選手兼アカデミーコーチ兼営業マン

今年3月、プロ野球横浜DeNAベイスターズ初代球団社長で、一般社団法人さいたまスポーツコミッション(SSC)の会長を務める池田純氏がさいたまブロンコスのオーナー兼取締役に就任したとのニュースは、メディアやファンを大いにざわつかせた。閑古鳥が鳴いていた横浜スタジアムを常時満員にするプロ野球界屈指の人気チームを作り上げた池田オーナーが、今回まず着手したのがコロナの時代の新しい選手契約、いわゆる”二足のわらじ契約”を形にすることだった。その中で、キャプテンを務める田中は「選手兼アカデミーコーチ兼営業マン」として新生ブロンコスと契約を更新。決断に至った理由を、こう明かす。

「例えばバスケット選手としての生活が終わったら、人生はそこからの方が長い。今後に何か役立つことがあるかもしれないし、自分はコーチのライセンスも持っているので、子供たちに教えて経験を積むという面では良い環境になるのではないかなと思いました。バスケットの普及とか、地域で盛り上げていきたいとか、そういうところを理解しながら、僕も何か力になりたいと思っています」

インタビュー「その1」では自身のアパレルブランドを運営し、小柄でもダンクができるという特技を持つモーガン・ヒカル・エイケンが「選手兼アシスタントデザイナー兼ダンク担当」という異色の契約を結んだことを紹介した。同様に、田中はコーチのライセンスを持つという“武器”を活かし、スポーツを通じた地域創生を図る上で一つの大きなカギとなる「アカデミーコーチ」の役割も担うことになった。

「子供たちに教える機会って、これまではそんなになかったので前向きに捉えています。やはり、(バスケットボールを)やるのもそうですけど、見てもらって『楽しそう』とか『すごい』と思ってもらうことが大事。SNSなどでも広めていければと思いますし、まずは見てもらうことだと思います」

これまでとはかなり異なる契約の形を、そうポジティブに捉えられるきっかけになったのが、池田オーナーとのオンライン会議システム「Zoom」を使った数度の面談だったという。「選手としてのプレーも大事だし、池田オーナーが(Zoom面談で)熱く語られていた『埼玉にバスケットを広めて盛り上げていきたい』というのも大事なこと。3年間(埼玉ブロンコスに)いて、お客さんも少ないことが結構あったので、多くのお客さんに見てもらいたい思いが強い。そこを盛り上げていくための何かを、少しでもできたらなと思います」とチーム、バスケットボール、地域を盛り上げるきっかけになるのが、とにかく「見てもらうこと」だと強く認識。そこにつながる一つの活動としてアカデミーに視線を向けている。

革新的な取り組み

田中はスポンサー営業にも、「見てもらうこと」へのきっかけづくりという側面を見出している。池田オーナーがベイスターズ球団社長時代に行った改革について「経営のことは細かく分からないけど、新しいものになっているという記事は見ていた」と関心を抱いていた経緯もある影響か、“二足のわらじ”にもあくまで前向き。「経営戦略を理解し、営業などを行うことは、どうやったらお客さんを増やせるのかを考えることができるということ。スポンサーまわりはプロスポーツでは大事なことなので、積極的にやっていきたいと思います」と力強く言い切る。

今回、クラブはスポンサー獲得時に30%を成功報酬として選手へ還元する条項も契約に盛り込んでいる。コロナ禍で来季の明確な開幕時期も定まらない中、まさに選手として活動を続ける上で”保険”にもなり得るもの。さらに、それがバスケ人口の拡大など、将来的な恩恵としても自身に返ってくる。そうした新オーナーが考える経営戦略を消化できているからこそ、田中をはじめ、今回の4選手はさいたまブロンコスとの契約更新に至ったというわけだ。また、関係者によると、このところ多くの選手から契約に関する問い合わせが入っており、革新的な取り組みは早くもバスケットボール界で注目を集め始めている。(なお現在、この4選手に加えてさらに、「選手兼実業家」として継続契約をした宇野善昭選手や自ら池田オーナーにコンタクトを取り契約に至った泉秀岳選手もチームに加わることが発表されている)。

「やはり試合がいつ開催されるか分からない状況で、モチベーション維持というのはどの選手も難しいと思うんです。シーズンが始まっても、中断される可能性がある。でも、プロ選手として個人のスキルアップ、体づくりをしっかりできる準備期間なので、しっかり目標に向けてやっていくしかないと自分に言い聞かせています。今は時間や環境を見つけてトレーニングも開始しているので、まずは来季に向けて、新生ブロンコスのキャプテンとして、チームをしっかりまとめられるように向上心を持って準備したいと思います。この先、どうなるか分からないですけど、スタッフ、選手、フロントが同じ方向を向かないとチームは絶対に良くならない。しっかりコミュニケーションを取りながら、なおかつ勝てるチームを目指していきたいと思います」

キャプテンとしてブースター、地域のファンらにメッセージを発信した田中は「勝てるチームとは、まずB2昇格?」と問われると「そうですね」と即答。その言葉は、どこまでもポジティブで力強かった。



【プロフィール】
田中良拓(たなか・よしひろ)
1990年5月30日生まれ、30歳。大阪府出身。芦屋大を経てbjリーグ・島根スサノオマジック、同・金沢武士団、B3東京サンレーヴスを経て2017-18年シーズンから埼玉ブロンコス(現さいたまブロンコス)でプレー。今年6月1日付で選手兼アカデミーコーチとして契約。182センチ、78キロ。


VictorySportsNews編集部