このほど、人生の次なるステージに進み、再び脚光を浴びた。昨年6月に第1子を出産し、3月下旬のツアーで競技に復活したのだ。幼少の頃から世間の耳目を集め続けて「燃え尽き症候群」に陥る選手もいるが、引退覚悟から翻意してカムバック。その下支えにはLPGAツアーの施策があった。日本でもクローズアップされている女性活躍社会の点でもインパクトを与える現象といえる。

15歳でセレブ感

 キャリアの節目の一つが2005年10月、15歳で迎えたプロ転向の記者会見だった。出身地のハワイにある高級ホテル、カハラ・マンダリン(当時)には世界中から多くのメディアが集合。ナイキ、ソニーと総額1千万㌦(約11億円)と推定された巨額契約も関心を集めた。幸いにも当日、単独インタビューを許された。ホテルの一室に入ると、韓国出身の両親やマネジメント関係者ら10人以上の取り巻きが見守る中、背筋を伸ばしてソファーに座るりりしい姿はセレブ感満載だった。

 早くからメディアの寵児だったこともあり、事前通達なしにもかかわらずこちらの質問にすらすらと、かつ力強く応じた。「最終的な目標はマスターズ・トーナメントに女性として初めて出場すること」といった壮大な夢や「時代の先端を歩くような人物になりたい。将来は興味のあるファッションの仕事に携わることもできたらうれしい」と立て板に水。考え方のスケールの大きさから、ゆくゆくはゴルフ界だけにとどまらず、異なるフィールドに華麗に転身する姿をも想起させた。

 プロ転向後は手首の故障もあり、順風満帆とはいかなかった。初勝利は2009年で、現在まで通算5勝。最も輝かしいのが2014年、女子メジャーの中でも最高峰とされる全米女子オープン選手権制覇だった。このとき、上体を90度近く曲げるユニークな体勢でパットを打っていた。あまり入らずに悩んでいたとき、身長155㌢でパットもうまかった宮里藍らにヒントを得たという。「目を最大限に地面へ近づけることで、パターのフェースに球をきちんと当てやすくなりました」と身長の違いに原因を求め、改善点を見いだした。スコア向上のためにはなりふり構わず試行錯誤を繰り返す姿勢。昔からメディアに取り上げられてきたおごりはなく、今に通じるひたむきさが漂っていた。

マムを大事に40億円アップ

 2019年8月に結婚。当時もけがに悩まされており「もう選手生活は終わりだと思いました。特に妊娠が判明してからは気持ちが固まり、トーナメントに戻ることはないと自分でも思っていました」と打ち明ける。気持ちの変化の要因は長女マケナちゃんだった。「赤ちゃんが女の子だと分かった瞬間、全てが変わりました。実際の目で、私が試合でプレーしているところを見てほしいという感情が湧き上がりました」と振り返る。3月下旬の起亜クラシック(カリフォルニア州)で、実に1年9カ月ぶりのツアー出場を果たした。

 ウィーのような〝ママさん選手〟をLPGAツアーは昔から大事にしてきた。約20年前。初めて同ツアーを取材した際、会場で配られる資料に印象的な一枚があった。題して「Moms on Tour」。訳すと「ツアーの中のお母さんたち」とでも言おうか。育児をしながらツアーに参戦している選手を列挙して紹介したものだった。日本では目にすることのなかった斬新なデータ。我々にとっては海外選手の記事を書く上でヒントになり、ツアーにとっては選手のPRにつながるものだった。

 ツアーは、小さな子どもを持つ選手も転戦しやすいようにプログラムを創設。象徴的なのは早くから会場に託児所を設けてきたことだ。公式サイトによると、毎週のように北米の広い国土を移動する中で、3人の専門スタッフが帯同。教育や育児ケアに従事しており「世界のプロスポーツ団体で初の移動式託児所で、25周年を迎えました」とある。多様な人材を生かすシステムの構築。今年は21人が登録されており、新顔として2月に長男が誕生した横峯さくらの名前も記されている。

 ひいきの選手が出産後に復帰すれば、ファンにとっても喜ばしく、継続して応援しようというもの。こうした土壌はツアーの発展と無縁ではあるまい。特に2010年からの11年間、米女子プロゴルフ協会コミッショナーを務めるマイク・ワン氏の手腕もあり、急拡大を遂げた。米ゴルフ団体によると、試合数は当初の24から34に増え、賞金総額は4140万㌦(約46億円)だったのが7650万㌦(85億円)と約40億円アップ。毎週、世界170カ国以上でテレビ中継されており、ビジネス面への貢献も大きい。

充実の生活

 女性が活躍する社会づくりは世界の潮流。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長が〝女性蔑視発言〟により辞任した日本でも声高に叫ばれている。客観的なデータに基づくと、現状はまだまだ厳しい。スイスのシンクタンク、世界経済フォーラムが先頃「男女格差報告」(ジェンダー・ギャップ指数)を公表し、日本は156カ国中120位と、大変な低迷ぶりが指摘された。先進七カ国(G7)でも、63位のイタリアから大差の最下位だ。海外メディアに「プロ転向した2005年以降、最も話題に上り続けた女子ゴルファー」と評されるウィー。知名度の高い存在が子育てしながらプレーする新たな姿に、日本を含め世界各国に好影響を与える可能性が十分にある。

 夫はプロバスケットボールNBAの強豪ゴールデンステート・ウォリアーズ幹部のジョニー・ウエスト氏。現在はサンフランシスコ在住で、最近は「ミシェル・ウィー・ウエスト」の登録名で試合に出場している。復帰2戦目は早くもメジャー大会で、4月1日開幕のANAインスピレーション(カリフォルニア州)。この大会には13歳のときに9位に入った実績がある。今回は予選落ちに終わったものの第1ラウンドでは好発進するなど、徐々に試合勘を取り戻していくことが期待される。

 16年前のインタビューでは学校での好きな科目に日本語を挙げた。紙面掲載の写真用にサインを依頼すると、自ら「日本語で書いてみたい」と希望し、「あけましておめでとうございます」とひらがなで色紙にしたためた。そんな好奇心旺盛だったティーンが今や31歳。「ラウンド後、以前なら1時間くらい練習グリーンにいたけど、今はすぐに帰って子どもをお風呂に入れる時間。優先順位は明らかに変わりました。でも充実した生活を送れているので、一日中笑みが絶えないんです」と明るく話す。出産10日後にはマケナちゃんをベビーカーに乗せ、ショットを練習する場面をインスタグラムにアップしたこともある。はつらつとした笑顔に豪快なドライバーショットを誇る素敵なmom選手になっている。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事