現在の日本女子テニスでは、テニス4大メジャーであるグランドスラムで2回優勝した大坂なおみ(WTAランキング10位)が実力的に突出しているが、若手を含めたその他の日本女子選手が、世界のトップ10レベルで活躍できそうな気配はなかなか感じられない。
この厳しい現状と日本女子テニスの将来を危惧した伊達さんは、「覚悟を決めて一歩を踏み出した」という決意をもって、ジュニアプロジェクトを始動させたのだった。

 そして、第5回目のジュニア合宿(6月20~21日、東京・スポル品川大井町インドアテニスコート)では大きな転機を迎えることになる。日本テニス協会(以下JTA)からのサポートと、JTAオフィシャルスポンサーになった大正製薬株式会社からの協力も得られることになったのだ。

「強力なサポートを得ることができ、これからのジュニアたちにとっても、非常にいい経験を積んでいけることができるのではないかと考えています」(伊達さん)

 JTA専務理事の福井烈氏は、「伊達さんの熱意と、このプロジェクトの方針に深く共感してサポートさせていただくことになりました」とサポートの理由を語る。

 さらに、大正製薬は、2020年に新設される国際テニス連盟(ITF)公認のジュニア大会「リポビタン国際ジュニア supported by伊達公子×YONEX PROJECT」(11月30日~12月6日、愛媛県松山市・愛媛県総合運動公園)の大会冠スポンサーを務めることにもなった。日本では8番目のITF公認ジュニア大会となる。

「ひとりの力でできることは限られている」と語る伊達さんは、ジュニアプロジェクトが2年目に突入したタイミングで、JTAと大正製薬の中長期的な視野に立った理解とサポートが得られたことに感謝すると同時に、大いなる未来への希望を抱く。

「何よりもジュニアたちが、より良い環境で、いい経験を積めるように、私自身も最大限のサポートをしていきたいと思います。それが、いずれは日本のテニス界のためにもなると信じています」

選手から教える側になった伊達さんの能力は未知数で、新たなる挑戦

 ジュニア合宿では、伊達さんが、選抜されたジュニア選手、成田百那、奥脇莉音、山上夏季、永澤亜桜香に対して、1人ずつ時間をかけて丁寧にアドバイスをし続けている。この4人を成長させてグランドスラムのジュニアの部へ出場させるのが第一目標だ。

 現役選手時代に伊達さんは、「自分はコーチには向いていない」ということをよく発言していたが、本人の発言と打って変わって、ジュニア合宿では我慢強くアドバイスしているように見受けられた。

 現在の日本テニス界で、伊達さんほどのテニスに関する慧眼の持ち主はいないだろう。さらに、2度にわたるプロテニスプレーヤーとしてのキャリアがあり、ワールドツアーレベルでの経験に裏打ちされた説得力のある優れたアドバイスができるのも、伊達さんしかいない。

 一方で、ジュニア選手へアドバイスをし始めてから1年で、まだ大きな結果が出ておらず、教える側としての伊達さんの力はまだまだ未知数というのが正直なところだ。果たして伊達さんには、子供たちを世界へ導く自信があるのだろうか。

「私に自信はないですよ。(子供たちと)一緒に成長していくしかないと思っています。私自身ができることは限られているというスタンスはずっと同じです。いきなり私の指導、コーチングに急成長が見られるわけではないです。自分で今すぐ何かをというつもりはなく、今自分が持っているもので(というスタンス)」

 伊達さんにとっても、ジュニア選手を教えることは新たなる挑戦なのだ。ジュニア合宿では、伊達さん以外に、元プロテニスプレーヤーでヨネックス契約プロである、浅越しのぶさん、石井弥起さん、近藤大生さんも一緒にテニスコートに入って、子供たちを指導している。だが、伊達さんと同様これまで全員が、プロになるような選手を育てた経験はなく、プロ選手に帯同しながら指導するツアーコーチの実績がないため、皆が現場で試行錯誤しながら子供たちを世界へ導こうとしている。

「(現役選手時代に)自分が経験したことを伝えることも役割だろう。(合宿中に感じていることで)言葉にする難しさはずっとある。そこをどう表現するかは、みんなの力を借りたりしています。(ジュニア選手のテクニックなどで)私はあまり好きじゃないんだけど、直すには、あるいは良くするには、どういう表現で、どういう伝え方で、どうすればいいのか。ただ、目指しているのは、皆が同じ方向を向いていればいいのかなという風には思っています。みんなの力を借りつつ、(教える側の)それぞれの強みを活かして、子供たちがいい方向に向けば、それでいいのかなと思っています」(伊達さん)

“伊達公子テニスアカデミー”の実現の可能性はいかに

 今回のジュニアプロジェクトでは、2019年6月から2021年2月までの約2年間で、2日間のジュニア合宿が合計8回組まれている。
少しずつジュニア選手は成長しているものの、ただ断続的な合宿ではやはり限界がある部分もあるのではないだろうか。ましてや教えている相手は子供たちであり、たとえその場では理解していても、時間の経過と共にいろいろ忘れてしまうこともあるかもしれない。テニスのフォームだって、知らず知らずに崩れることもあるだろうし、グランドスラムへのモチベーションが低下してしまうこともあるだろう。

 それらをできるだけ防ぎ、子供たちの成長を効率的に促すには、選手たちの練習拠点となるようなベースが必要で、解決策として“伊達公子テニスアカデミー”が存在することが望ましい。

「もちろん全くゼロではないですし、そう(テニスアカデミー構想)言ってもらえることもよくあるんです」

 こう語る伊達さんはさらに続ける。「ここ(スポル)も一つです。ハードコートでスタートした」。スポル品川大井町のインドアテニスコートのコートサーフェスは、ハードコートなのだが、実は伊達さんの監修によって、グランドスラムの1つであるUSオープンと同じデコターフというものが採用されている(※USオープンでのデコターフの使用は2019年までで終了した)。ただし、スポル品川大井町は、2021年(予定)までの期間限定の施設となっている。

 伊達さんは引退してから、日本テニスの環境整備をやりたいことの1つとして挙げており、その中で特に注視しているのが、日本特有ともいえるコートサーフェス問題だ。

 現在、日本のテニスコートでは、男子ATPツアーと女子WTAツアーで公式サーフェスとして認められていない砂入り人工芝コート(オムニコート)が、整備および管理しやすいため圧倒的に多く存在している。ボールが弾む時に球威が落ちるこのサーフェスは、一般愛好者にとってはプレーしやすいかもしれないが、プロとして世界の舞台を目指す若い選手にとっては成長の阻害になっている。ただでさえ日本ジュニア選手は、海外ジュニア選手と比べてスピードやパワーに劣ることが多いのに、さらにハードコートやレッドクレー(赤土)コートでのバウンドやスピードに不慣れという二重苦になって、海外の試合で勝ちにくいというジレンマに陥っている。

 これは21世紀に入ってからずっと日本で指摘され続けてきたが、なかなか根本的な改善には至っていない。伊達さんが、第2次キャリアの現役時代から目の当たりにしてきた現状を踏まえながら、訴え続けてきた問題でもある。

 また、選手だけでなく日本人コーチが世界で通用するレベルへ進化していくような場になり得る可能性を秘めているのが“伊達公子テニスアカデミー”であり、伊達さんの掲げている環境整備の嚆矢になることが期待できる。

「アカデミーとしてできることがあったとしても、私がフルでべったりというのは現実的には難しいと思います。今、日本にいろいろいいコーチもいますけど、トップを見れるコーチが育っていかないといけない現状もあります。だから、そういう場所(テニスアカデミー)があって、いいコーチたちが、いい場所でできる環境、それも含めた環境をつくることには興味があります。自分がどっぷりそこで何かをするのではなくて、環境を整える意味での興味というのはあります」

 コートサーフェス問題の解決、選手とコーチの進化、さまざまな相乗効果が望めるかもしれない“伊達公子テニスアカデミー”を実現させたいという伊達さんの野望は膨らむ。

「お金をドーンと出してくれる人がいたら、土地をドーンと用意してくれる人がいたら、すぐにでもやると思いますけどね(笑)。さすがに私にはその資金力がありませんし、土地もないので。どうせなら、東京と地方、2つあるとベストです。そういう人募集中です(笑)」

 コロナ渦によって、さまざまな仕事の形態に変化が起こっている昨今、日本テニス界にもそう遠くない未来に、“伊達公子テニスアカデミー”が誕生し、日本から世界への新たなテニスの発信地となって大きな変化がもたらされることを願いたい。

「私には旗振りの部分も役回りとしてあるだろう」と伊達さん自らが認めるように、このジュニアプロジェクトの中核を担うのは彼女であることに間違いない。ただ、今は主人公が伊達さんに見えるかもしれないが、近い将来に子供たちが本当の主人公になれるかが肝心なところだ。まずは4名のジュニア選手が、グランドスラムの舞台に立てるかどうか。そのうちの何名かが、未来のプロテニスプレーヤーとして、グランドスラムをはじめとしたワールドツアーで活躍し成功してくれたら、伊達さんは本懐を遂げたことになるのだろう。

 もちろん子供たちは、強い覚悟と不断の努力をもってテニスに臨むことが必要不可欠ではあるのだが、今は伊達さんら大人たちのサポートを存分に活用してほしい。そして、子供たちの才能を引き出し、可能性を最大限まで伸ばして、子供たちがジュニアから巣立つまでは、伊達さんの覚悟も問われているのだ。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。