実はオムニコートは、住友ゴム工業株式会社(以下、住友ゴム)の商標登録製品だ。よってオムニコートをサーフェス別に正式に分類すると、砂入り人工芝コートになる。

 さらに、日本での砂入り人工芝コートは、会社別製品名になると実に様々なものが存在する。東レのスパックサンド、積水樹脂のサンドグラス、東亜道路工業のスパックサンド、東京ウエルネスのカルナ21、大嘉産業のバイオターフ、三菱ケミカルのダイヤアリーナなどがあるほか、特定の製品名は無く、単に砂入り人工芝テニスコートとして施工されているものもあり、日本全国に広く普及している。

 長年、日本でオムニコートという呼称が、あまりにも多くの愛好者に浸透して日常に定着したため、多くの人は、“砂入り人工芝コート=オムニコート”という形で頭にインプットされているようだ。

 1970年代後半頃から、日本では様々な会社で、人工芝によるテニスコートが作れないか模索する動きがあったという。そう教えてくれたのは、オムニコートの総本山ともいえる住友ゴム ハイブリッド事業本部 インフラビジネスチーム 主幹の西川知幸氏だ。そんな時代背景の中で、住友ゴムとオムニコートとの邂逅があった。

「1981年に、アメリカで開催されたテニス関連の展示会で初めて見た弊社のスタッフが、導入してみようと考えたようです。オーストラリア・オムニ社のブースで名刺交換をして、オムニコートのサンプルを日本に持ち返り、販売権を持つオムニ社とコンタクトをとったそうです」

 当時の人工芝だと、雨が降ると水を含んでしまいボールが全く弾まなかった。住友ゴムは、屋外で使える人工芝コートの開発に行き詰まり、困り果て挫折しかけたところだったため、オムニコートとの出合いはまさに天の助けを得たようなものだった。1981年5月には日本導入を考え、オーストラリアにも視察へ行き、これならできるのではという手ごたえを得た。そして、オムニ社と技術導入に関する交渉を行い1982年に契約へ至った。

 1982年5月に兵庫県の加古川テニスクラブに、日本で初めてのオムニコートが誕生したが、加古川に施工されたのには、ちょっとした裏話がある。

「加古川テニスクラブの隣に大きな倉庫があったんですが、その倉庫が経営しているテニスクラブだったんです。さらにその倉庫は、住友ゴムの製品の保管に使用している倉庫でした。そんなつながりがあったので、今まで日本にない新しいコートがあるけど、一面やらせてもらえないかと相談し、テスト施工として工事をさせてもらったんです」

 まだ当時は、オムニコート施工のための道具がなかったため、オムニ社からの技術担当が来日して立ち会い、いろいろ教えてもらいながら完成させたのだった。

 1982年10月に、住友ゴムはオムニ社と正式契約を交わすが、幸いなことに特許に関しては、オムニ社とは別に、しかも先に日本のある企業が特許を持っていたため、海外特許の影響を受けずに、日本国内の特許を住友ゴムが取得して、日本での販売を開始した。

「供給面がネックだったんですけど、人工芝を作る時の糸は、日本国内で同じものを調達できる判断ができなかったため、オムニ社が購入している糸を弊社で購入しました。日本国内で、カーペットを作る機械に糸を持ち込み、カーペットを作る要領で人工芝の構造にしました。そして、人工芝を建設現場に持ち込んで、砂を入れる、というのが工程になります。カーペットを作る作業は、協力業者に委託する形で進めました」

 1983年1月から住友ゴムは、オムニコートの全国発売を開始。日本各地のテニスクラブで実績を作りながら、口コミによって徐々に広がりを見せていたが、オムニコートがブレークするきっかけとなる出来事が起こる。1985年の夏季ユニバーシアード競技大会(神戸総合運動公園)で、オムニコートが公式サーフェスに採用されたのだ。

「住友ゴムの本社は神戸にありますが、神戸総合運動公園の建設に携わったんです。ユニバーシアードなので、(硬式テニスだけでなく)ソフトテニスもやることになっていて、両方で使えるコートであることが課題になっていました。当時ソフトテニスでは、クレーが主戦場でしたが、それに近いコートでということで、オムニコートを提案させてもらったところ、話がまとまり採用されました。この神戸でのユニバーシアード大会で採用されたことが、以降の公共施設への普及にかなり大きな影響を与えたのかなと考えております」

 これまで日本で、住友ゴムが販売したオムニコートは累計で約1万5000面。1986年に特許権利期間は終了したが、砂入り人工芝コートの分野で、住友ゴムは、日本で長年累計シェアのトップを走り続けている。オムニコートがブレークしたきっかけがあったとはいえ、こんなにも普及したのは次の理由からではないかと西川氏は指摘する。

「要因はいろいろあると思いますが、一番大きかったのは、全天候型のテニスコートであること。オムニコートは、多少雨が降ってもプレーが継続できる、初めてと言っていい製品だったのではないでしょうか。水はけができ、砂があるので、ある程度の足の引っかかりを維持できる。オムニコートが普及した最大の原因だと思いますね」

 それまで全天候型テニスコートと謳われるものには、ゴムチップ舗装のコート、ウレタンを敷いたコートなどがあったが、基本的に水を通さないため、雨が降ると水たまりができてしまったり、たとえ小雨でも表面が滑ってしまい危険でプレーができなかったりした。

 オムニコートの基本スペックは次のとおりだ。
「人工芝の長さは19mm、毛先まで砂を入れます。施工費は定価ベースで1㎡あたり9400円。物件によって交渉がございますので、一概には言えませんが、テニスコート一面で約500万~700万円になります。コートの寿命は、使用頻度によってもちろん異なりますが、7~10年ぐらいは使っていただいています。人工芝の裏に穴を開けて、下部に排水させる構造になっています。下地に水がはけるアスファルトを敷設して、人工芝を載せます。アスファルトの水はけ性能とほぼ同等の排水性能をオムニコートに持たせています。昨今では、ゲリラ豪雨などがありますが、そうした日本の気候に適していると考えております」

 梅雨があり、台風も上陸し、雨が季語にもなるほど雨と関わりの深い日本では、オムニコートは、まさにその気候に適応したテニスコートといえるもので、テニス愛好者はその恩恵を受けてテニスを楽しむことができるようになった。

 オムニコートが普及する前までは、日本では土でできたクレーコートが一般的で、愛好者にとっては、足腰に優しいコートであったため好評だった。だから、オムニはクレーと比較されることが多く、足への負担を軽減できるオムニの良さを知ってもらうことが普及を促進させるためのキーポイントになった。住友ゴムでは、オムニコートを“足もとの科学”の成果の1つとも謳っている。

「ボールのバウンド、足の滑り、機械的に数値化して、クレーと同じようなものであると、お客様に理解してもらい普及につなげました。オムニコート以前にも、塗り物のテニスコートをやっていましたので、そのときのノウハウも役に立ちました」

 東京・三鷹市にあるテニススクールおよびテニスクラブの緑ヶ丘テニスガーデンでは、1999年にリニューアルした時に、クレーから砂入り人工芝コートへ変更したが、その時のことを支配人の中村吉人氏は次のように振り返る。

「以前はクレー8面、ハード4面でしたが、当時からクレーが一番いいと思われていて、お客さんはほとんどクレーを使っていました。クレーに一番近いのが、砂入り人工芝だと認識してもらえるようになって、ある程度使ってもらえました。もちろん慣れてもらう必要はありました。でも、やはりクレーが良いというお客さんもいて、約150名が退会して、他のテニスクラブへ移っていきました」

 緑ヶ丘テニスガーデンでは、東京ウエルネスの砂入り人工芝コートが採用されたが、この選択は決して間違っていないという確信めいたものを当時から中村氏は抱いている。

「テニス愛好者が高齢化することはわかっていたので――」

 日本では超高齢社会と言われるようになって久しいが、もちろんテニス業界も例外ではない。そうなれば、高齢化したテニス愛好者にとって、足腰に優しい砂入り人工芝コートが好まれるようになるのは当然であり、テニスクラブだけでなく、テニススクールも併用している緑ヶ丘テニスガーデンで主力コートになったのは道理にかなっていた。また、砂入り人工芝コートはテニスボールの消耗を軽減でき、ボール交換回数を減らせるため、実用コスト削減の面でスクールを運営する会社に貢献した。

 そして、雨が上がった後に素早くプレーできるのはやはり大きな魅力であり、「会員さんにはベストだと思う」と中村氏は胸を張る。

 今や日本での国体やインターハイなどでも、当たり前のように砂入り人工芝コートが使用されているのが現状だ。中村氏は、東京都の国体チーム監督を務めているため大会現場にも何度も赴いているが、そこでは雨や台風の影響を受けることも多いため、水はけの良い砂入り人工芝コートが重宝される場面を何度も目にしてきた。

「国体では4日間で終わらせるために、水が表面にあってもプレーを強行しますよ(苦笑)」 

 ただ、最近の国体開催地は、新しくハードコートが完成した場所を使用することも多くなってきている。

硬式テニスでの選手育成と強化の面で、オムニコート(砂入り人工芝コート)が弊害に

 一般テニス愛好者、特に高齢プレーヤーには好評を博しているオムニコート(砂入り人工芝コート)だが、世界を目指す日本のジュニア選手の育成やプロテニス選手の強化の面では、数年来、サーフェス問題として硬式テニス界では多くの議論が巻き起こっている。住友ゴムの西川氏もその状況は把握している。

「1980年代、日本でテニスブームが起こっていた時期に、公共施設も含めてテニスコートがすごく普及していきました。雨が降った時に使えるコートが、特に公共施設でお客様から求められました。コートを予約するのは大変なことでしたからね。だから、維持管理面で、サーフェスをどうしていくかという面では、オムニコートは良かった。
 一方で、上のレベルでの強化にふさわしいかと聞かれると、そこはオムニでは、なかなか難しい部分があります。フットワークのストップ&ダッシュ、バウンド時にボールが殺されるというか、簡単に言ってしまえば、向いてはいないだろうなという認識はしております」

 ジュニアの育成にも携わっている中村氏も、砂入り人工芝コートでは、ボールが高く弾まず、砂との摩擦によってボールの威力が減ると同時に、スピードも減速されることが、世界を目指す子供たちの弊害になっていることを指摘する。

「ジュニアを海外に連れていった時に感じるのは、サーフェスの性質だけでなく、気圧のせいもあるんですかね、ボールがえらく弾むし、飛ぶんですよね。普段、砂入り人工芝で練習している子は、バウンドに慣れていないでしょうし、打点が高い所で打てなくて、攻撃できない形になる。ウィンブルドンの天然芝でさえも結構弾みますけど、砂入り人工芝ではあそこまで弾みません」

 日本のジュニア選手は、ただでさえ体格に勝る海外ジュニア選手にパワーとスピードで劣るうえに、ハードコートやヨーロッパや南米に多くあるレッドクレーコートに不慣れという二重苦を、海外遠征で味わうことになるのだ。ただし、これはジュニア選手だけでなく、ツアーレベルに到達できないような日本のプロテニス選手でも同様の問題が起こっている。

 現在、国際テニス連盟(ITF)主催の国際大会では、砂入り人工芝コートが採用されているが、男子ATPと女子WTAのプロテニスツアーでは、公式サーフェスとして砂入り人工芝は認められていない。住友ゴムは、ATPやWTAへ砂入り人工芝の売り込みを特にしていない。

 一方で、住友ゴムは、デコターフというハードコートの取り扱いを始めており、2018年1月から、国内独占販売・施工権利を持つスポーツサーフェス社を子会社化した。デコターフは、1978年から2019年まで、テニス4大メジャーの1つであるUSオープンで公式サーフェスとして使用され、ワールドプロテニスツアーでも主要なサーフェスの1つだ。西川氏は、日本テニス市場で起こりつつある変化に着目している。

「高齢の一般愛好家、プロを含めた競技志向者など、細分化されてきました。ラケットなどは自分で選択されるわけですが、サーフェス自体もいろいろチョイスする傾向にあります。そういう意味では、競技者向けとしては、人工芝にこだわることなく、ハードコートも取り扱うことで、選択肢を増やすことを狙いとしています」

 硬式テニスとソフトテニスの共存は、ソフトテニス発祥国である日本ならではの独特の環境事情だが、実はソフトテニスでも、砂入り人工芝コートは好評を博している。オムニコートも含めて、公益財団法人日本ソフトテニス連盟の公認を受けている製品もあるほどだ。だが、ソフトテニス界でも変化の兆しがあることを西川氏は把握している。

「ソフトテニスは、クレーコート主体で活動されてきましたが、当然雨が降りますと、クレーでは使えなくなります。その点を(オムニで)解決できているので、(ソフトテニス愛好者にも)好評をいただいております。昨今、ソフトテニスは海外でもプレーされるようになって、ハードコートや屋内でやるケースがあると聞いています。硬式テニスと同じように、ソフトテニスの競技者に向けては、オムニよりもハードへという流れにあるのかなと見ています」

 今後も、民間のテニスクラブやテニススクール、あるいは公共施設や学校で、オムニコートのニーズは引き続き根強いものになるのかどうか、西川氏は次のように展望する。

「市場自体は、ここ10年は大きく変わっていないです。当初施工させてもらったものを、寿命がきたので張り替えの工事をさせてもらうことが多いです。私どもの仕事の半分以上が張り替えなのです。改良もしながら、さらにお客様にいいものを提供できればと販売を続けさせてもらっています。一般の方を対象にした施設は、依然として砂入り人工芝、弊社が扱うオムニとして計画される所が多いと思いますね」

 最近の日本では、サステナビリティ(持続可能性)が企業姿勢の1つとして提唱されるようになったが、砂入り人工芝、ハード、クレーなどのテニスコートはもちろん、リサイクルや社会貢献などを含めた日本のテニス環境における、住友ゴムが唱える未来へのサステナビリティとは、一体どんなものになっていくのだろうか。

「まだまだ社内で模索していますが、人工芝に関して言いますと、お客様から求められているのは、耐久性です。現状では、古くなった人工芝を撤去した後は、産廃(産業廃棄物)処分にしていますが、それをリサイクルに回せないか。人工芝の材料が、合成樹脂であり、いわゆる石油由来のものになりますから、そういったものを使わずに、ものができないか。そういった多方面での取り組みを検討している状況です」

 これからも硬式テニスとソフトテニスは、当然ながら日本で共存していくことになる。これは、もはや日本テニス独自の文化ともいえるもので、オムニコート(砂入り人工芝コート)によってもたらされた日本テニス界への功罪とも付き合っていかなければならない。だから、硬式テニス側の事情だけをゴリ押しするわけにはいかないのだ。

 ただ、サーフェス問題に関しては、砂入り人工芝コート以外の選択肢の拡大によって、硬式とソフト双方の利用者の充実が図られる可能性は今後広がるかもしれない。

 一方で、硬式テニスでの一般愛好者とジュニアやプロの競技志向者との、サーフェス別の棲み分けのバランスがどのぐらい実現できるかという見通しはまだまだつかない。超高齢化が進むばかりの日本の現場では、引き続き砂入り人工芝コートを多くの一般愛好者は好む傾向が予想され、競技志向者のためのハードコートのさらなる拡充には少なからず壁があり、双方の理解が得られる根本的な解決には時間を要する。

 最後に、どうしても付け加えさせてもらいたいのだが、硬式テニスでプロを目指すジュニア日本人選手育成およびプロの日本人選手の強化は急務であり、同時にプロ選手を育成できるような日本人コーチの強化も待ったなしだ。もちろんそこには世界標準のハードコートが必要不可欠になる。

神仁司

著者プロフィール 神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。