■期待されるドラフト1位

 怪物や天才が集まるプロ野球でも、ドラフト1位は特別な存在だ。だからこそ、チームの誰よりも注目され、期待される。しかし、そのプレッシャーに押しつぶされ、成績を残せないまま、ある者は数年で他球団にトレードに出され、ある者は戦力外通告を受ける。「契約金ドロボー」のレッテルを貼られ、球界を去る選手は数え切れないほどいる。

 ドラフト指名選手に用意される金額は、ほかのスポーツでは考えられないほどだ。契約金は1億円+出来高5000万円、1年目の年俸の上限は1600万円。もちろん、すべての選手がその条件で迎えられるわけではないが、有望な新人選手にはそれだけの価値があると日本球界では考えられている。
周囲の期待通りに活躍できなかったドラフト1位選手のその後を取材し、『期待はずれのドラフト1位』(岩波ジュニア新書)という本を私が書いたのは2016年10月だった。その年末に福井優也(現東北楽天ゴールデンイーグルス)に宴席で会う機会があり、自著を手渡した。

 そのとき、プロ6年目のシーズンを終えたばかりの福井は、笑いながらこう言った。

「これ、僕のことじゃないですか?」
 2004年春のセンバツで済美(愛媛)の二年生エースとして甲子園に出場し、初優勝に貢献。その夏の甲子園でも決勝まで進んだ。甲子園で通算9勝を挙げ、2005年秋の高校生ドラフト会議で読売ジャイアンツから4巡目指名を受けたものの、入団を拒否。1年間の浪人を経て早稲田大学に入学した。

 早稲田大学野球部では〝ハンカチ王子〟と呼ばれた斎藤佑樹と神宮球場で活躍。2010年秋のドラフト会議で広島東洋カープから1位指名を受けた。チームメイトの斎藤、大石達也の3人がドラフト1位指名されたが、これは史上初めてのことだった。

■プロ入り後の歩み

 しかし、北海道日本ハムファイターズに進んだ斎藤も、埼玉西武ライオンズに入団した大石も、期待通りの成績は残せなかった。斎藤は1年目の2011年こそ6勝をマークしたが、翌年以降は下降線をたどった。大石は、プロ9年間で通算5勝6敗12ホールドという成績しか残せず、2019年限りでユニフォームを脱いでいる。

 このふたりと比較すれば、福井の歩みは順調なものに見えた。プロ1年目に8勝したあと、2勝、0勝、4勝と苦しんだが、2015年には9勝、2016年に5勝をマークしていた。6年間で28勝という成績は、ドラフト1位にふさわしい数字とは言えないかもしれないが、非難されるほどのものではない。カープが25年ぶりにリーグ優勝を飾ったその年に投手キャプテンを任されたことからも、福井への期待の高さがわかる。

 おそらく、本人にもまだ余裕もあったし、もっと活躍できる自信もあったはずだ。だから「これ、僕のことじゃないですか?」という冗談が言えたのだ。

 しかし、上昇気流に乗るチームの中で、福井は活躍の場所は少なくなっていく。2017年の一軍登板はわずか5試合、1勝しか挙げることができなかった。その年末に福井を取材したとき、彼はこう語っていた。
「高校、大学と、これまで自分のチームが優勝したときには、歓喜の輪の中心にいましたけど、カープでは優勝に貢献できず、本当に悔しい思いをしました。『見返してやりたい』という思いだけです。絶対に見返してやります。守るものは何もないので、ぶっちぎるしかありません。チャンスは少ないと思いますので、きっちり結果を残したい」

 しかし、2018年は0勝でシーズンを終え、11月にイーグルス移籍が発表された。移籍1年目の2019年は8試合に先発して3勝を挙げたが、2020年は7試合に先発して未勝利だ(10月26日現在。プロ通算32勝41敗)。

 今年のドラフト会議は10月26日に行われる。各球団の支配下選手は70人と決められているため、指名した新人選手とほぼ同数の選手に戦力外通告をしなければならない。例年であれば、10月に自由契約選手が発表されるが、新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れた今年は11月11日までペナントレースが続く(日本シリーズは11月21日~29日)。それに伴って、球団が選手に戦力外を通告する期間も延びている(11月1日~30日まで)。

 福井の今シーズンの年俸は推定2300万円。それなのに1勝も挙げていないことの意味、自分の置かれた立場は本人が一番わかっているだろう。

 もし、球団内での評価が決まっていたとしても、残りシーズンの活躍次第では他球団からトレードを求められる可能性が出てくる。32歳の福井に残された時間は少ないが、プロ通算32勝で野球人生を終えてほしくはない。


元永知宏

1968年、愛媛県生まれ。立教大学野球部4年の時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。出版社勤務を経て、スポーツライターに。 著書に『期待はずれのドラフト1位』『敗北を力に!』『レギュラーになれないきみへ』(岩波ジュニア新書)、『殴られて野球はうまくなる!?』(講談社+α文庫)、『荒木大輔のいた1980年の甲子園』『近鉄魂とはなんだったのか?』(集英社)、『補欠の力』(ぴあ)などがある。 愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(愛媛新聞社)の編集長をつとめている。