SNSが番記者代わりに

この日は稽古と往診の二段構えで配信が行われた。9時から稽古の様子が流れると、視聴者数は100人以上になり、最後までその数を大きく減らすことはなかった。稽古の内容を解説する音声などはない。終盤にさしかかり、力士たちが相撲錬成歌を合唱するときには、一度減りかけた視聴者数が盛り返した。配信後も映像はTwitter上で再生できるようになっており、現在までに9000人以上が視聴した。

土俵の掃除が終わる頃、鳴戸親方によるこの日の振り返りのインタビューへと移った。聞き手は、マネージャーの成田さんだ。
(以下、一部抜粋)

Q.最近パフォーマンスが良い力士はいますか?
鳴戸親方:最近ようやく練習ができるようになってきて、体調が十分戻ってきていないと思うけど、みんな少しずつ良くなってきていると思う。

Q.若い力士を多く抱えていますが、どのようなことを気にされていますか?
鳴戸親方:外に出られずにストレスもたまっていると思うので、解消できるように良く話をするようにしている。

Q.部屋頭の欧勝竜についてはいかがですか?
鳴戸親方:まだ腰の痛みがあるので、ストレッチなどできることをしている。

Q.最近成長が見られる力士は?
鳴戸親方:川村。自分から考えて動くようになってきている。


と、番記者さながらの質問で、ファンに部屋の雰囲気や情報を届けていた。
Twitter上からは、「もっと腰を落として」「頑張って!」とファンからのコメントが届いた。練習見学に来るよりも気軽に声援を送ることができるこの方法は、新しい応援様式としてスタンダードになっていくのかもしれない。

ライブ往診というファンコンテンツの新しさ

鳴戸親方は、2019年10月に現役時代から故障を繰り返してきた膝の幹細胞治療を行なった。自身の脂肪細胞から培養した幹細胞(未分化前の細胞)を患部に注射し、修復力を高める治療法だ。治療直後から歩くことができ、今年の2月の取材時にはまわしをつけ、弟子に自ら稽古をつける様子も取材している。

主治医であるお茶の水セルクリニックの寺尾院長、齋藤先生が白衣で画面に表れ、術後の経過を尋ねていった。

齋藤先生:痛みはありますか?
鳴戸親方:痛みはないが、たまにギシギシ感があります。

齋藤先生:治療によって一番変化が出た部分はどういったところですか?
鳴戸親方:怖さがなくなりましたね。

寺尾院長:ずれる感じはありますか?
鳴戸親方:ずれる感じはないけど、疲れたときは少し気を遣って動かすようにしています。
寺尾院長:幹細胞治療は注射後から徐々に数が増えていき、中の状態が良くなっていきます。膝の中が動きやすくなってくると、より脱臼もしにくくなっていくので、このまま動かし続けてください。関節を動かすことで周りの筋肉も鍛えられ、より力を入れやすくなってくるはずです。


鳴戸親方が膝にいいストレッチを尋ねると、寺尾院長が紹介したのが「ぶらぶら運動」と呼ばれるもの。椅子に腰掛け、つまさきが床につかない高さになるよう、太ももの下にタオルを挟むなどして足を持ち上げる。そのまま膝を支点に振り子のようにして、重力に任せて足をぶらぶらと揺することで、関節自体を伸ばすストレッチ効果があるという。

本記事末のリンクより「ぶらぶら運動」の詳しいやり方が確認できる。(動画の8’07”~)

鳴戸親方本人のブログでは、3週間ほどの間に200km以上を歩いているという。近い関係者には、「20km以内は徒歩圏内」と話しているようで、術後の経過は順調そうだ。今も現役時代ほどではないものの、筋力トレーニングを行なっていると話すと、両医師から感嘆の声が上がった。

さらに、最近関節に痛みを感じているという若い衆の相談にも答えてくれた。

以前稽古中に膝の外側に体重をかけてしまい痛めたという深沢は、今も膝に違和感があるという。寺尾医師による触診が始まり、足首と膝の向きに気をつけるようアドバイスが送られた。
また、稽古中に肩から「パキッ」と音がして痛みを感じたと話すと、関節を安定させるためには、インナーマッスルも鍛えるようにと齋藤医師。アウターの筋肉を鍛える負荷の強い筋力トレーニングだけではよくないという助言に、思わずなるほどと思った視聴者も多いのではないだろうか。

通常、ファンがアスリートと医師の会話を聞く機会はほとんどない。リアルな接点での交流の場がなくなったことで、今まで以上に濃い情報発信が生まれていた。

タッチポイントを部屋の努力で生み出す

鳴戸部屋では、15人の力士と呼出、行司が寝食を共にする。稽古前は毎日の検温、体調チェックシートへの記載、不要不急の外出禁止といったルールが設けられている。稽古後の食事も、見学者と一緒にちゃんこ鍋を囲む慣習も今は行なわれておらず、一人一人の皿に盛られ、静かに食べる。

ぶつかり稽古は師匠の判断で取り入れることが許され、鳴戸部屋でもマスクをつけずに行なう様子が配信された。ほぼ活動自粛前の稽古内容に戻ったものの、鳴戸部屋の特徴でもある、親方自ら土俵に立って稽古をつけることはできていない。外出を避けられない親方は、他の力士たちより感染リスクが高いからだ。

当初7月から予定されていた名古屋場所は、遠距離の移動を避けるために東京・両国国技館での無観客試合を目指すという方針が日本相撲協会から発表されている。

巡業やメディアに頼らない発信で、どのようにファンをつなぎとめていくのか。企業やチームにとってSNSの強みは拡散、つまり偶然の出会いを生み出すことにあると考えれば、むしろこれを好機に新規ファンを獲得することも十分に可能だ。相撲×SNSの盛り上がりが、今後の角界人気を左右する。

「お茶セル体操~セルフストレッチ&筋トレ~」YouTube動画へ

【VICTORYクリニック】第七回「幹細胞治療後の稽古場に密着」元大関琴欧洲は今日も土俵に立つ

初場所13日目の朝。東京都向島にある鳴戸部屋を訪れた。元大関琴欧洲、現鳴戸親方が2019年6月に構えたばかりの稽古場では、毎朝親方自身が土俵に立つ。右膝にサポーターをつけているが、痛みを気にする様子はない。昨年幹細胞治療で相次ぐ膝の脱臼治療を行った鳴戸親方に、経過を伺った。

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【VICTORYクリニック】第六回「脱臼後の関節治療」:元大関琴欧洲が感じた、アスリートが幹細胞治療を選択するメリットは

ブルガリア出身力士として人気を博した、元大関の琴欧洲(現・鳴戸親方)が行った「幹細胞治療」が角界で話題だ。現役時代に何度も苦しめられた膝の脱臼治療に、引退後5年で踏み切った理由、そして幹細胞治療選択の決め手は。主治医である、お茶の水セルクリニックの寺尾友宏院長とともに話を聞いた

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小田菜南子

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