■赤字の原因は、広告費の落ち込みと人件費の高騰だけではない

そもそも、この赤字額はどんな規模なのか。他のJ1クラブは、2018年純損益額の平均が5900万円、鳥栖以外のもっとも赤字を計上したサンフレッチェ広島でも2億7700万円と、鳥栖の半分以下。また鳥栖がJ1に昇格した2012年以降、2013年度は2億9900万円、2014年度は3億6000万円の赤字を計上している。そのため2014年度は資本金を6億500万円から8億9000万円に、2018年度には11億8900万円に引き上げ、債務超過を防いできた。

2018年度のJ1で資本金の額は鹿島アントラーズの15億7000万円、コンサドーレ札幌の12億8700万円に続く3位だが、大手企業が背後で支える鹿島や、1万3000人を超える会員数を誇る持ち株会を有する札幌とは基盤が違っている。

2019年度の鳥栖の赤字の原因は、広告費の落ち込みと人件費の高騰という要素がある。しかしながらその根本理由を考えると、急に大手スポンサーが業績悪化でもないのに撤退し、その代わりが見つからなかったという点、また有名選手を獲得しながら2019年度の広告収入に結びつかなかった点、さらに2年連続、シーズン途中で監督交代をしなければならなかったという点などが浮かび上がる。特に、2018年度は金明輝の下、何とか残留を果たすことが出来たが、2019年度は日本で初めて指揮を執るルイス・カレーラス監督を招へいし、再び降格の危機にさらされ、再度金監督を登板させるという失態を見せた。ここ数年の鳥栖は、基礎がしっかりしていない土台の上に豪華な家を建設しようとして、建物がゆがんでしまった状態と言えるだろう。

参考:サガン鳥栖「クラブ経営情報開示資料(2019年度版)」より。2019年度は目に余る数値が並んでいる

■クラブの存続可能性は高いが、未来は明るくない

では果たして鳥栖は生き延びることが出来るだろうか。財政的な不安はありつつも、クラブとしての存続の可能性は高い。その理由は、累積赤字を計上していないこと。これは増資して帳簿上の赤字を消しているからで、竹原稔社長が個人で負担したのではないかと推測できる。そのおかげで運営会社としては累積赤字の解消を考えずに今季に臨むことが出来る。

また、新型コロナウイルスの影響で、今期のJ1リーグは降格がなく、また今年度の決算はJリーグの3期連続赤字や債務超過の場合に下部リーグに降格させるという財務規定に縛られない。もし今年が通常どおりの運用で、鳥栖が赤字体質を改善できなければ規定では来季、J3に降格するところだった。J1とJ2、J2とJ3はそれぞれ売上に3倍程度の差がある。鳥栖にとってビジネスチャンスを獲得するためにもJ1に留まり続けられることの意味は大きいだろう。うまくいけば、年度別収支は大幅に改善できるかもしれない。

ただし、だからと言って鳥栖の未来が明るいかというとそうでもない。竹原社長は今期のチーム人件費を11億6900万円にすると語っているが、2018年度は26億7000万円。同年度の各クラブの中で6番目に人件費にお金を割いている。また、今期の広告収入は9億5500万円という予算だとしたが、2018年度のJ1で広告収入が10億を下回ったクラブはない。それだけ鳥栖の集金力に陰りが見えているということになる。

ということは今後の補強は難しくなっているということだ。つまりこのままだと、鳥栖はゆっくりと下降していく。それを防ぐために一番必要なのは財政基盤の強化であり、そのためには大スポンサーとの長期契約を結ぶか、経営参画してもらうというのが一般的な方法となるだろう。竹原社長はここまで赤字分を埋めて頑張ってきたとは思うが、今回は残念ながら時代の流れに乗れなかった。

■クラブだけではなく、Jリーグにも問題アリ

この鳥栖の問題についてはJリーグの責任も考えなければいけないだろう。Jリーグは年1回、各クラブにどのリーグまで所属することができるかというライセンスを発行している。その審査項目の中には「財務基準」も存在する。申請者であるクラブは、予算及び予算実績、財務状況の見通しを知らせなければならないし、ライセンスを交付した年度で財務状況に影響を及ぼすような経済的重要性のある事象が生じた場合は知らせなければならない。特に2018年度に他のクラブの倍以上の赤字を出していた鳥栖に対しては、より厳しい監査の目が向けらなければいけなかった。

1998年に起きた横浜マリノスと横浜フリューゲルスの吸収合併以降、Jリーグは各クラブの財務状況に目を光らせていたはずだ。また2013年にはヨーロッパサッカー連盟(UEFA)でも「ファイナンシャルフェアプレー」が導入され、世界的にサッカークラブの財政健全化が図られている。なお、UEFAの「ファイナンシャルフェアプレー」では、オーナーの赤字補填も認められていない。ところが今回、単独クラブに年間20億円以上の赤字が出てしまったことで、Jクラブへの信頼感やJリーグそのものへの不安が生じた。もしシーズン途中で破綻していたならば、「リーグ戦安定開催融資制度」の総額10億円を使ったとしても(規定では1クラブ3億円が上限)、リーグ戦が開催できなくなっていた。

現在、Jリーグは再開のために全力を注いでいる状況だろうが、再びリーグ戦・カップ戦が軌道に乗った後は、この巨額な赤字が生じていたことをJリーグはなぜそのままにしていたのか、説明しなければならないだろう。

Jリーグを対象として開催されているtotoは、これまでの収益約1933億円を、スポーツ競技水準の向上や、地域のスポーツ施設の整備などに使ってきた。Jリーグが、サッカーだけではなくて他のスポーツ団体の一部を支えているという現状を鑑みると、今回の鳥栖の問題は単に一企業の話として終わらせず、Jリーグの問題として考えるべきだろう。


森雅史

佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでいるが新型コロナウイルスの影響で2020年度はどうなるのか不安になっている。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。