2019年の赤字幅は約20億円

 クラブを支えてきた大手スポンサー2社のうちの1社が撤退した2018年度の決算は約5億8000万円の赤字で、残りの1社も2019年度一杯で撤退した。ところが代わりが見つからない。この時点で鳥栖の台所事情悪化は十分予想されることとなり、実際に5月、2019年度の赤字幅(純損失)は約20億円という巨額である事が発表された。

 そんな危機的な財務状況も要因となり、2019年度限りで移籍していく主力選手が続出した。イサック・クエンカ、小野裕二、高橋祐治、金井貴史(期限付移籍終了)、さらにはシーズンが始まると金崎夢生も鳥栖を去った。J1チームには8選手が移籍した一方で、他のJ1チームから鳥栖に新規加入したのは2人のみ。所属リーグだけで実力は測れないものの、戦力減の目安としては分かりやすい。

 2018年、2019年と2年連続でシーズン途中から指揮を任され、チームを残留に導いた金明輝(キム・ミョンヒ)監督だったが、さすがにこの選手層には頭を抱えたに違いない。救われたのは、今年は新型コロナウイルスの影響で降格がないと決まったことだったはずだ。

 それでも、普通に考えると20億円の赤字の会社が1年で急に立ち直ることは難しく、なおかつコロナの影響で経済状況も明るくない。となると2021年も大幅な戦力補強は考えづらいだろう。金監督に残された手は、今年の選手たちを鍛え上げ、来年に備えることだったはずだ。たとえ2020年は大きく最下位に沈んだとしても、若かったり、試合経験の少ない選手たちに実戦の場を与えるしかないだろう……。

若手が成長。リーグチャンピオンに唯一負けなかったクラブに

 だが、現実は違った。鍛え上げるという部分は正しかったが、他のチームに置いていかれるということはなかったのだ。今季圧倒的な強さでリーグを制した川崎フロンターレとの2試合は、鳥栖のチームの土台作りと選手の成長が順調だったことを物語っている。

 川崎との初戦は、アウェイでしかも開幕戦だった。このときの鳥栖の先発11人の平均年齢は24.09歳。ところが33歳の趙東建(チョ・ドンゴン)を除いた10人では23.20歳。18歳が2人入り、Jリーグデビューは3人(本田風智は18歳で初出場)というメンバーだった。そしてこの開幕戦を0-0で乗りきる。

 そして第32節、ホームに王者を迎えたとき先発メンバーの平均年齢は24.27歳。30歳のGK朴一圭(パク・イルギュ)を除くと、23.70歳になる。初戦から7カ月以上が経過し、多くの選手の年齢は1つ上がったが、平均年齢は1歳も上昇していない。そして川崎に先制点を奪われながら、86分にレンゾ・ロペスのゴールで同点に追いつき、川崎がシーズンで唯一勝てなかったチームとなった。

 金監督の年齢や出場経験にこだわらず出場させるという方針はシーズンを通してぶれなかった。12月16日、第33節終了時のリーグ戦のデータを使って検証してみる。

 いい例はDF中野伸哉だろう。2種登録で8月に17歳になったばかりの若手はリーグ戦13試合で起用され、攻撃でも積極的に良さを出している。また大卒ルーキーの森下龍矢は32試合で起用されてすっかり主力として定着し、DFながら3ゴールを挙げた。さらに今年下部組織からトップチーム入りした3人のうち、GK板橋洋青を除けば本田は26試合、大畑歩夢が13試合に出場しているのだ。

 そして33試合を終え勝点35で14位。通常の年の降格圏は脱出している。得失点差のマイナス6は10位だ。金監督は前任者のマッシモ・フィッカデンティ監督が構築していたパスサッカーをさらに押し進め、狭い地域でも慌てることなくボールをつなぎ、丁寧に相手を崩していく攻撃を組みたてた。しかもフィッカデンティ監督のときの主力はかなりの部分がいなくなっているにも拘わらず、だ。

 このまま適切な補強が行われれば鳥栖には未来があると思わせるに十分な戦いは繰り広げた。他のクラブに比べてはるかに多い赤字、Jリーグから全クラブ唯一の「是正通達」をされた経営ばかりが取り上げられる傾向にあるが、ピッチに目を向けるとチームは生き延びるために鳥栖のサッカーを急激に進化させているのだ。

 もっとも来年も鳥栖が苦戦するのは間違いないだろう。11月13日、やっと胸スポンサーが見つかったものの、20日、竹原稔社長は2020年度の赤字が10億円に上る見通しであることを明らかにした。十分な補強は望めないばかりか、今年の主力もチームを出ていく可能性は高い。

 特に鳥栖の弱点である得点力の低さはなかなか解消できないだろう。ゴールを奪う選手は高年俸なのが常だからだ。現在鳥栖の得点力はリーグ15位。失点数の少なさがリーグ6位で、この守備力で持ちこたえてきた。だが守ってもゴールが奪えないため、引き分けの多さはリーグトップなのである。この引き分けの多さが勝点を積上げできない要因になり、2021年度、4チームが降格するという厳しい戦いで足を引っ張る。

J1残留は至上命題。経営陣の迅速な判断が急務

 鳥栖にとってJ1に残留するというのは、将来に関わる大きな問題だ。財務的な観点からだけではなく、鳥栖の大きな柱が揺らぎかねないからだ。チームを支えるユース出身者で、たとえば下部組織からトップチームに上がって活躍し、2019年FC東京に移籍した五輪代表候補の田川亨介は長崎県出身、2種登録で2018年にデビューした松岡大起は熊本県出身と他県から佐賀に来ている。

 鳥栖が育成型クラブでいられるのは、長くJ1に留まっているおかげで九州の有望株が集まってきたためと言えるだろう。J2に降格すれば財政基盤が脆くなるのと同時にチームの基盤も崩れ去りかねないのである。

 そんな危機が見えながらも、鳥栖の施策はとにかく遅い。他のクラブは2021年のチーム編成に向けて動き出している11月20日、公式サイトに掲載された「サガン鳥栖の経営状況のご報告とお願い」の中で、竹原社長は「現在、サガン鳥栖の未来を護るために、私の辞任を含めて検討しております」と辞意を匂わせた。来季の経営陣がどうなるか分からないままでは戦力確保も、スポンサー集めも後手に回る。ここまで私財を投じてクラブを支えてきた竹原社長だが、今は自らの進退も含め、次のクラブの方向性をすぐに決める必要がある。

 健気に咲こうとしている蕾みがあっても、きちんと水を与え、ときには正しい量の肥料を土壌に混ぜないと、美しい花は開くことがない。鳥栖はそういう管理が出来るクラブになれるのか、これまでにない分岐点に立っている。


森雅史

佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでいるが新型コロナウイルスの影響で2020年度はどうなるのか不安になっている。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。