「プロスポーツは“地域の元気玉”だということを、私はずっと言い続けていますが、それを今回、大学とも連携して進めています。なかなか、これだけ実際にプロスポーツのビジネスの現場に関われる大学の授業というのはないですし、以前からこういう授業があったらいいなと思っていたんです」
2週間ごとに2コマ行われる授業では「経営」「企画」「営業」「広報」など「地域とスポーツ」を軸とした経営学を、自ら教壇に立って学生たちに伝えている。4月13日の初回講義ではブロンコスや、池田氏が2016年まで球団社長を務めたプロ野球・横浜DeNAベイスターズでの実例など基本を解説。4月27日にはブロンコスをサポートする深谷市の企業「セイフル」の岡田高和代表を招いて「地域と企業とクラブ」をテーマにした講義が行われた。そして、5月15、16日に実現したのが実地研修。浦和駒場体育館で行われた岐阜スゥープスとの試合で、実際にプロスポーツチームの試合運営、会場準備などを学生が体験した。
「スポーツ庁の参与として日本版NCAA(UNIVAS=大学スポーツ協会)の設立を進めていた時や、明治大学の学長特任補佐を務めていた時から、地域の子供たちに教えたいという思いはずっとありました。埼玉工業大学の講義には、バスケ部の学生、一般の学生も参加しているのですが、自分の将来に関わることを授業で学べて、単位を取得できるなら、こんなに最高のことはないですよね(笑)。実際のプロスポーツの職場をインターンのように体験できれば、将来にも生きてきます」
実地研修では、自ら作成したアンケートを来場者に募ったり、物販の呼び込みをしたりと、熱心に取り組む学生の姿が会場のそこかしこで見られた。「池田さん流の経営を授業で聞かせてもらい、いろいろな手法があるのだと勉強になっています。Bリーグの経営をしている方の話を直接聞き、やり取りできるのは、とても魅力的な時間だし、毎回楽しみに授業を受けています」とはバスケ部に所属する4年生の宮崎恭輔さん。中でも印象に残っているのが、ビジネスに取り組む上での「信用」の重要性で、「信用を勝ち取るには誠実であれ、という言葉を聞いて、誠実であること、決してウソをつかずに仕事に誠実に取り組むことを常に意識するようになりました」と目を輝かせた。
「実際にやってみないと分からないことがある」
大学の授業というと、学者である教授の理論を軸とした講義が定番だが、学生たちにとっても実際にビジネス、社会の最前線に立つ経営者の言葉には、やはり重みがある様子。池田氏も、そんな学生たちの姿に「本当に、熱心に取り組んでくれていますね」と感心し、次のように、その意義を説明した。
「質問をされたら、それにまつわる話を全部しています。どう考えているか、どう運営しているか、どう地域と関わっているか。前にサッカーの長友佑都選手と話をしたときも『そういう授業があったら良いよね』ということを言っていました。今回の授業を受ける学生の中にも、プロになる子がいるかもしれないし、スポーツビジネスに関わっていく子もいるだろうし、一般の社会に出る子もいると思います。ただ、私が大学生の時にスポーツビジネスに関われる機会なんてなかったし、本当に経営者が近くにいて、運営、マーケティング、グッズ販売、広報など、様々なことに関われる授業って、日本にはほとんどないと思うんです。ベイスターズでのことも含めて、全て伝えています」
スポーツビジネスの世界を志す学生にとって、座学以上に重要なのは「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=実務を通じて行う職業教育、企業内教育の手法)」だという池田氏。「実際にやってみないと分からないことがある」と強調する。
また、この日の試合には今季最多の577人の観客が会場に集まり、多くの家族連れでにぎわう光景が見られた。
「この(自身が経営に関わり始めてからの)半年で、本当に試合会場の雰囲気が変わりましたね。最初の頃なんてプロ野球で言えば“ライトスタンドのコアなファン”のような人が多かった。それが、今は全く違って、新しい雰囲気の中で純粋に楽しんでくれている。あるべきスポーツの姿になっているんじゃないかと思います」
地域でも、ほぼ見放されていたプロスポーツチームの盛り上がり、再生を実地研修に参加した学生も目の当たりにし「とても楽しくて、いい雰囲気だった」と、その変化を肌で感じた様子。池田氏は「新しい一つの道、チャンスは見せられていると思います。今まで、彼らの中に将来の就職先として、地域のスポーツビジネスやプロスポーツへの目線ってなかったと思うんです。地域の中にも、一つの仕事の機会があると如実に感じられたのではないでしょうか」とうなずいた。
地域の企業と学生のつながりを生む
さらに、今回の取り組みには、地域の企業と学生のつながりという、また別の地域活性化への“接点”も生まれている。
「今回の講義は深谷市と連携してやっているのですが、我々をスポンサードしている深谷の企業(セイフル)の社長さんも関わってくれているんです。実際に、ブロンコスに関わって以降、セイフルさんでは新卒入社に応募する学生も増えているようで、『パートナーになった意味がある』と言ってくれています。スポーツビジネスの世界に行くのも自由だし、プロスポーツ選手になるのも自由だし、セイフルさんのように地域のスポーツを支えている企業に行くのも自由だよと講義では言っていますが、学生にとっても、また一つ地域における仕事の選択肢、目線が増えたわけです。セイフルさんは、とてもおしゃれな会社で、社内にバスケットコートをつくって、昼休みにバスケができるんですよ。すごく理解ある会社だから、いい就職先にもなりますよね」
5月25日の最後の授業には深谷市の小島進市長が参加する予定。そこでは、地域の店と連携した新たな飲食のアイデアを学生たちがプレゼンするという。
「来年度、学生たちのアイデアを基に売り出す飲食の開発が始まっているんです。それを今度、市の名産品にできないかというところまで見据えて、学生にプレゼンしてもらう予定です」
まさに、ブロンコスというチームが地域の“ハブ”となって行政、大学、企業、店舗などがつながっているわけだ。
「大学とも連携したし、地域の企業とも連携しているし、行政とも連携しているし、地域の名産品とも連携するし、それを大学生たちに勉強してもらっている。次世代の力というか。バスケ、スポーツをきっかけに地域が元気になるという分かりやすい例になると思います」
ベイスターズでは、球団社長として「コミュニティボールパーク化構想」を陣頭指揮し、閑古鳥が鳴いていた横浜スタジアムに活気を取り戻し、街に賑わいをもたらした池田氏。「スポーツは地域活性化の“元気玉”」。そんな強い思いを胸に、新たなロールモデルを創り出そうとしている。