現在、プロテニスプレーヤーの世界ランキングは、3月16日の時点で凍結されている。普段なら大会に出場し、試合に勝利して賞金を獲得するプロテニスプレーヤーだが、活動停止によって収入を得ることができない状況が続いている。特に、シングルス200位以下の選手や、ダブルスに専念して活動するダブルススペシャリストの選手は、多くの場合経済的に苦しい状況に追い込まれている。

■ランキング下位選手の救済措置を発表

この状況を受け、4月21日、ランキング下位選手の経済的救済として、ATP、WTA、ITF、そして、テニス4大メジャーであるグランドスラムの、オーストラリアンオープン、ローランギャロス(全仏)、ウィンブルドン、USオープンの合計7団体が、未曾有の困難に直面している選手を救済する「プレーヤーレリーフプログラム」を起ち上げると発表した。

5月上旬には、各団体や選手からの寄付金によって、基金には600万USドル以上の資金が集まったといわれている。男女約800人のシングルスおよびダブルス選手が金銭的な支援を必要としているといわれ、受給資格は、ランキングと過去の獲得賞金によって決まり、対象選手1人には7500ドルの援助がされる。

さらに、ITFは、5月18日、501~700位の選手を救済する追加支援策を発表し、6月2日開催予定のITF理事会の後、正式発表する見込みだ。ITF会長のデビッド・ハガティ氏は次のように述べている。

「ITFの道を駆け抜けていく才能ある選手たちが、今のように先が見えない時間にも、彼らの(テニス)上達を継続できるように、われわれは尽力を惜しみません。これは単なる包括的なアプローチではなく、時間がかかるものだと認識しています」

そもそもランキング下位選手の救済については、男子プロテニストッププレーヤーとして長年世界のトップレベルで活躍し続けているロジャー・フェデラー(4位、スイス)、ラファエル・ナダル(2位、スペイン)、ノバク・ジョコビッチ(1位、セルビア)、いわゆるテニスの“ビッグ3”の呼びかけが発端で、プレーヤーカウンセルも務める彼らが、いち早く選手の立場から動いたのだ。

プロテニスプレーヤー同士、いわば同業種人間同士での救済であることが特異で、しかもグローバルなスポーツであるプロテニスの特殊性ゆえ、国籍、人種、性別に関係なく世界的な規模での救済が行われていることに拍手を送りたい。未だに、マスクや給付金をほとんど日本国民に届けられず、コロナショックの非常時になってさえも、国民の立場になって早急な救済ができない日本政府とは大違いだ。

■選手の反応は

プロテニス界は、男女共に実力主義に基づいたヒエラルキー(ピラミッド型の階層構造組織)があり、上に行けば行くほど、多くのランキングポイントを獲得でき、得られる賞金も高額になっていく。

例えば、男子の賞金で例を挙げてみると、あるグランドスラムの場合、1回戦敗退の賞金は5万8000ドル(USドル、以下同)、優勝賞金は385万ドル。グランドスラムやATP大会では選手の宿泊費は大会側の負担になり、勝ち続けている限り、選手分の支払いは必要ない。

一方、ツアー下部のITF主催一番下のグレードの1万5000ドル大会(ITF大会は賞金総額によって大会グレードが区別される)の場合、1回戦敗退の賞金は156ドル、優勝賞金2160ドル。宿泊費も選手の自己負担になり、ランキング下位選手は、海外渡航費も含めると赤字になることが多い。

また、2019年の年間獲得賞金で比較すると、フェデラーは871万6975ドル、300位台のある選手は約2万6000ドルだ。さらにフェデラーのようなトッププレーヤーは、スポンサー契約による副収入も巨額だ。アメリカ・フォーブス誌によるスポーツ長者番付2019で、フェデラーは、世界5位で9340万ドル(テニス選手の中ではトップ)。ちなみに、日本を代表するプロテニスプレーヤーである錦織圭は、世界35位で3730万ドル。まさに世界有数の億万長者である。トッププレーヤーとランキング下位選手には、テニスの実力だけでなく、経済面でも大きな差があるのだ。

プロテニスは、純然たるプロフェッショナルの勝負の世界であり、グレーな部分はなく白黒がはっきりつく。つまりテニスには引き分けがなく、勝つか負けるかだけであり、生き残りをかけたプロの厳しい世界が確かに存在している。

日本を代表するプレーヤーの1人である奈良くるみは、「素晴らしいと思います。トッププレーヤーが自分のこと以外に、これからのテニス界のことを考えて行動に移しているのを見ると、どのプレーヤーも勇気が湧くと思います」と救済プログラムを賞賛している。人道的な観点からも、困窮している人々に手を差し伸べる素晴らしい取り組みであることは間違いない。

だが、この救済プログラムに異議を唱えたのが、ドミニク・ティーム(3位、オーストリア)だ。“ビッグ3”から覇権を奪取しようとしている代表格選手の1人だ。

「生きていくのに困るようなテニスプレーヤーは、(ランキングが)下の方の選手にもいない。しかも、テニスに情熱を注いでいない選手、プロとも言えないような選手はたくさんいる。なぜ僕らが、そういう選手たちにお金をあげなくちゃいけないのか、よくわからない。それなら、別で、本当に困っている人や組織に寄付したい。僕らトッププレーヤーは誰かに何かを与えてもらってトップになったわけではない。みんな自力で這い上がって来た。今後も、自分の仕事が順調に行き、多くのお金を稼げる保証なんてない」

このティームの意見は、プロフェッショナルの真剣勝負の世界に身を置く彼だからこそ発言できたのであり、実に的を射た正論の1つだ。日本女子の中堅的な選手である尾崎里紗は、救済案に理解を示しながらも、「でも、ティームの発言も正しいのでどちらが良いのか難しいです」と正直に語る。

■“コロナ引退”を生まないために

ただ、ティームの言い分は、“通常時”なら、プロテニスプレーヤーとしての正論なのだが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が起こっている“非常時”においては、100%の正論とは言い切れないのではないだろうか。やはり困っている人がいるのならば、できるだけ手を差し伸べるのが、人類の慈しみであり、人間が進むべき道だと思える。

また、日本男子テニス選手たちの次のような意見もある。世界のトップ100入りをしてツアーで奮戦している内山靖崇の思いは少し複雑だ。

「救済案に関しては、僕らトップ100の選手たちも下位の選手たちへお金を払うのはちょっと違うのではないかと思います。下位の選手たちの救済の案に関しては素晴らしいと思うのですが、僕らが払うお金は、チャレンジャーやフューチャーズを開催するための補助金にするなど、そういった方法に使うなら大賛成です」

さらに、ツアーに定着して活躍し、錦織圭の背中を追いかけている西岡良仁は、選手としてだけでなく、自らが所属する全日本男子プロテニス選手会(JTPU)の立場から、日本男子テニス界の未来を救済したいという西岡らしい強い思いがある。

「下位選手への救済ですが、アイデアそのものは良いと思うこともありますが、細かい内容に関しては慎重な意見です。そもそも彼らトップ選手が100位以内の選手たちに要求する金額を決めるという部分で、もう少し各選手の金銭的状況を考えてから算出すべきだったのではないかと考えています。僕個人の意見としては、ランキングに関係なく海外選手と同様に日本人選手ももちろん大変なので、自国の選手たちに対して選手会(JTPU)などを通じてサポートしたいと思います。まずは自国から行うべきだと思っています。その後世界に目を向けていくのが順当なのかと思いました」

プロテニスツアー再開の目途はまだたっていないが、今後はもしかしたら“コロナ引退”も発生するかもしれない。選手それぞれで事情は異なるかもしれないが、経済的打撃による
引退かもしれないし、年齢による引退かもしれない。特に30代半ばになろうとしている選手にとっては本当に死活問題だろう。中には、経済面や体調面だけでなく、モチベーション自体を維持できなくなってテニスラケットを置くこともあるかもしれない。

今回の救済は、テニスの未来につながるものとして、選手をはじめ多くの人々から理解が得られて実現している。少しでも多くのプロテニスプレーヤーが、“コロナ引退”から免れて、救われることを願いたいし、2020年代に明るい未来が待っていると信じたい。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。