想像できない。それでも、日本は来年の東京オリンピックに向けて金と時間をかけて準備をしていかねばならない。

なぜ、そんなことになったのか?その疑問に答えるべく史上初の五輪延期決定の舞台裏を取材した。

■IOCは超インテリ集団

日本政府からの提案を受けて延期を決めた国際オリンピック委員会(IOC)。安倍総理とのトップ会談が設定され、総理から延期を提案されたIOCのバッハ会長は心の中で小躍りして喜んだに違いない。オリンピックの延期は史上初の非常事態、いまや世界最大のイベントといってもいいオリンピックを主催するIOCにとって厳しい決断だった。そのIOCが場当たり的に、選手や競技団体に押し切られて延期を決断したと思う人がいるかもしれないが、そんな軟な組織ではない。IOCは法務部門もマーケティング部門も契約部門も、世界トップクラスの頭脳を集めた世界有数の超インテリ集団なのだ。

世界のスポーツに目を向ければ、競技によっては2月下旬から3月初旬にはすでに大会の延期が決まり始めていた。IOCは表向きには「通常開催」と強硬に主張しながら、延期や中止のシナリオをちゃんとシミュレーションしてきたのだ。

■計算された延期の決定

なぜ「通常開催」を強硬に主張する必要があったのか?それはいまの日本を見てみればすぐわかる。新型コロナウイルスの影響で飲食店の休業を要請するのかと思いきや、なかなかできない。そこに「休業補償」の問題が出てくるからだ。感染症の責任を誰に問うか、そんなのは愚問である。天災なのだからと、国ですら責任を取りたがらないのが実情だ。

IOCは、中止した場合や延期した場合、さらには1年の延期2年の延期など複数のシナリオでプラスとマイナスを試算していた。その際、一部保険を請求することも想定し、スポンサーや放送権者への補償も計算した。保険ひとつとっても主催者が一方的に中止して保険金を受けとることができるか、考えてもらいたい。自分から中止といえば、責任の矛先がどこに向くか考えてもらいたい。

IOCが批判を受けながらもじっと待っていたのが、アスリートからの声と日本側からの提案なのだ。言い方はよろしくないかもしれないが、IOCは「アスリートファースト」という言葉を巧みに利用する。誰が見たって、選手は安心して練習できないし、大会もどんどん中止になる。しかし、それでは足りない。中止や延期を訴える声がないと。アスリートにおされて延期を決めることに意味があったというわけだ。さらに、安倍総理がトップ会談を求めてきた。政府おかかえの報道機関は、安倍総理が主導して延期を決めたと真顔で言っているが、頭がお花畑というほかはない。実際は日本から求めたことでIOCは責任を日本におっかぶせることにまんまと成功したわけだ。

■まとめあげたIOC

以前の原稿でも指摘したが、4年間で6000億円以上といわれるIOCの収入の柱は夏のオリンピック。その中止はIOCにとって最悪の選択肢でIOCは倒産するといってもいい。

IOCが恐れたのは、開催都市である東京がオリンピックを辞めるといいだすことだった。マラソンの一件以来、小池都知事は何を言い出すかわからないと疑心暗鬼があった。大会組織委員会の幹部からは膨大な準備が増えることに「延期は最悪の選択肢、中止しかない」という声が漏れていた。だからこそ、IOC主導で延期を決めることには慎重だった。しかし、日本側にとってオリンピックは政権浮揚の重要なカギ、それは国政にとっても都政にとっても同じだった。

アスリートの声を受けて、さらに日本側から、それもG7のリーダーの1人安倍総理から1年程度の延期が望ましいと後押しされて決めた延期。時間を稼いだ間に、スポンサーや放映権を持つテレビ局など、いわゆるステークホルダーからも延期でコンセンサスを得ることに成功した。ほぼすべての利害関係者を1年延期という同じ方向性にまとめ上げたIOCは、こうした人たちみんなを“延期”という名の船に乗せて出航させてしまったのである。

■祈るような気持ちで

ここでかならずツッコミが入るだろう。来年も新型コロナウイルスの影響が続いていれば結局開催は無理だろうと。そのとおりである。不運なことに延期を決めたときには、まだ楽観論があった。かつてのSARSやMARSのように気温が上がり湿度が高まれば終息に向かうという希望的な観測があった。しかし、高温多湿なインドネシアや南半球のブラジルなどでの感染拡大は、その希望を打ち破りつつある。

それでも、すでに日本全体が船に乗ってしまっている。しかも、言い出しっぺとして。オリンピックをやめるタイミングを逸した日本は、これから3000億円以上ともいわれる追加の経費を負担しながら2021年7月23日に向けて全力疾走していくことになる。あえて全力疾走と書いたのは、わずか1年で全部の準備をすることなど想像を絶する仕事量だからだ。航海を始めた以上、目的地に着かなければ大損である。もちろん途中で沈没でもしようものなら目も当てられない。

安倍総理は東京オリンピックをして「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証」としたいと世界に大見得を切った。緊急事態宣言の下でも、大会組織員会をはじめ多くの人たちは感染の終息を祈るような気持ちで準備を続けている。その努力が報われる未来となるよう、最も大きな責任を背負わされたことを総理は自覚しなければならない。

東京オリンピックを中止にできない理由(後編)

複雑に絡み合うステークホルダーの存在、そしてIOCが倒産しないためにもオリンピックの中止が最悪のシナリオだということは前編でご紹介したとおりだ。

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東京オリンピックを中止にできない理由(前編)

無観客で行われているプロ野球オープン戦、そして3月20日に予定されていた開幕の延期、Jリーグも開幕節のあと延期が続いている。NHKで見る無観客の大相撲中継はまさに異様だ。そしてセンバツ高校野球まで中止となった。

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VictorySportsNews編集部