この半年間、高校球児も、経験豊富な指導者の誰もが体験したことのない時間を過ごした。3月から部活動が休止になり、3カ月も全体練習を行えない高校もあり、練習が再開されたのが6月に入ってからという高校も多かった。それから1、2カ月の間に体調を整え、勝利を目指せるチーム作りをした選手たち、監督たちには感服するしかない。

 独自大会と甲子園交流試合を合わせて、全国各地で3200を超える試合が行われ、コロナウイルスの陽性者を出すことがなかったことは、今後の大会運営、来春のセンバツ、夏の甲子園開催に向けて大きな一歩となったはずだ。

 センバツ、春季大会(沖縄大会は準々決勝まで開催)、夏の甲子園とその予選がすべて中止となった2020年の高校野球。全体練習や練習試合さえままならなかった半年間で、指導者は何をつかんだのか? 甲子園にはたどりつけないとわかっていながら最後の夏に挑んだ球児は何を手にしたのか?

 8月の愛媛大会準決勝で宇和島東に敗れた済美の中矢太監督は言う。
「どの高校も同じ状況だと思いますが、チームづくりには苦労しました。2カ月ほど満足に練習も練習試合ができなくて、冬場に溜めていたものが一回リセットされてしまった。夏の甲子園の中止が決まって、牙を抜かれたような感じになって、そこからもう1回、『戦うぞ』という姿勢をつくるのに時間がかかりました。選手全員を同じ方向に向かせて、『みんなで戦おう』というふうにはなかなかならなかった。それでも、選手たちは頑張ってくれました」

 昨夏、9年ぶりに宇和島東を甲子園に導いた長瀧剛監督は決勝戦で敗れたあと、こう語った。
「今年のチームは、失ったものが多かったなかで、野球の練習はできなくても気持ちが固まったという部分があります。実力的には、決勝まで勝ち上がれるチームじゃないんですが、団結心、チームの力が勝利につながったと思います。
 勝っても負けても県大会の決勝で終わりというのはさびしいものがありました。やるせない気持ちで決勝を迎えました。でも、一番残念な思いをしている3年生が、純粋に野球を楽しんでいる姿を見て、スポーツの素晴らしさ、ひとつのことに打ち込むことの大切さを改めて感じました」

 愛媛大会で優勝を飾ったのは松山聖陵だった。準決勝までの4試合はすべてコールド勝ち。決勝で宇和島東を13対5で下した荷川取秀明監督は悔しさを隠さなかった。
「もう1試合やれと言っても、まだできそう。『明日、決勝だぞ』と言っても大丈夫なくらい余力はあります。甲子園がないのは、本当につらいですね。でも、我慢して、よくやりました。この大会で、3年生の底力を見ました。頼もしい選手たちです。『少しでも3年生に出場機会を』という独自大会の主旨にのっとって、選手起用をしたつもりです。3年生の気持ちを汲みながら、戦いました」

 背番号1をつけ、リリーフ登板した決勝戦を7連続奪三振で締めくくった平安山陽は言う。
「毎年、レギュラーと変わらない実力があってもベンチ入りできない選手がいます。この大会では、控えの三年生が活躍して、松山聖陵の強さを見せられたと思います。背番号1を奪われるわけにはいけない、負けたくないと思って投げました」
松山聖陵は5試合すべてで違う投手を先発させ、圧倒的な強さで優勝を果たした(5試合で失点はわずか8)。これは、誇るべき快挙だろう。

 8月10日から行われた甲子園交流試合に出場した天理・中村良二監督は試合後にこう言った。
「この半年、いろいろと嫌な思いをしたのは選手たち。代わりにはなってあげられないので、『大人がカバーしてあげないと』という思いでやってきましたけど、彼らはよくやってくれました。だけど、今年が特別だとは思いません。これが彼らにとっては現実なので。それを受け止めて成長してくれました。たまたま、三年生はコロナ禍で過ごさないといけなかったけど、コロナがどうと言っている場合じゃない。僕は、特別扱いはしなかった」

 甲子園交流試合で倉敷商業に敗れた仙台育英の須江航天監督は選手たちをこう評価した。
「さまざまな困難があって、希望を見出そうとしたらまた状況が悪くなる。四方八方をふさがれちゃうような感じだった。そのなかで、アイデアを止めないで、常に『こうしよう』とキャプテンの田中祥都が指針を出してくれました。年長者として年下を育てるんだという気概を常に見せ続けてくれました。この半年、チームの誰も沈むことがなかったし、投げやりになることもありませんでした。練習に対するモチベーションが下がったことは、1日も1時間も1分もなかったですね」

 コロナ禍の「特別な夏」は終わった。来春のセンバツを目指して、新チームは鎬を削っている。球児や指導者はこの半年で何を得たのか――甲子園を目指す秋季大会で明らかになるはずだ。


元永知宏

1968年、愛媛県生まれ。立教大学野球部4年の時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。出版社勤務を経て、スポーツライターに。 著書に『期待はずれのドラフト1位』『敗北を力に!』『レギュラーになれないきみへ』(岩波ジュニア新書)、『殴られて野球はうまくなる!?』(講談社+α文庫)、『荒木大輔のいた1980年の甲子園』『近鉄魂とはなんだったのか?』(集英社)、『補欠の力』(ぴあ)などがある。 愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(愛媛新聞社)の編集長をつとめている。